第50話 【devil】
結果的に二件の殺害依頼を成し遂げたことで俺は思いがけず三百七十五万円という大金を二週間程度で手に入れてしまった。
これにより俺は探偵業ではなく本格的に殺人請け負いを生業にしようと考え出した。
しかしこの場合これまで以上に足がつかないように行動しなくてはならない。
そこで俺はあらためてアンダーグラウンドのネット掲示板に【devil】と称して自らこう書き込んでおいた。
[呪い殺人請け負います(関東圏限定)。報酬は百万円(前払いで現金手渡し)。希望する方は下記のメールアドレスにメールをしてください。]
文章の最後には俺自身のメールアドレスを添えてだ。
[呪い]とわざわざ書き加えたのは、どうやら日本の法律では呪いによる殺人は法的にないものとして考えられているらしいからだ。
これなら万が一身元を特定されても殺人で捕まることはないと踏んでのことだった。
だが殺人を逃れることが出来ても脱税で捕まっては意味がない。
なので俺は銀行振り込みはやめ依頼料は依頼人から直接受け取ることに決めた。
◇ ◇ ◇
自分で書いておきながらこんなもの信じる人間が本当にいるのだろうかと内心疑ってかかっていたのだが、掲示板に書き込んでから三十分もしないうちに俺のもとに早速依頼が届いた。
依頼主の名前は仙道アキオ。
といっても依頼主が本名を名乗っているのかどうかはわからないが。
呪い殺してほしい相手は元彼女である近藤千春、二十一歳。東京に住んでいる大学生だそうだ。
メールによると仙道アキオは来月結婚することになっているのだが、元彼女の近藤千春がストーカー化してしつこく付きまとってくるので困っている。婚約者にも危険が及ぶ恐れがあるのでいっそ殺してほしいということだった。
「女のストーカーか……」
殺したいと依頼してくるくらいだからよほどひどい目に遭わされているのだろう。
結婚式も近いということなのでそうそうに解決してあげたい。
俺はそう考えると指を動かし[その依頼お引き受けいたします。つきましては……]とスマホに文字を入力、送信した。
それから仙道さんとメールのやり取りを何度かして待ち合わせ場所と時刻を決める。
さらに近藤千春の写真もメールで送ってもらった。
その写真には見るからに気が強そうというか自尊心が強そうな女性が写っていた。
「近藤千春ね……ンガリンセ」
俺は呪文を唱え目を閉じる。
すると大学のキャンパスで女友達とけらけら笑っている近藤千春の姿が見えてきた。
俺はその後しばらく近藤千春を観察した。
それでわかったことは近藤千春は俺が苦手とするタイプの女であるということだった。
常に自分が会話の中心にいることが当たり前で、美人なのを完全に鼻にかけている感じのモテ女。
接する相手は自分より少しだけ劣る美人とイケメンだけ。
さえないブ男など眼中にないどころかゴキブリでも見るような目で蔑視していて、半径五メートル以内には近付けさせないというようなオーラがありありとうかがえる。
「……なるほど」
この女がもし男に振られたとしたら逆恨みする可能性は充分すぎるくらいあるな。
監視し続けること一時間、だんだん胸糞悪くなってきたので俺は近藤千春を見るのをやめた。
ずっとあぐらをかいていただけなのにえらく疲れた気がする。
遠距離での千里眼の使い過ぎか、それとも生理的に受け付けない女を見続けたせいか、精神がかなり削られたようだ。
俺はベッドに倒れ込むように横になった。
そして目を閉じる。
「あ……」
呪文の効果がまだ残っていて目を閉じると嫌でも近藤千春の姿がまぶたの裏に映ってしまう。
千里眼の呪文の効果は三時間なのであと二時間は眠れそうにない。
「おいおい……マジかよ」
俺は色あせた天井をみつめつつ疲弊した体で一人つぶやくのだった。