第39話 門倉健吾
門倉健吾は盗撮魔。
この事実を世間に公表すれば門倉は社会的に抹殺されるだろう。
だがそれをどう世間に公表するかが問題だ。
駅のエスカレーターで門倉が女性のスカートの中を盗撮している瞬間を俺が盗撮するというのは具合が悪い。
下手をすれば俺が盗撮犯に間違われてしまう可能性がある。
だったら警察に門倉健吾をマークするよう匿名で通報するか。
いや、そんなことで警察が動いてくれるとは思えない。
大体門倉がいつもいつも盗撮をしているとも限らないしな。
俺は千里眼の能力で自分の部屋にいながら目を閉じ門倉の一挙手一投足を眺めていた。
根気強く監視を続けること三時間。
辺りもとっぷり暗くなってきた頃ようやく盗撮を終えた門倉が帰宅の途についた。
門倉の家は三階建ての豪邸だった。
仕事をさぼって盗撮に興じているような奴が住めるような家には思えないが。
佐々木さんに聞いていた通り気の強そうな奥さんが門倉を出迎える。
続いて小生意気そうな小学校低学年くらいの男の子も玄関にやってきて、門倉におもちゃの銃を向けた。
「うーん……幸せそうに見えるのになんで盗撮なんかしているんだろうな、こいつ」
晩ご飯を済ませて自分の部屋に行くと門倉は部屋の鍵を閉めた。
そしてさっきまで盗撮していたスマホのデータをパソコンに移し始める。
「ん?」
しばらく見ているとその後門倉はパソコンでDVDを焼き出した。
さらに焼き終えたDVDにシールを貼り何枚もまとめて袋に詰めていく。
「こいつ、もしかして……」
俺の勘は当たっていた。
門倉はあろうことか自分が盗撮した映像をDVDにダビングして、それをネットで売りさばいていたのだった。
「なるほどね。趣味と実益を兼ねていたってわけか……」
◇ ◇ ◇
翌日、俺は佐々木さんの昼休みの時間を狙って彼女に連絡を取ると門倉の本性をありのまま教えてやった。
だが、てっきり門倉を社会的に抹殺できるかもしれない材料が集まったことに喜んでくれるかと思いきや、電話の向こうで佐々木さんが突如泣き出した。
「あの……どうしたんですか? 佐々木さん、大丈夫ですか?」
『……ひっく……ぐすっ……』
嗚咽が漏れ聞こえてくる。
俺は佐々木さんが泣き止むまで待つことにした。
探偵に転職した俺には都合よく時間なら山ほどあるからな。
五分後、
『す、すみませんでした……もう大丈夫です』
佐々木さんが弱々しく声を発する。
とても大丈夫とは思えないのだが。
「何かあったんですか?」
訊ねると、
『……わたし実はこれまで同じ部署にいた同僚の男性と付き合っていたんです』
佐々木さんはか細い声で話し始めた。
『……でもついさっき振られました』
「それは、もしかして例の件が原因で……?」
『はい……彼も門倉の言うことを信じてわたしのことは信じてくれませんでした。結婚の話も上がっていたんですよ、それなのに……』
「……そう、ですか」
かける言葉が見当たらない。
残念ながら俺はこういう時に気の利いたセリフをはけるようなタイプではないのだ。
『……してください』
すると佐々木さんが何事かささやいた。
「え、なんですか?」
『……してください』
「え、すみません。もう少し大きな声でお願いします」
『門倉を殺してください』
その声はとても冷たくそれでいてどこか頼りない声だった。