第52話 近藤千春
俺は近藤千春の通う大学まで足を運んだが、学生証がないと中には入れないようで守衛さんから門前払いをくらってしまう。
仕方ないので俺は大学の裏側に回り込むと、誰も見ていないことを確認してから転移の呪文を唱え大学内に侵入した。
◇ ◇ ◇
広いキャンパス。沢山の大学生。
しかしながら近藤千春は思いのほかすぐにみつかった。
大学内の食堂に行くと人だかりが出来ているのを目にした。
なんだろう、と気になり遠くから眺めているとその人の輪の中心にいたのが近藤千春だった。
近藤千春は美男美女に囲まれ女王様気分に浸っているように見えた。
やはり俺の苦手なタイプだ。
離れた席に腰を下ろししばらく待っているとチャイムが鳴り学生たちがいなくなっていった。
それでも取り巻き連中のような男が数人、まだ近藤千春の周りにくっついている。
「チンカンニクア」
俺はとりあえず悪人感知の呪文を口にした。
その上で近藤千春を再度見る。
すると少しだけ寒気を感じた。だがかなり弱い反応だった。
これまで出会った悪人の中では一番と言っていいほど善人よりの悪人だ。
……どういうことだ?
仙道さんから聞いていた感じからすると近藤千春はかなりヤバいストーカー女のはず。
もっと反応が強くてもおかしくないのだが。
そんなことを考えていたせいか俺はここでちょっとしたミスを犯してしまった。
標的である近藤千春とバッチリ目が合ってしまったのだ。
俺はすぐに目を伏せた。がしかし、
「あっ、今目合ったのにそらしたでしょっ」
言いながら近藤千春がこっちに向かって歩いてきた。
後ろにはイケメン三人を従えている。
俺は無視を決め込もうとしたが近藤千春はあろうことか俺の目の前の席に座った。
「ねぇ、聞いてる? きみに話しかけてるんだけど」
下から覗き込むように顔を寄せてくる。
「あ、ああごめん。俺に言ってたんだ。誰か別の人に言ってるのかと思った、ごめん」
顔を上げると作り笑顔を浮かべそう返す俺。
「きみ何年生? 名前は?」
なぜか興味を持たれたようで近藤千春は矢継ぎ早に訊いてきた。
俺はとっさに、
「え、三年の冴木だけど……」
冴木の名前を答える。
「へー、同学年じゃん。にしては初めて見る顔よね」
「あ、俺普段食堂使わないから……」
「ふーん。まあいいけど」
そう言った近藤千春はテーブルに肘をつき自信ありげな顔で俺をじろじろと眺めていた。
後ろのイケメンたちは無遠慮な視線を俺にくれてくる。
居心地が悪い……だがチャンスといえばチャンスでもある。
俺は思い切って仙道さんの話を切り出すことにした。
「ンシクド」
「え、今なんて言ったの?」
「いや、あのさ仙道アキオって人にストーカーしてる?」
するとさっきまでの余裕のある表情が一変して近藤千春はものすごい剣幕で声を荒げる。
「はあっ? あんた誰よっ? アキオの知り合いっ?」
「知り合いというか――」
「まさか警察じゃないでしょうねっ。違うわよ、わたしは何も悪くないんだからねっ。悪いのはあいつの方よっ!」
仙道さん同様俺を警察と勘違いするとはさすが元恋人同士。
「それはどういうこと?」
俺が訊ねるとそこでふと我に返り後ろのイケメン連中に聞かれたくないと思ったのか、近藤千春は「……ちょっと場所変えましょ」と俺の腕をとって、食堂から無理矢理俺を連れ出した。
人気のない廊下まで来ると、
「あんた誰なのよっ」
俺の腕を投げ捨てるように放す。
「……」
なんて答えようか。
「よく考えたら警察のわけないわよね。警察って二人一組で動くって聞いたことあるし、あんたそんな恰好だし」
確かに俺の恰好は赤いジャンパーに黒めのジーンズ。
およそ刑事には見えない。
「わたしの質問に答えなさいよっ」
近藤千春は声を大にする。
廊下に近藤千春の声が響き渡るが周りには誰もいないので問題はなさそうだ。
自意識過剰なヒステリック女と駆け引きするのも面倒だ。
本当のことを言ってしまうか。
一応俺の悪人感知呪文に引っかかっていることだし最悪殺せばいい。
「何よその顔っ」
「近藤千春、俺はお前を殺すように仙道さんから依頼されたんだ」
「……はぁっ? な、何言ってんのあんたっ、頭おかしいのっ?」
「それでストーカーしているのは本当か?」
「あんたに関係ないでしょっ。それ以上近付いたら大声出すむぐっ……!?」
俺は近藤千春の口を左手で鷲掴みにしてふさいだ。
近藤千春は俺をにらみつけながら俺の手を引きはがそうとするが、力の差が歴然としてあるのでままならないでいる。
「お前はうるさいから喋らなくていい。お前は仙道さんをストーカーしているのか?」
「っ……」
俺はさっき唱えていた読心呪文によって近藤千春の心の内を読む。
すると近藤千春は深夜に何度も電話したり仙道さんの勤める会社にカッターの刃を入れた怪文書を送ったり、さらには仙道さんの婚約者のありもしない醜聞をSNSで拡散させるなど間違いなく犯罪行為をしていることがわかった。
「それと悪いのはあいつの方っていうのはどういう意味だ?」
近藤千春を殺すことは決定したがついでだから一応訊いてみる。とそこで俺は想定外の事実を知った。
「へー、仙道さんが……そうだったのか」
俺は知りたいことはすべて聞き出せたので、右手で近藤千春の鼻をつまんで完全に息が出来ないようにする。
手足をバタバタさせてもがき苦しむ近藤千春の顔を俺はじっと見続けた。
目に涙を浮かべながらそれでも最後の抵抗を見せ、俺の手を爪でひっかき肉をえぐる近藤千春だったが次の瞬間、瞳がぐるんと回転すると全身から力が抜けたように床に崩れ落ちた。
俺はぐったりとした近藤千春をそのままにして廊下を歩き出す。
十数歩ほど進んだ辺りで――
ててててってってってーん!
『鬼束ヤマトは近藤千春を殺したことでレベルが1上がりました』
『最大HPが1、最大MPが1、ちからが1、まもりが1、すばやさが1上がりました』
レベルアップを告げる効果音と機械音が頭の中に聞こえてきた。
俺は「クフイカ」と唱え無数にひっかき傷のある手を回復しつつ、そのまま後ろを一度も振り返ることなく大学をあとにした。
今思い返すと俺はこの頃から人としての心を失いつつあったのかもしれない。