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第23話 殺人者感知

「……あ、あのこれ、おでんなんですけどお母さんが持っていってって……あ、あの、す、すみません、お邪魔しましたっ!」

「あっ、ちょっとっ……」


美紗ちゃんは持っていた鍋を玄関に置くと逃げるように学校方向へと走り去っていってしまった。


朝早く若い男女が一緒の部屋にいる。

そんなところを目撃したのだから……。

「さっきの子、私と鬼束くんの関係確実に誤解してたわね」

「でしょうね……はぁ~、まったくもう。細谷さんが勝手に出るからですよ」

「何、怒ってる? もしかしてあのJK狙ってた?」

「なわけないでしょ」


相手は高校二年生、下手すりゃ両手に手錠をかけられてしまう。

そもそも美紗ちゃんだって二十四歳のぱっとしない男になど一ミリたりとも興味はないだろう。


「あっ私そろそろ行くわ。いったん帰って着替えないと」

「そうですね、あと彼氏さんにも連絡しといた方がいいですよ。昨日何度も電話かかってきてましたから」

デートをすっぽかしたのだから当然と言えば当然か。


「もしかしてわたしのスマホ見た?」

「見てませんよ。多分彼氏さんだろうなと思っただけです」

俺はそこまで信用がないのだろうか、細谷さんは疑念を目に宿し俺をねめつける。


「だったらいいのよ」

「細谷さん親友います?」

「な、何よいきなり」

「いえ、なんとなく」

常に猫被り状態の細谷さんには親友と呼べる人はいないのではないか。ふとそう思った。


「いようがいまいが鬼束くんには関係ないでしょ」

反応を見る限り当たらずとも遠からずといったところではないだろうか。


「そういう鬼束くんはいるの? 親友」

「いますよ。冴木です」

「ふ~ん、冴木くんが親友ね~」

意味ありげに笑う細谷さんの姿を見て、恥ずかしいことを言ってしまったかなと少しだけ体温の上昇を感じる。


「まあとにかく、さっきも言ったように殺人者と悪人をみつけたら教え合うということで」

「そうね。今日からは常時感知呪文をかけておくわ。それでみつける度にLINEで知らせるから」

「わかりました。俺もそうします」


細谷さんはコートを着ると部屋を出た。

玄関前で、

「チンカヤシンジツサ」

と口にする。


そして、

「あー、寒いわっ」

俺を見ながら身震いする細谷さん。

殺人者感知呪文のせいで俺に対して悪寒を感じているのかもしれない。


「そうだ。私あと三日しか猶予ないからね、早めに悪人の情報教えてよ。じゃないと適当な男みつけて殺すから。じゃあね」

言うと細谷さんは体を縮こませて車を止めていた場所へと小走りで向かっていく。


俺は細谷さんの姿が見えなくなるまで見送ってから、

「……うー、さむっ」

身支度を済ませるために部屋へと戻った。



◇ ◇ ◇



[今さっき身長百七十センチくらいで黒髪短髪オールバック、眼鏡でスーツを着た真面目そうな男性を職場近くのBマートで見かけたよ。たぶん殺人者だと思う]


昼休み、冴木と一緒に職場の休憩室で昼ご飯を食べていると細谷さんからのLINEメッセージが届いた。

俺は冴木に見られないように注意しながら書かれている文章を目で追う。


「Bマート……」

Bマートというのは俺の住む地域限定のローカルスーパーである。


「ん? 何か言ったか?」

「あ、いや、なんにも。ただの独り言だ」

「おお、そうか」


冴木に隠し事をするのは忍びないが仕方がない。

俺はスマホをしまって何事もなかったように振る舞う。


それにしても目と鼻の先に本当に殺人者がいるとはな。

当分の間はここに書かれているBマートに行くのは控えたほうがいいだろう。



殺人者の情報の代わりに殺してもいいような悪人の情報を細谷さんに教えてあげたいところだが、今朝は遅刻しないように急いでいたし午前中は外回りの仕事がなかったのでそれらしい人物の当てがない。


明日は仕事が休みだから悪人探しに専念できる。

細谷さんにはそれまで待っててもらうとしよう。

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