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第38話 抹殺

「抹殺? 穏やかじゃないですね」

「あ、いえ、もちろん本当に殺してくださいって言っているわけじゃありませんよ、それだと犯罪者になってしまいますからっ」

佐々木さんは胸の前で両手を振って否定する。


「ただあの男を社会的に抹殺してほしいんです」

「……なるほど」

「出来ますか?」

俺の顔を覗き込むように佐々木さんが訊いてきた。


「社会的に抹殺ですか……」


正直なんとも言えないな。

千里眼の呪文と読心の呪文を使えばもしかしたら可能かもしれないが、それにはその門倉健吾という男が社会的に断罪されるような行為を陰でしていなければどうしようもない。


「こんなこと普通の探偵さんにはお願いできなくて……そんな時ネットの掲示板を見ていたら偶然鬼束さんのことを知って。もうこれしかないって思ったんです」

決意の表れだろうか佐々木さんは俺から目をそらそうとはしない。

たまらず俺が視線をそらす。


意味もなくホットコーヒーをスプーンでかき混ぜながら俺は口を開いた。

「……わかりました。やってみるだけやってみますよ」

「あ、ありがとうございますっ」

「その代わり、約束してほしいことが一つだけあります」

「な、なんでしょうか?」

「もし仮にですよ、仮に今後メディアや警察に話を聞かれるようなことがあったとしても俺のことは絶対に話さないでください」

俺は念のため口止めしておくことにする。


「メディアと警察、ですか……?」

「はい」


俺は一週間に一回人を殺さなきゃならない身だ。

誰かにマークされると身動きが取れなくなってしまう。

それは俺にとっては文字通り命取りになる。

細谷さんと冴木の失踪によって俺の周りには警察やマスメディアがうろついたこともあるのでそういう事態だけは勘弁してほしい。


「だ、大丈夫です。わたし何があっても話したりしませんから安心してください」

「そうですか。じゃあ、門倉の写真見せてもらえますか?」

「はい……これがそうです」

そう言って会社の慰安旅行か何かの写真をバッグから取り出すと、憎々しい目で前列に写った男を見ながら指差す佐々木さん。


ん?

あれ、この男どこかで……。


「鬼束さん、どうかしましたか?」

「あ、いえ、別に」


写真の男に一瞬見覚えがあるような気がしたが思い出せない。

多分気のせいだろう。

とにかくこれで顔と名前はわかったからいつでも千里眼の呪文を発動することができる。


「もう写真はしまってもらっていいですよ」

「あ、はい……あの、それで依頼料のことなんですけど……」

佐々木さんは少し言いにくそうに話を切り出す。


「わたしこういう依頼の相場がわからなくて、おいくらくらいなんでしょうか?」

おそるおそる訊いてきた。


「一応百万円は銀行で下ろしてきたんですけど、これ以上となるとちょっと今すぐというわけには……」

言いながら佐々木さんは厚みのある茶封筒をテーブルの上にそっと置く。


「え、百万円っ?」

「あっ、やっぱり足りないですかっ? すみません、足りない分は必ず用意しますのでどうか見捨てないでくださいっ」

「あ、いえいえ、そうじゃなくて。足りてます足りてます、大丈夫ですよっ」

「そ、そうですか。よかった~」


実のところ俺だって探偵の依頼料の相場がいくらかなんてまったく知らない。

大体今回の依頼は本来探偵が受けるような依頼ではないはずだ。


話を聞きながら俺の想定では二十万円くらい貰えれば上出来だろうと思っていたところだった。

それが百万円も貰えるなんて……まずい、気を抜くと頬が緩んでしまう。


俺は平静を装いつつ、

「それは成功報酬ということで今はまだいいですよ」

ホットコーヒーを口に運ぶ。


「わ、わかりました」

「それでは吉報を待っていてください」

俺はホットコーヒーを飲み干すと佐々木さんを置いて先に席を立った。

マスクをし直してレジで二人分の飲み物代を支払うと喫茶店をあとにする。



◇ ◇ ◇



アパートに帰る道すがら、俺は早速門倉健吾の顔を思い浮かべて「ンガリンセ」とマスクの中でつぶやいた。

すると門倉健吾が電車に乗っているところがまぶたの裏に映る。

俺は片目だけつぶった状態のまま門倉の動向を注視しつつ歩き続けた。


電車に揺られている門倉の顔にはやはり見覚えがあるような気がした。

と直後電車が止まり乗客とともに門倉もホームに下り立つ。

そして人の波にのまれながらエスカレーターに乗った門倉は、次の瞬間持っていたスマホを前に立つ女子高生の足の間へと滑り込ませた。


「あっ、こいつっ……!」


そこでようやく思い出した。

門倉健吾は俺が初めて悪人感知の呪文を使った際に俺のレーダーにひっかかった盗撮男だったのだ。

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