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第11話 清水一家

いつものように途中でコンビニに寄り弁当を買って帰る。

レジ袋をぶら下げながらアパートの外階段を上っていくと、


「秋江、ここにいるのはわかってるんだぞっ!」


見知らぬ中年の男が清水さんの部屋の玄関ドアを乱暴に叩きながらわめいていた。

背が高い。百九十センチ近くありそうだ。


その男は俺と目が合うと、

「何見てんだっ! あぁっ!」

俺にまで声を荒げる。


「いや別に、俺ん家そこなんで……」

「だったら見てねぇでさっさと行けよっ!」

「はあ、どうも……」

俺は頭を下げながら酒の臭いのする男の後ろを通り過ぎ自分の部屋へと入った。


「あなた、いい加減にして、近所迷惑でしょっ」

「ほらやっぱりいるんじゃねぇかっ! 美紗もそこにいるんだろっ! おい美紗、父さんだぞっ!」


聞こえてくるやり取りからすると廊下にいる男は清水さんの別れた旦那さん、つまり美紗ちゃんの父親のようだ。


「早く開けないといつまででも騒いでやるからなっ! 近所の皆さーん、ここに住んでいる清水秋江はオレから娘の美紗を奪ったひどい女ですよーっ! オレと別れてすぐ他の男に乗り換えた淫乱女なんですよーっ!」


するとガチャッという音がして、

「バカなこと言わないでっ。恥ずかしいから入ってよもうっ」

根負けしたのか清水さんは玄関のドアを開けたらしい。


「はなっからそうしてりゃあいいんだ、手間かけさせやがって!」

「大きな声出さないでっ」


男が部屋に上がり込む。


俺はいけないと思いつつも、息をひそめ隣の部屋から聞こえてくる会話の続きに耳を傾けた。


「男はどこにいるっ」

「何言ってるの、そんな人いないわよっ」

「じゃなきゃオレと別れる理由がないだろっ」

「あなたがあたしと美紗に手を上げたからでしょっ」

「嘘をつくなっ」


耳を傾けるまでもなく清水さんと男との言い合いは聞こえてくる。

俺は真っ暗な部屋でつばを飲み込んだ。


「あなた今もお酒飲んでるでしょっ。前もそうだったじゃない、やめるやめるって言って――」

「うるせぇ!」

ドゴッ。ガラガラガッシャーン。

鈍い音のあとに何かが床に散乱する音が聞こえた。


「お母さんっ!」

美紗ちゃんの悲鳴が俺の耳に届く。


「やめてよお父さん、もう帰ってっ」

「美紗……お前まで父さんにそんな口聞くのか、あぁっ!」

ドンッ。

俺の部屋の壁から聞こえる強く何かが当たる音。


「や、やめてっ、苦しいっ……」

「美紗、お前に拒絶されたらオレは、オレはっ……!」

ドンッ。

またも壁から伝わる大きな音。


そこまでが限界だった。

俺は居ても立っても居られず部屋を飛び出ると清水さん家の玄関ドアを開けた。


「っ!」

その時俺の目に映ったのは床に倒れ込んで腕から血を流している清水さん、そして父親と思しき男が美紗ちゃんを壁に押し当て首を両手で締め上げているところだった。


「あぁ? お前さっきのっ」

「お、鬼束さ、ん……」

苦しそうにうめく美紗ちゃん。

うつろな目からは涙が流れ出ていた。


「やめろっ」

俺は男の腕を掴み美紗ちゃんから引きはがそうとする。

が、

「邪魔だっ!」

振り払った男のひじが俺のこめかみを強打した。

一瞬気を失いかけるもテーブルに寄りかかりなんとか倒れずに体勢を立て直す。


人を二人も殺して俺のレベルは上がっているものの男との身長差は約二十センチ、体重差はおそらく四十キロほどはある。力でどうにかするにはさすがに分が悪い。


「美紗ぁ、この男とどういう関係だっ!」

「あ、が……っ」


男が腕に力を込めた。

まずい、このままでは本当に美紗ちゃんが殺されてしまう。

どうにかしないとっ。


とその時だった。


ズブッ。


いつの間にか起き上がっていた清水さんが包丁を男の背中に突き刺した。


「あ、秋江っ……お前っ」

男は美紗ちゃんを放すとゆっくりと清水さんに向き直った。

解放された美紗ちゃんは口からよだれを垂らして床にへたり込む。


男は今度は清水さんの首を掴もうとして手を伸ばした。

清水さんは男を刺した姿勢のまま呆然と固まってしまっている。


「こ、殺して、やる……っ」

男が震える手を清水さんの首にかけたところで、

「……うわあぁっ」

俺は男の背中に刺さっていた包丁をさらに深く突き刺した。

考えての行動ではない。とっさに体が動いていたのだ。


「ごはぁっ……!」


人体について詳しくないのでよくはわからないが、俺の一撃はおそらく何かしらの臓器を貫いたのだろう、男は血を吐いて床に仰向けに倒れ込んだ。



「お、お母さんっ……」


美紗ちゃんに呼ばれ我に返った清水さんはすぐに美紗ちゃんのもとに駆け寄ると、お互いを抱きしめ合った。


「美紗っ」

「お母さんっ」


そんな母娘の抱擁を前に――



ててててってってってーん!



くしくも俺の頭の中ではレベルアップのファンファーレが鳴り響いていたのだった。

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