第32話 消えた細谷さん
「細谷さんに何があったんだ冴木っ」
俺は冴木のあとを全力で追いかけながら声をかける。
「駐車場に車を停めたら男が現れてっ! そしたら和美さんがお前を呼んできてくれって! もう訳が分からねぇよ!」
「男っ!?」
「ああ、眼鏡をかけたスーツの男だっ!」
眼鏡をかけたスーツの男?
「その男を見た途端和美さんが急に震え出して、二言三言つぶやいたあと急いでお前を呼んでくるようにおれに言ったんだっ!」
冴木は必死に叫びながら会社内の階段を飛び下りた。
俺もそれに続く。
玄関を駆け抜け外の駐車場まで走っていくとそこに細谷さんの姿はなかった。
冴木の言う男の姿もなくあったのは細谷さんの車だけ。
「和美さんっ! どこですかっ! ヤマトを連れてきましたよっ!」
「細谷さんっ」
冴木と俺は声を上げ懸命に呼びかける。
だが返事はない。
「冴木、携帯に電話してみろっ」
「あ、ああ、そうだなっ……」
言うと冴木は焦った様子で細谷さんに電話をかけた。
すると――今流行りの恋愛ソングのメロディが聞こえてきた。
「この着信音、和美さんのだっ!」
音の出所を探すと細谷さんの車の下からスマホがみつかった。
「和美さんのスマホ……ヤマト、これって、ど、どういうことだっ?」
不安な表情を隠そうともせず俺に顔を向けてくる冴木。
「さ、さあ……」
そう答えつつ俺はある考えが頭の中に浮かんでいた。
その後事情を知った先輩社員が警察に連絡。
真っ昼間にパトカーが三台も集まるという事態に周りの住民たちも集まってきた。
俺たち社員は全員警察官たちから話を訊かれ、知りうる限りのことを答えた。
そして全員の聴取が済んで警察官たちが会社を出ようとした時、
「待ってくださいっ!」
憔悴しきっていた冴木が警察官たちを呼び止めた。
「なんだね?」
「和美さんが……細谷和美さんがさっきおれが話した男を見た時にたしかこうつぶやいてましたっ。山崎三郎って……」
「山崎三郎? それが君が言った不審な男の名前だと?」
「わかりませんけど、多分そうだと思いますっ」
「ふむ。山崎三郎だね……わかった、その男を調べてみるよ」
「お、お願いしますっ!」
冴木が深々と頭を下げる中、警察官たちは会社をあとにしていった。
三台のパトカーがすべて帰っていく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
◇ ◇ ◇
細谷さんが姿を消してから四日が過ぎた。
警察から連絡があり細谷さんの周りで山崎三郎という名前の人物は浮上しなかったそうだ。
念のため近くに住む同姓同名の人物を徹底的に洗ったそうだが、犯罪歴などは皆無ということで今回の件は失踪事件として扱われることになったという。
だが俺と冴木だけは違う推測をしていた。
「くそっ。絶対あの男だっ。あの眼鏡のスーツの男が和美さんをどうにかしたに違いないんだっ」
「冴木……」
「ヤマト、お前本当に何も知らないのかっ。あの時なんで和美さんはお前を呼ぼうとしたんだっ」
「わからない……すまない」
「くっ……」
冴木は会社の屋上でコンクリートの地面を踏みつける。
冴木は自分の見た男が細谷さんがいなくなった件に絡んでいると疑っていた。
そして俺もまたその男が細谷さんの失踪にかかわっていると疑っている。いや、疑っているのではなく確信しているのだった。
というのも冴木が見た男の特徴が前に細谷さんが俺に教えてくれた殺人者と酷似していたからだ。
[今さっき身長百七十センチくらいで黒髪短髪オールバック、眼鏡でスーツを着た真面目そうな男性を職場近くのBマートで見かけたよ。たぶん殺人者だと思う]
これは以前俺が細谷さんから受け取ったLINEの一文だ。
山崎三郎という名前を細谷さんがどうやって知ったのかはわからない。
俺が知らない細谷さんの新しい呪文があったのかもしれない。
だが一つわかるのは、細谷さんは山崎三郎という殺人者によってもう既に殺されてしまっているだろうということだ。