第60話 山本さん
翌日。
待ち合わせ時刻より十五分も早く着いてしまったので、東京タワーのメインデッキにあるカフェでホットコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていると、エレベーターの方からざわめきが聞こえてきた。
なんだろう、と目をやると黒いニット帽と黒いマフラー、黒いマスクと黒いサングラスをした黒いゴスロリ風のドレスに身を包んだ怪しげな女性が人ごみの中から抜け出てきた。
「まさか、あの人が依頼主か……?」
メールには全身黒ずくめで行くと書いてあったので条件は満たしているが……。
その女性はカフェにやってくると俺の斜め前のテーブルに腰を下ろす。
店員さんに紅茶を頼んでからスマホを操作し始めた。
すると、
ブウウゥゥーン……ブウウゥゥーン……。
俺のスマホがメールを受信する。
メールを開くと[待ち合わせ場所に着きました。]と依頼主からだった。
間違いない、周りの視線を一身に集めているあの女性こそが依頼主だ。
俺は悪人感知呪文と読心呪文をマスクの中で小さく唱えてから女性のテーブルに向かうと、「すみません、ちょっと場所変えましょうか」と声をかけた。
さすがにこれだけ注目されている中で人殺しの話は出来ないから当然だ。
だが女性は、
「今、待ち合わせしてるのでごめんなさい」
ナンパだとでも思ったのか袖にする。
仕方ないので俺から名乗ることに。
「devilです。ここだと人目につくので外に出ましょう」
「えっ、devilさんですかっ? あ、すみません、わかりましたっ」
女性は今度は素直に俺に従ってついてきてくれた。
俺たちはエレベーターで地上まで下りると外に出る。
少し歩き人目が気にならなくなったところで俺は再度女性に話しかけた。
「えーっと、名前はなんて呼べばいいですか?」
「あ、すみません。私は山本といいます」
「山本さんですか。山本さんが依頼主で間違いないですよね?」
「はい、そうです」
山本と名乗った女性は歩きながら俺を見上げてくる。
「いつもそんな恰好を?」
「え? いいえ、まさか。今日はdevilさんにみつけてもらいやすいようにあえて目立つ恰好で来ました」
「そうですか」
よかった。
見た目こそ怪しさ全開だがちゃんと話の通じる相手だ。
「それで山本さん、呪い殺してほしい相手は誰ですか?」
実際は呪いなどまったく使えないが建前上そう訊ねておく。
「ゆうにゃんです」
「ゆうにゃん?」
「知りませんか? シンガーソングライターのゆうにゃん」
「いや、知ってますけど……」
ゆうにゃんというのは今若者に一番人気のある女性シンガーソングライターだ。
音楽番組だけではなくバラエティ番組にもちょくちょく出ているので、音楽にあまり詳しくない俺でも知っている。
「え、ゆうにゃんを殺してほしいんですか?」
「はい」
そう答える山本さんのサングラスの奥の目は真剣そのものに見えた。
「殺したい理由を訊いてもいいですか? メールでは極悪人だとか言っていましたけど」
「そうです、ゆうにゃんは極悪人です……だって、私が作った曲を盗んだんですからっ」
山本さんは絞り出すように声を発した。