第12話 秘密の告白
『鬼束ヤマトは木崎貴文を殺したことでレベルが1上がりました』
『最大HPが4、最大MPが4、ちからが3、まもりが2、すばやさが1上がりました』
『鬼束ヤマトはチンカンニクアの呪文を覚えました』
機械音がレベルアップを告げる中、
「……ヤマトくん」
「……お、鬼束さん」
清水さんと美紗ちゃんが抱き合いながら俺に目を向ける。
「すいません、俺つい――」
ピンチだったとはいえ肉親を手にかけてしまったことを謝ろうとした俺に、
「ううん、ヤマトくんありがとう美紗を助けてくれて。ヤマトくんは気にしないで、この人を殺したのはあたしよ」
立ち上がった清水さんは意を決したように言った。
「そんなお母さんっ……」
「いいのよ美紗。あたしたちのためにヤマトくんが捕まるなんて間違ってるわ」
「でもそれじゃお母さんが……」
「こんな人を選んだあたしが悪いのよ」
「……お母さん」
清水さんはズボンのポケットからハンカチを取り出すと、死体の背中に刺さっている包丁に手を伸ばそうとする。
「あ、待ってください清水さん」
「いいの、ヤマトくんは自分の部屋に戻ってて。あたしが包丁についているヤマトくんの指紋を拭いてから110番するわ」
決意に満ちた顔を俺に見せた。
清水さんは俺の身代わりに警察に自首するつもりなのだろう。
「いえ、そのことなんですけど……この遺体、多分もうすぐ消え――」
そこまで言った時だった。
男の死体がすうっと半透明になり、そして俺たちの見ている前で姿を消した。
「えっ!?」
「……!?」
清水さんは持っていたハンカチをはらりと床に落とし、美紗ちゃんは何が起こったのかわからないといった様子で口をあんぐりとさせている。
「ど、どうなってるの……?」
「……!?」
二人の見ている前で死体が消えた以上俺も覚悟を決めなければならない。
「あの……説明します。今何が起こったか」
「え、ヤマトくんが……?」
「お、鬼束さん……?」
「話は一週間前にさかのぼります。俺は……その時初めて人を殺しました」
◇ ◇ ◇
俺はこの一週間に自分の身の回りで起こった不思議な出来事を二人に話して聞かせた。
二人は初めこそ怪訝な表情を浮かべていたが、俺が真面目に話しているのを見て途中からは自分のことのように真剣に話に聞き入ってくれた。
人を殺したことや殺し続けなければいけないことを話したらどんな目で見られるかと内心恐怖も感じていたのだが、二人の反応は俺の予想と反して意外なものだった。
秘密の告白をし終えた直後、清水さんはふわっと俺を優しく抱きしめてくれたのだった。
「……えっ?」
「ヤマトくんは何も悪くないわ。仕方がなかったのよ」
そう言って俺の背中をぽんぽんと叩く。
「……俺のこと、怖くないんですか?」
「怖いわけないわ。ヤマトくんは美紗の命の恩人だもの」
そして美紗ちゃんもまた、
「そうですよ、鬼束さんはいい人ですっ」
俺を怖がるどころか優しく受け止めてくれた。
「清水さん、美紗ちゃん……あ、ありがとう、ございます」
俺は少々面食らっていた。
秘密を話した俺よりも聞いた二人の方がずっと落ち着き払っていた。
「……あ、あのじゃあ俺そろそろ自分の部屋に戻りますね」
清水さんに抱きしめられている感触は決して悪いものではなかったが、美紗ちゃんの手前体を後ろに退かせる。
「もし警察が来ても知らぬ存ぜぬを通してください。遺体が存在しない以上どうにもなりませんから」
「あたしたちのことよりヤマトくんは大丈夫なの?」
「え?」
「そうですよ。鬼束さんは一週間以内に人を殺さないと死んじゃうんですよね」
「あー……うん、まあそうだけど」
疑うことなく俺の話を信じてくれている。
目の前で父親の遺体が消えたことがやはり大きいようだ。
すると清水さんと美紗ちゃんは顔を見合わせ、打ち合わせたかのように同時に小さくうなずいた。
そして俺の目を見て、
「ヤマトくん、あたしたちはもう運命共同体よ」
清水さんが言うと、
「鬼束さんはわたしたちを信用してすべて話してくれました。だからもう家族同然です」
と美紗ちゃんも続ける。
「は、はあ……」
つまり何が言いたいのだろう。
「あたしたちに何か出来ることがあったらなんでも言ってね。ヤマトくんのためならなんだってするから」
「わたしも出来ることがあったら協力します」
「……え」
「みすみすヤマトくんを死なせたりはしないわ」
「悪い人を探せばいいんですよね」
形はどうあれ家族を殺してしまった俺に対して何を思ったのか二人は協力を申し出てくれた。
「い、いや、ちょっと待ってください。これ以上二人を巻き込むわけにはいかないですよ」
「何言ってるの、巻き込んだのはあたしたちの方よ」
「そうですっ。鬼束さんはわたしの命の恩人ですっ」
なんだろう、三人で窮地を脱したからかそれとも俺が秘密を告白したからか、清水さんも美紗ちゃんも俺に好意的以上に接してくれている。
しかしこんな優しい母娘を殺人に加担させることなど出来るはずもない。
「気持ちはありがたいですけど本当にいいですから、すいません失礼しますっ」
「あ、ちょっと……」
「鬼束さんっ」
俺は引き留めようとする清水さん母娘を振り切るとさっさと部屋を出て自分の部屋に駆けこんだ。
そして玄関ドアに鍵をかけ清水さんたちの呼びかけを無視すると、この日は耳栓をして早々と眠りについたのだった。