第13話 悪人感知
翌朝、俺は耳栓をして眠っていたせいでスマホのアラームに気付かず一時間寝坊した。
会社には体調が悪く病院に行ってから午後出勤しますと適当に言い訳をして電話を切ると、食パンをトースターに入れる。
テレビをつけてニュース番組を観ながら昨日の出来事を思い返す。
「清水さんたち昨日は眠れたかな……」
娘を連れて逃げてきた清水さんを追いかけて昨日このアパートまでやってきたDV夫を目の前で俺が殺してしまったわけだが、思いのほか清水さんも美紗ちゃんも冷静だったから問題ないとは思うが……。
「ステータスオープン」
ぴこーん!
俺の言葉に呼応してステータスボードが目の前に浮かび上がる。
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鬼束ヤマト:レベル4
HP:19/19
MP:7/7
ちから:17
まもり:15
すばやさ:13
呪文:クフイカ(2)
:クドゲ(1)
:チンカンニクア(3)
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「レベル4か……」
レベル4。つまり三人の人間を殺したということだ。
一人目は路上で絡んできた男。
二人目はその彼女。
三人目は美紗ちゃんの父親。
不思議と罪悪感はない。
すべてのケースがやらなければやられていたという状況下だったからかもしれない。
がこれからはそうも言っていられない。
人を殺し続けなければいけない以上こっちから積極的に仕掛けることも考えないと。
俺自身特別背が高いわけでもないし格闘技経験などもないので、昨日の男みたいにかなりの体格差がある場合は返り討ちに合う危険性もある。
その可能性を少しでも減らすためにはなんらかの武器が必要かもな。
もしくは……呪文か。
俺は呪文の欄を確認する。
クフイカは回復呪文だった。
ではクドゲとチンカンニクアはなんの呪文なのだろう?
「使ってみればわかるんだけどな……」
危険な呪文だったら困る。
クフイカは回復呪文。
クフイカ……クフイカ……。
「……ん?」
あれ?
俺はステータスボードを見ていてあることに気付いた。
「逆から読むと回、復……?」
ってことはもしかして――
クドゲは……ゲドクだから解毒呪文か?
チンカンニクアはえーっと……アクニンカンチ。つまり悪人感知の呪文ってことだろうか?
俺の考えがあっているのかどうか、
「試して、みるか……」
解毒呪文は使っても意味がないから使うなら悪人感知呪文だな。
そう思い俺は唾をごくりと飲み込むと、
「チンカンニクア」
と声に出した。
……。
……。
何が起こるのかと身構えるが一向に何も起こらない。
時間がかかるのかもしれないと一応そのまま五分ほど待ってみたが、それらしい呪文の効果はやはり表れなかった。
「どうなってんだ……?」
とその時、
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴る。
一瞬びくっとなりながらも玄関に近付いていき覗き穴を確認する。
するとそこには制服姿の美紗ちゃんがいた。
俺はステータスボードを閉じてからドアを開ける。
「おはようございます、鬼束さん」
美紗ちゃんは俺を見るなり昨日父親が目の前で死んだとは思えないような明るい笑顔を見せてくれた。
「ああ、おはよう」
「これおすそわけです、よかったらどうぞ」
「ん? あ、ありがとう」
俺は野菜炒めだろうかタッパーに入ったそれを受け取った。
「昨日あの後お母さんと話し合ったんです」
美紗ちゃんが話を切り出す。
「やっぱり鬼束さんの意思を尊重しようって」
「うん」
「なのでわたしたちはとりあえず昨日の話は忘れることにしました。わたしもお母さんもこれまで通り鬼束さんと接することにします」
「ありがとう。助かるよ」
昨日は俺の殺人の手助けをするくらいの勢いだったからどうなることかと思ったが。
「……でも本当に何か困ったことがあった時は言ってくださいね。わたしなんでも手伝いますから」
「ああ、わかった」
手伝ってもらうつもりなど毛頭ないが一応この場はそう返しておく。
「じゃあわたし学校行ってきますっ」
「ああ、いってらっしゃい」
俺は手を振りながら元気に登校していく美紗ちゃんを見えなくなるまで見送ってからドアを閉め――
とその時だった。
突然背筋がぞわっとした。
「なんだ……?」
今までに感じたことのないような薄ら寒さを感じる。
本当に風邪でも引いたか?
そう思いつつドアを閉めた。
悪寒はさらに強くなる。
「なんだ、この感覚……?」
口ではうまく説明できないが黒板を爪でひっかいた時のような嫌な感じがする。
ふとそこで俺はチンカンニクアの呪文を使っていたことを思い出した。
「これって、もしかして悪人を感知したのか?」
自問自答しつつ再度ドアを開け外に出てみる。
周りを見渡しそれらしい人物を探す。
アパートから見えるのは大学生風の女性とその後ろを歩く三十代くらいのスーツを着た男性だけ。
どちらもとても悪人には見えないが男性を目にした時、なぜか全身にぞわぞわっと鳥肌が立つのを感じた。
「あの男……なのか?」
確証はないがこの感覚を信じるならばあのスーツ姿の男性に何かあるのかもしれない。
「……確かめてみるか」
都合のいいことに午前中は時間を持て余している。
俺は食べかけのトーストをくわえると部屋を出てその男性のあとを追うのだった。