第64話 高橋さんとの待ち合わせ
『シンガーソングライターのゆうにゃんこと柿崎曜子さんが先週テレビ局から忽然と姿を消した事件は今もなお世間を賑わせていますが、警察の発表によりますと……』
テレビのワイドショーで連日のように報道されているゆうにゃん失踪事件。
さすがにテレビ局で殺したのはまずかったかな、と少々反省している俺のもとには既にまた新たな依頼のメールが届いていた。
[はじめまして、わたしの名前は高橋聖といいます。二十二歳で新橋でデリヘルの風俗嬢をやっています。
実はつい先日わたしの親友で同僚でもある女の子がレイプの被害に遭いました。
仕事で指定された場所に向かったその子は体格のいい男性に三人がかりで無理矢理襲われたそうです。
その子は事件にしたくない、誰にも知られたくないと自殺まで考えていました。
わたしが異変に気付かなかったらわたしにも打ち明けずに本当に自殺していたかもしれません。
今は男性に会うのが怖いようで仕事どころか家から一歩も外に出られない状態です。
わたしは彼女をそんな風にしてしまった男たちが許せません。
なんとか三百万円用意しました。どうか彼女に酷いことをした三人の男たちに天罰を与えてください。]
「うーん、三人か……」
一度に三百万円稼げるのはでかいが、体格のいい男を三人も相手にするのは初めてだから多少不安もある。
といってもこの依頼、断るつもりは毛頭ないがな。
なぜなら――レイプ犯のような卑劣極まりない人間は駆除するべきだからだ。
◇ ◇ ◇
俺は依頼主である高橋さんにメールを返すとすぐに会う約束をとりつけた。
高橋さんの住まいは新橋にあるということで、高橋さんが指定した居酒屋で午後八時に待ち合わせすることになった。
普段居酒屋へあまり行かない俺は慣れない場所に緊張しつつも店内へと入っていく。
高橋さんは居酒屋の店主と顔なじみのようで個室をとって待っていてくれた。
「初めまして、devilです」
「高橋です。よろしくお願いします」
軽く挨拶を済ませるとお互い椅子に腰を下ろす。
「早速ですけど――」
「あ、その前に乾杯しませんか?」
「え、別にいいですけど……」
少しのお酒なら緊張もほぐれるしちょうどいいかと思い、
「「乾杯!」」
高橋さんの頼んでくれていたお酒で乾杯した。
高橋さんはデリヘルで働いているということだったが見た目は普通のOLのように見えた。
しかしその実やはりデリヘルという仕事は大変なようで、さらに親友の身に起きた事件のこともあってか心の中はぐちゃぐちゃだった。
お酒が必要なのは高橋さんの方だったのかもしれない。
三十分ほどしてお互いお酒が回ってきた頃、高橋さんが依頼についてぽつぽつと話し始めた。
「相手の男たちの名前はわからないの。電話してきた男も多分偽名だろうし」
「家の場所はわかってるんですよね?」
「ううん。ホテルで待ち合わせだったから」
「あー、そうですか」
デリヘルというものを利用したことがないのでなんとも要領がつかめない。
「あの、その被害に遭った女性から話を聞くことは出来ませんか?」
「devilさんが直接? それは無理だと思う。男の人とは今は話せる状態じゃないと思うから」
「うーん。ではその男たちの特徴は聞いてますか?」
「三人とも柔道の有段者みたい。自分たちで自慢してたらしいわ」
「柔道の有段者ですか……」
ますます厄介そうな相手だな。
「相手の名前も顔も居場所もわからないんだけど呪い殺すことって出来る?」
「いや~、それはさすがにちょっと……」
「……だよね。どうしよう」
高橋さんはテーブルに突っ伏してうなだれてしまう。
俺はなんと声をかけていいかわからずグラスの中の氷を指でつついた。
しばらくして、
「あのさぁ……」
顔を上げた高橋さんが俺をとろんとした目でみつめる。
「devilさんにわたしのボディーガードになってもらうっていうのはどうかな?」
「はい? それはどういうことですか?」
「その男たちって多分今回のが初めてじゃないと思うのよね。もし初めてだったとしても味をしめてまたやるんじゃないかなって」
「はあ……」
まあ、その可能性はなくはないだろうが。
「だから今度からホテルの案件はすべてわたしが受け持つことにしてさ、わたしがピンチになったらdevilさんに助けてもらうってのはどうかと思って」
「高橋さんがおとりになるってことですか?」
「そう」
いいこと思いついたというような顔で俺を見る高橋さん。
「それはどうかと……」
「うちってラブホテルを使う時はオプション代余計に貰ってるからみんな基本自分ん家なんだよね。だからいけるんじゃないかな」
「そう、ですか……?」
どうなんだろう。
確率的にはかなり低い気がするんだけど、でも本業の高橋さんがそう言うのならなくはないのかなぁ。
「わたしが出勤する時はLINEで連絡するからそれ見て後ろから車でついてきてもらえれば。で部屋の前まで一緒に来てくれればさ」
正直気乗りしないが他に男たちをみつける手立てがないのも事実。
女性に乱暴を働くような奴らは俺だってこの世から消し去りたい気持ちは充分すぎるくらいある。
「一日一万円余計に払うから。ねっ? いいでしょ?」
「……いつまでかかるかわかりませんよ。それでもやります?」
「うん、もちろん。親友のために」
「…………わかりました。そういうことなら協力します」
「ほんとっ? やった、ありがと~っ!」
高橋さんは席を立つと俺のもとまでやってきて抱きつく。
「でもさ、devilさんてあんまり強そうじゃないけど大丈夫なの? 背もわたしと大して変わらないっぽいし」
「大丈夫ですよ。俺は呪いで人を殺すんですから。呪いに身長は関係ありませんよ」
「そっか。そうだよね」
本当に俺が呪いで人を殺せると思っているのかそれともいないのか、高橋さんはよくわからない表情でうなずいてみせた。
「じゃあLINE登録しとかなきゃ。それとわたしが働いてるデリヘルの場所も教えとくね」
言うと高橋さんはスマホを操作し出す。
こうして俺は明日から高橋さんのボディーガードをしつつ、レイプ犯を探すことになったのだった。