第19話 給湯室
「……ちょっと鬼束くんこっち来てっ」
昼休み、男子トイレを出るなり待ち構えていた細谷さんが俺の腕をとって給湯室に引っ張り込む。
レベル6なだけあって結構な力だ。
人の気配がないのを確認するとカーテンを閉め、
「今朝チョコの件は許してくれるって言ったでしょ」
「言いましたよ」
「だったらこれはなんなのよっ」
細谷さんはスマホを俺の顔の前に突き出した。
スマホの画面には【話があるので今日の夜八時に俺の家に来てください。住所は……】という文面が。
「俺が送ったメールですけど」
「そんなのわかってるわよっ。どういうつもりか訊いてるのっ」
細谷さんは目を吊り上げ俺に迫ってくる。
細谷さんのきれいな顔が目の前数センチまで近付き、昨日までの俺なら確実にドギマギしてしまっていたことだろう。
だが今の俺は昨日までの俺とは違う。
なにせこの人は本気で俺を殺そうとしたのだから。百年の恋もさめるというものだ。
「話があるって書いたはずですけど」
「それならメールで済むでしょ、どうして私が今夜鬼束くんの家に行かないといけないのよっ」
「別に細谷さん家でも全然構わないんですけどね、でも俺車持ってないんでだったら俺ん家の方がいいかなぁと……」
「そういうことを訊いてるんじゃないわよっ!」
これが細谷さん本来の姿なのだろうか、ヒステリックにわめき散らす。
「細谷さん、大きな声出すと誰かに聞かれますよ」
「わ、わかってるわよ」
お茶を一口飲んで落ち着きを取り戻した細谷さんは再度俺に問うてくる。
「……メールじゃ駄目なの?」
「はい。結構大事な話なので二人きりでゆっくり話したいんです」
「そう言っておいて私のこと騙す気じゃないでしょうね。なんか信用できないのよねあなた」
「何もしませんてば」
自分は俺のことを殺そうとしたくせにどの口が言うんだ。
「……わかったわ、行くわよ」
「ありがとうございます。じゃあ待ってますから……おっと」
カーテンを開けて出ようとしたところで冴木とぶつかりそうになる。
「おお、悪い悪いヤマト。おっなんだ細谷先輩もいたんですか」
「え、ええ。喉が渇いちゃって……」
「おれもですよ。冬だから乾燥するんですよねー」
言いながら冴木が俺と入れ違いに給湯室に入っていく。
うん。どうやら話は聞かれていなかったようだ。