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第40話 読心呪文

「門倉を、殺す……?」

『あっ、す、すみませんっ。わたし何言ってるんだろうっ。じょ、冗談ですよ、冗談っ、忘れてくださいっ』

佐々木さんは一転して明るい声で喋り出す。


「そうですか……?」

『は、はいっ。もちろん冗談ですっ。あ、わたし仕事が溜まっているのでこれで失礼しますねっ』

そう言うと佐々木さんは半ば一方的に電話を切ってしまった。



◇ ◇ ◇



俺は佐々木さんに悪いと思いながらも佐々木さんの様子がどうしても気になり気付くと「ンガリンセ」と唱えていた。


目を閉じ佐々木さんの現在の状況をうかがう。

すると佐々木さんはトイレの個室に入っていた。


まずいっ。

そう思ったがよく見ると佐々木さんは用を足しているわけではなく、一人で昼ご飯を食べていたのだった。


会社で孤立しているのか、トイレの個室で音を立てないようにちびちびとご飯を食べている佐々木さんの姿を見て俺は切ない気持ちになる。


俺は門倉を頭に思い浮かべてもう一度千里眼の呪文を唱えた。

目を閉じるとそこには楽しそうに同僚たちと談笑しながら昼ご飯を食べている門倉の姿が見えた。


「うーん……悪いけど、死んでもらうか」



◇ ◇ ◇



俺にも良心の呵責はある。

出来ることなら殺人などしたくないし、どうしてもやらなければいけないのなら凶悪犯がいい。

だがそもそも俺の行動範囲内で殺人や性的暴行、放火などをしたことのある凶悪犯などいるのだろうか。

いるかもしれないがいたとしても既に檻の中だろう。

だからこそ俺はこれまで悪人感知の呪文にひっかかった人間をあまり考えることなく殺してきたのだ。


俺は一週間以内に人を殺さなければ死んでしまう。

門倉は俺の悪人感知レーダーにひっかかった。

それだけで殺す理由には充分だ。


そう。これは佐々木さんのための復讐殺人などではなく俺のための、ひいては社会をよりよくするための殺人なのだ。


我ながら穴だらけなロジックな気もするが生きるためだ、背に腹は代えられない。


俺はそう自分に言い聞かせるとアパートを出た。

そして佐々木さんの勤める会社の近くの喫茶店に入り、門倉が退社するその時まで窓の外をみつめつつじっと待った。



◇ ◇ ◇



午後六時過ぎ、佐々木さんが一人で会社を出てくる姿を目撃する。

やつれて疲弊しきった顔だ。


午後七時、門倉が部下と思しき男女数人と会社を出てきた。

へらへらと笑い隣の男女と肩を組みながら歩く姿はリア充そのものだ。


俺は「シアビノシ」と呪文を唱えると彼らのあとを追う。


居酒屋の前で立ち止まり門倉が部下たちと二言三言交わしている。

声が大きいので聞こえてきた話によると、「嫁と子どもが家で待ってるから!」と部下たちの誘いを断っているようだった。


部下たちと別れた門倉は一人で帰路につく。

段々と明かりのない寂しい道に入っていく門倉。

殺すには好都合だ。


俺は周囲を見渡し人気がないことを確認すると歩く速度を速める。


門倉の背中に残り四メートル、三メートル、二メートルと近付いていく。


そして門倉の背後についた俺はすっと両手を伸ばして青白い首を掴んだ。

「ぅがっ……!?」


俺の現在の握力は百キロ超。

一度掴まれたら振りほどくのは容易ではないはず。


「……かっ……かはっ……!」


顔は見えないがおそらくもだえ苦しんでいる門倉に俺は訊いてみたかったことを訊ねてみた。


「なあ、佐々木さんのことどう思っている? 佐々木さんに悪いことしたと思っているか?」

「……がっ……!?」

「あ、そうか。話せないよな」

俺は少しだけ力を緩めてやる。


「振り向くなよ。その瞬間に首の骨をへし折るからな」

「……だ、誰だ? 佐々木の彼氏かっ……?」

「そんなことはどうでもいい。俺の質問に答えろ」

ぐっと力を込めた。

喉仏に爪が食い込む。


「がぁっ……! わ、わかったっ……悪かった、謝るよっ……ひ、ひどいことをしたと思ってるっ……だから助けてくれっ……!」

「ンシクド」

俺はマスクの中で読心呪文を唱えた。


すると、

(佐々木っ! ぜってぇ許さねぇ、ぶっ殺してやるっ!)

門倉の心の声が漏れ聞こえてくる。


「……門倉、お前が嫌な奴でよかったよ」

マスクの中でそうつぶやくと俺は力を解放した。


ゴキッ。


鈍い音と感触がして門倉は全身から一気に力が抜ける。


ててててってってってーん!


『鬼束ヤマトは門倉健吾を殺したことでレベルが1上がりました』


『最大HPが1、最大MPが2、ちからが1、まもりが1、すばやさが2上がりました』


奇妙な効果音と機械音が脳内で俺のレベルアップを告げた。


門倉の死体が俺の手の中から消えゆくと、

「今日はよく眠れそうだ」

俺はアパートへと歩き出すのだった。

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