第42話 不倫
「完全にクロじゃないか」
貝原久雄さんの奥さんはラブホテルらしき一室で還暦近い男性と交わり合っていた。
年齢からして相手は貝原久雄さんではない。
他人の痴態などに興味はないが俺はあらためてしばらくその様子を見続けた。
そしてホテルの名前を確認してから目を開くと、
「ホテル・カスピ海……今の時刻は……」
手近にあった紙切れにホテル名と日時を書き込んでおく。
「よし、これでいいか」
不倫の決定的瞬間を写真にとらえたわけではないが、日時と場所がわかれば奥さんも不倫の事実を認めるだろう。
俺は期せずして浮気調査の依頼をものの十数分で完了してしまったのだった。
◇ ◇ ◇
口座に二十五万円が振り込まれたあと俺はATMから少し離れて、奥さんが不倫をしていた場所と日時を貝原久雄さんにメールで伝えた。
するとほどなくしてメールが返ってくる。
だがその内容は予想していなかったものだった。
[鬼束さんに教えてもらった情報を明かしたところ妻がすべて白状しました。
妻が会っていた男はマッチングアプリで知り合った中小企業の社長で、名前は小西和也というそうです。
ですが妻が言うには最初に会った時に情事の様子を隠し撮りされていて、それからはそれをネタに脅され嫌々相手をさせられていたということなのです。
わたしは妻を信じます。そして妻を許します。
そこでわたしから鬼束さんに追加の依頼をお願いしたいのです。
探偵さんにはいろいろなツテがあると思います。
それらを使って妻をもてあそんだ相手の男に制裁を加えていただきたいのです。
依頼料は前回の倍の五十万円です。
既にそのお金も振り込んでおきました。
どうかよろしくお願いいたします。]
「おいおい……またかよ」
佐々木さんの時と同様、俺はまた私刑を依頼されたのだった。
◇ ◇ ◇
しかもメールによるともうお金を振り込んだということだ。
「勝手なことを……」
探偵をなんだと思っているんだ。
便利屋か復讐代行屋だとでも勘違いしているんじゃないのか、まったく。
前回俺が佐々木さんの復讐相手を始末したのは、あくまで相手が悪人感知の呪文にひっかかったからやっただけで復讐を良しとしたわけではない。
俺は生きるために仕方なく人を殺しているが善人を殺す気はさらさらないのだ。
今回、奥さんの話を信じるならばその不倫相手は俺の価値観の中ではたしかに悪人に該当する。
だがしかし今回の件は熊本で起きていることだ。
群馬にいる俺がおいそれと不倫相手をどうこうすることなど出来ない。
「うわ、五十万……ほんとに入ってるよ」
今確認したところメールにあった通り新たに五十万円きっかり振り込まれている。
「……仕方ない」
一応不倫相手の男を千里眼で見てみるだけ見てみるか……。
その上でどうするか判断しよう。
俺は考えを一旦まとめるとアパートへと引き返すのだった。