第58話 金田源五郎
金田は俺に手を向けると、
「ララツ!」
と声を発する。
すると直後、金田の手のひらから長さ三十センチほどの先が鋭く尖った氷柱が発射された。
ものすごい速さで俺のお腹に突き刺さる。
「ぐはっ……!」
お腹からは血が溢れ出て口からも吐血する俺。
それでも震える足でなんとか立ち続ける。
「うへ~、痛そうやな~。でも堪忍してな、石神あきらの味方をするなら鬼束はんはわいらの敵ってことやからな」
「お、お前の仲間は……がはぁっ……お、俺のことを知っているのか……?」
「そんなこと聞いてどないすんねんな。まあ、鬼束はんはもう放っといてもどうせ死ぬやろし冥途の土産に教えたってもええけどな。わいだけやで、鬼束はんのことを知っとるのは。報告はこれからや」
「そ、そうか……」
言うと俺は腹に刺さった氷柱を引き抜く。
その途端にぶしゅうっと血が噴き出した。
「鬼束はん、んなことしても死ぬのが早うなるだけやで」
「……ク、クフイカ……」
ぴろぴろりん!
俺は一瞬のうちに傷を回復させると今引き抜いたばかりの氷柱を金田に向かって思いきり投げる。
「おらっ!」
「おわっ!? なんやっ?」
金田がひるんだ隙に俺は後ろに駆け出した。
「に、逃がすかいっ、ララツ!」
後ろから金田の声がしたあと氷柱が俺の脇腹をかすめて飛んでいく。
俺は素早く公衆トイレの裏側に身を隠した。
「なんや鬼束はん、もしかして回復呪文が使えるんかいなっ。すごいやないかっ」
公衆トイレを隔てて向こう側から金田の声が飛んでくる。
「でもあれやな、攻撃してけえへんってことは攻撃系の呪文は覚えとらへんのとちゃうかっ」
悔しいがその通りだ。
金田は殺傷能力の高い遠距離からの呪文攻撃が出来るのに対して俺にはそんな呪文はない。
俺の残りMPは24。
このまま逃げるか……?
いや、駄目だ。金田は俺のことはまだ仲間には知らせていないと言っていた。
だったら金田が仲間に俺の存在を伝える前に今ここで金田を殺さなくては。
俺はそっと顔を出して様子を見た。
すると金田の姿がない。
どこだ? どこに行った?
「捕まえたでっ」
「っ!?」
金田は公衆トイレを逆側から回り込んでいたようで後ろから俺の腕を掴んできた。
「おらぁっ!」
俺の右腕を左手で力強く掴んだまま金田は残った右手で俺の顔面を殴りつけてくる。
俺はそれを左手でかろうじて防ぐも金田のパンチは止まらない。
何度も何度も飛んでくるパンチを防ぎきれずダメージが蓄積されていく。
金田のちからの数値は間違いなく俺よりも上だ。
俺の腕を掴んでいるその手を振りほどこうと力を入れるがまったく外れる様子はないし、金田のこぶしは一発一発が重くまるでゴリラでも相手にしているようだった。
たまらず俺は「インテ!」と唱えた。
インテは転移の呪文。これでとりあえず金田から十メートルほどは離れることが出来る。
そう踏んでのことだったのだが――
あろうことか金田も一緒に瞬間移動してしまった。
「なんや、転移呪文も使えるんかいな。でもわいがくっついたまま転移してなんの意味があるんやっ!」
「ぐあっ……!」
ボディーブローをまともにくらってしまう。
俺の口から胃液が飛び散る。
知らなかった。
転移呪文は触れている相手も一緒に転移してしまうのか。
くそ、これでは転移呪文で一旦距離をとることも出来ない。
体がくの字に折れ曲がり前傾姿勢になった俺の首を金田は片手で掴んで軽々と持ち上げた。
そして俺の心臓部分に右手を置くとゆっくり口を動かす。
「これで終わりや、鬼束はん。ララ――」
「イ、インテっ!」
その瞬間、俺は最後の力を振り絞って声を発した。
公園の隣に線路があるのは目に入っていた。
さらに運のいいことに猛スピードで電車が近付いていることも気付いていた。
だから俺は最後の賭けで電車の目の前に金田ごと転移したのだった。
ドガアアァァン!!
電車に撥ね飛ばされた俺と金田。
電車が急ブレーキをかける音が耳に届いてくる。
「……ク、……クフイカっ……」
俺はなんとか回復呪文を口にすると立ち上がり、線路脇に転がっていた金田に近寄っていった。
見ると金田の腕は引きちぎれていて足は逆方向に向いている。
しゃがみ込んで脈を触り金田が絶命していることを確認した俺は、野次馬が集まってくる前にすぐにその場を退散した。