第22話 朝ご飯
「ぅ~……頭いた~い」
テーブルを挟んで対面に座る細谷さんは頭を押さえながらつぶやいた。
昨晩酔っ払って寝てしまった細谷さんは起きることもないまま結局俺の家に泊まったのだった。
「そんなことより早く朝ご飯食べちゃってください。仕事遅れますよ」
俺は細谷さんには構わずトーストを口に運ぶ。
遅刻なんかしたら専務に何を言われるかわかったもんじゃない。
「朝ご飯って、パンと牛乳だけじゃん。サラダとかスムージーとかないの?」
「用意してもらえただけありがたいと思ってください。別にいいですよ、嫌なら無理に食べなくて」
「私二日酔いなのよ、冷たいわねぇ……あ~あ、今の鬼束くんより前までの優しい鬼束くんの方が好きだったなぁ」
「それはお互い様です。俺だって俺を殺そうとする前の猫被ったままの細谷さんの方がよかったですよ」
その頃はまだ恋心を抱いていたのだから。
「ねぇ、あとでドライヤー貸してよね」
寝癖のついた髪をかき上げつつ牛乳を口に含む細谷さん。
「別にいいですけど……あっそうだ、昨日訊いておきたかったんですけど細谷さんて他にどんな呪文が使えるんですか?」
一応同盟を結んだからには仲間の能力は把握しておきたい。
すると細谷さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「えっ、他ってどういうこと?」
「だから殺人者を感知する以外の呪文ですよ。レベル6ならそこそこ覚えているでしょう」
レベル4の俺でも三つの呪文をマスターしているわけだし。
「私はそれ一つしか覚えてないわよ」
「え、一つだけですか?」
「っていうか鬼束くんは違うの?」
「ええまあ。俺はいくつか覚えてますけど」
「えー何それ、ずる~い」
レベル6ならある程度有用な呪文の一つや二つは覚えていると思ったが、まさか殺人者を感知する呪文だけしかないとはな。
この人と手を組むメリットはそれだけか。
けだるそうにトーストを牛乳に浸して食べる細谷さん。
「細谷さん、今までよく生きてこれましたね。これまでどうやって人を殺してきたんですか?」
「そんなの簡単よ。鬼束くんにあげたチョコに入れたのと同じ毒を使ったの、手作りのクッキーに混ぜてね。好意があるふりをしたらみんな疑いもせずに喜んで食べてくれたわ」
自慢げに話す。
話から察するに殺した相手は全員男だろうか。
「ターゲットはどうやって選んだんですか?」
「マッチングアプリで適当にね」
「適当って……何の罪もない人を殺したんですか?」
「仕方ないでしょ、緊急避難みたいなものよ」
くしくも細谷さんは俺が考えていたことと同じようなことを口にした。
「じゃあ毒はどうやって手に入れたんですか?」
普通のOLがそう簡単に毒なんて手に入れることが出来るのだろうか。
すると次の瞬間細谷さんの口から意外な名前が飛び出した。
「あきらって子にもらったのよ」
!?
「えっ!? あきらって石神あきらですか?」
「そうだけど。もしかして鬼束くんも会ったことあるの?」
「はい」
殺人者について教えてくれたある種恩人のような子供だ。
「初めて人を殺した次の日にあきらちゃんが私のところにやってきてね、いろいろ教えてくれたの。私が今もこうして生きていられるのはあきらちゃんのおかげなのよ」
細谷さんは遠い目をして語る。
あきらの奴、俺以外の殺人者にも似たようなことをしていたのか。
やはり何を考えているのかよくわからない奴だ。
「あきらちゃんの携帯番号知ってる? お礼が言いたいのに、私訊くの忘れちゃったのよね。だから……」
さっきまでの二日酔いのテンションと打って変わって、細谷さんは水を得た魚のように生き生きと話し出した。
しかしあきらの名前が出たことには驚いたが、聞く限りでは俺よりあきらについて詳しいというわけでもなさそうだ。
だったらこれ以上聞くことはない。
「そんなことより話を戻しますけど、何の罪もない人を殺すのはどうかと思いますよ。良心が痛みませんか?」
「なっ、そんなことって何よっ……大体やらなきゃ自分が死ぬんだからしょうがないじゃないっ!」
あきらの話題をそんなことと切り捨てたからか、それとも罪のない人を殺すことを責めたからか、細谷さんは声を荒げた。
「じゃあ仮に誰が悪人かわかるとしたら、どうですか?」
「……どういうことよ?」
☆ ☆ ☆
俺は悪人感知の呪文というものがあることとそれを自分が覚えていることを細谷さんに告白した。
手の内を全部さらすつもりはないので回復呪文と解毒呪文のことは伏せつつ説明してやると、細谷さんは途中から食い入るように俺の話に聞き入った。
「……なるほどね。たしかにその呪文があれば悪人だけを狙って殺せるわね」
「はい。良心の呵責も少なくて済みますし、社会の浄化につながります」
「いいんじゃない。だったら私は殺人者の情報を教えるから鬼束くんは悪人の情報を教えてよ。私だってどうせ殺すなら悪人の方が気が楽だわ」
「わかりました。じゃああらためて俺と手を組みましょう」
俺は右手を前に差し出した。
それに応じて細谷さんもまた右手を差し出す。
俺は俺より一回り小さい細谷さんの手を握り締めると、
「じゃあ――」
ピンポーン。
気の利いたセリフの一つでも吐こうかとした矢先のことだった。玄関のチャイムが鳴った。
「ん? こんな朝早くに誰よ」
「あ、細谷さんっ……」
細谷さんは握っていた手を離すとスッと立ち上がって玄関に近付き、まるで自分ん家のように躊躇なくドアを開ける。
「おはようござ……え、えっ!?」
「何? あなた誰?」
「ちょっと細谷さん、勝手に出ないでくださいよっ……あ、美紗ちゃん!」
細谷さんを押しのけるとそこに立っていたのは、両手で鍋を持ち大きな目をぱちくりさせている制服姿の美紗ちゃんだった。