第15話 チョコレート
翌朝、いつものように出社すると職場の雰囲気が普段とは違っていた。
何かみんな浮足立っているというか、妙に緊張しているというか、とにかくどこかぎこちない。
その理由は昼休みになって俺の知るところとなる。
「鬼束くん、はいこれ」
昼休みのチャイムが鳴ると、俺の前に座る細谷さんがデスクからごそごそと何かを取り出して俺に差し出してきた。
「え、なんですかこれ?」
「バレンタインデーのプレゼントだよ」
「…………あっ、そっか!」
そういえば今日は二月十四日だった。
「鬼束くん忘れてたの? バレンタイン」
「はい。完全に忘れてました」
ここ最近身の回りでいろいろなことが起こりすぎてバレンタインデーのことなどすっかり失念していた。
「ずるーい。私いつ渡そうか変な緊張してたのに」
一体何がずるいのだろう、細谷さんが口をとがらせる。
「はい。とにかくこれあげるね」
「あ、ありがとうございます。ありがたくいただきます」
俺はきれいな包装紙にくるまれたそれを両手で受け取ると二度お辞儀をした。
「初めは手作りにしようと思ってたんだけどね、売り物の方が絶対おいしいから買っちゃった」
はにかみながらそう言う細谷さんはいつにもまして可愛らしい。
欲を言えば手作りの方が嬉しかったのだがまあいい、これはちょっとずつ大事に食べるとしよう。
「岡島くんにもはいどうぞ」
「うぃっす。いただきまっす」
首を前に動かしそれでお辞儀のつもりなのか、岡島。
「じゃあみんなにも配ってくるね」
「あ、はい。ありがとうございました」
「うぃーっす」
細谷さんは席を立つと順番にデスクを回りながら一人一人にチョコを配り始めた。
にやにやしながらチョコを受け取る中年男性社員たち。
なるほど、みんなが妙に緊張していたのはそういうわけだったのか。
うちの会社には専務を除けば女子社員は細谷さんしかいない。
男性社員たちは細谷さんがいつチョコをくれるのかハラハラしながら待ちわびていたのだろう。
まったく、工業高校じゃあるまいし。
まあ、かく言う俺もバレンタインデーだと知っていたらそわそわしっぱなしだったかもしれないがな。
「よかったなヤマト」
トイレで用足ししていると後ろから冴木が声をかけてきた。
「ん? 何がだ?」
「細谷先輩からのチョコレートだよ」
「わっお前声が大きいっ」
「心配すんなってここにはおれたちしかいないよ。ほら」
冴木がトイレの個室を開けてみせる。
「だからって会社でそういう話はするなよな」
細谷さんに気があることを冴木に話してしまったのはやはり不覚だった。
「別にどうせ義理なんだから喜んでもしょうがないだろ」
と俺は心とは裏腹に冷静に振る舞ってみせる。
これ以上冴木に弱みを握られたくはないからな。
だが冴木は直後俺を動揺させるようなことを言ってのけた。
「義理とは限らないぜ。よく見てたか? 細谷先輩が配ってたチョコ、お前にあげたやつだけ包装紙が別だったぞ」
「……え、マジで?」
「ああ。おれたちには買ったって言ってたけど、もしかするとお前のチョコだけは細谷先輩の手作りだったんじゃないか?」
「ふ、ふんっ、そんなまさか」
といいつつ俺は必要以上に期待に胸を膨らませてしまっていた。