第65話 三週間
次の日から俺はレンタカーで高橋さんのあとを追うことになった。
高橋さんは夕方から出勤のようで、[今からラブホ向かいまーす]と絵文字付きのLINEメッセージが俺のもとに午後四時頃届いた。
高橋さんが白いバンに乗り込んだのを確認すると俺は停めていた車を走らせる。
見失わないように注意しながら白いバンの後ろをついていく。
しばらくすると白いバンが止まり高橋さんが中から下りてきた。
手にはカゴのようなものを持っている。
ドライバーさんと会話を交わしてから一瞬俺の方を見てにこりと笑った。
俺が後ろからついてきていたことに気付いてくれていたようだ。
今回の件は高橋さんと俺しか知らない。
「店長さんや親友の被害女性には話さなくていいんですか?」と訊いたところ、その女性はレイプのことを公にするつもりはないとのことで店長にも同僚にも誰にも話してほしくはないんだとか。
そこにはもちろん第三者である俺も含まれているので、俺に殺人依頼をしたことは親友の被害女性にも内緒なのだそうだ。
高橋さんがラブホテルに入ったのを確認して白いバンが発進して去っていく。
俺はそのラブホテルの前で高橋さんが戻ってくるまで時間を潰すことにした。
ちなみにレンタカー代は自腹である。
◇ ◇ ◇
一時間半ほどして高橋さんがラブホテルから姿を見せた。
笑顔で俺に手を振る様子を見るとどうやら今回の相手はいいお客さんだったようだ。
白いバンがやってきて高橋さんを拾うと今度は別のラブホテルに向かっていく。
そこが一段落すると続けざまにまた違うラブホテルに車で向かいそのラブホテルの中へと入っていった。
一日に一体何人の男の相手をするのだろう。なんとなくわかってはいたがやはりしんどい職業だ。
結局その日高橋さんは深夜まで、時間にして約九時間ほど働いていた。
◇ ◇ ◇
その次の日から俺は千里眼の呪文を常時発動させることにした。
高橋さんの仕事をする様子まで見えてしまうのは申し訳ないが、例の男たちに出遭ってしまったら助けなど呼べないと思ったからだ。
さらに高橋さんの勤務時間は九時間ほど。
俺の千里眼の呪文は一回唱えるごとに三時間有効なのでちょうど三回でカバーできる計算だ。
千里眼の呪文の消費MPは6。
男たちに遭遇してしまった場合に備えてなるべくMPは温存しておきたい俺にとって、九時間勤務は都合がよかった。
◇ ◇ ◇
幸か不幸か高橋さんは例の男たちに出遭うことはなくただ時だけが過ぎていった。
気付けば俺が高橋さんの護衛を始めてからもう三週間が経過している。
俺はその間ずっと東京にいて人知れず三人の悪人をこの世から消していた。
東京では悪人を探すことに苦労はしない。
夜の繁華街を歩けば勝手に向こうからぶつかってきてくれる。
いっそ東京に移り住んでしまおうか。
「……ちょっと聞いてるの? ねぇってば、ちゃんと飲んでる~?」
「はいはい、飲んでますよ」
高橋さんの問いかけにそう答える俺。
今俺は高橋さんと初めて会った時に利用した居酒屋にやってきている。
急に仕事が休みになったという高橋さんに、二人で飲みに行きたいと半ば強引に連れてこられていたのだった。
「っていうかさ、いつまで敬語使ってるの? わたしの方が年下なんだからタメ口でいいのに~」
「いや、一応雇い主と雇われ人っていう関係なんで……」
「すぐそうやって寂しいこと言うんだから~っ」
高橋さんは既にだいぶ酔っ払っている。
顔は赤らみ目はうるんでいた。
「秘密を共有してる仲なんだし気遣わなくていいのに~」
「はあ……あの、それにしてももう三週間ですよ。まだ続けますか?」
高橋さんからは依頼料三百万円の他に日当として毎日一万円貰っている。
三週間なのでここまでで合計三百二十一万円だ。
「当然でしょ。まだあいつらみつけてないんだからっ」
「まあ、そうですけど」
高橋さんは俺に宣言した通りラブホテル案件はすべて自ら進んで引き受けているらしい。
そのせいで精神的にも肉体的にもきついだろうに周囲にはそんな姿を一切見せないでいた。
「わたしは絶対に亜紀をひどい目に遭わせた男たちを許さないわっ」
亜紀さんというのはレイプ被害に遭った高橋さんの親友の名前だ。
俺のことを信頼してつい先日話してくれた。
「わかってます。俺もその気持ちは同じですよ」
「うん……ありがと」
高橋さんは眠いのか目をこすりながらつぶやく。
「……ねぇ、devilさんって本当の名前はなんて言うの?」
テーブルに突っ伏しながら訊いてきた。
「なんですか、いきなり」
「名前教えてほしいなぁ~って、なんとなくさ」
「俺の名前ですか……う~ん」
別に高橋さんを信用していないわけではないが、人殺しを生業にしている以上名前は明かさない方がいい。
俺に心を開いてくれている高橋さんに名前を教えられないのは申し訳ない気もするが、こればかりは仕方ない。
「前にも言いましたけど俺の名前を教えることは出来ないんです、すいません」
「……」
「高橋さん?」
「……すぅ、すぅ」
よほど疲れがたまっていたのか高橋さんは話の途中にも関わらずすっかり熟睡してしまっていた。
俺はそんな高橋さんの寝顔を眺めながら酔い覚ましに十分ほど冷たい水を飲んでいたのだが、当の高橋さんは起きる気配がまったくない。
そこで高橋さんの住んでいるマンションの場所は知っているので送っていこうかと俺は一瞬思った。
だが依頼主にこれ以上深入りするのはよくないとすぐに考え直し、高橋さんと顔なじみである居酒屋の店主にあとを任せて俺は先に店を出た。