第10話 おかえり
「じゃあここで」
「はい。送ってもらってありがとうございました」
住んでいるアパートの部屋が隣だから一緒に帰ってきただけで特別送ってきたつもりもないのだが、美紗ちゃんは俺に対して丁寧にお辞儀をした。
ドアの前で別れようとして、
「あっ、ごめん、ちょっと待ってて……」
美紗ちゃんを引き留めると俺は部屋からタッパーを持って戻る。
「これ、清水さんに、お母さんに返しておいてくれる。カレー美味しかったですって」
「あ、はい。わかりました」
「ごめんね、ありがとう」
「いえ、じゃあ失礼します」
もう一度お辞儀をすると美紗ちゃんはタッパーを持って「ただいまー」と隣の202号室に入っていった。
俺も自分の部屋に入る。
すると「おかえりー」と美紗ちゃんを迎える清水さんの明るい声が隣の部屋の俺にまで届いた。
壁の薄さに辟易しつつも、なんだか自分に「おかえり」と言ってもらえたようでちょっとだけ心が安らぐ。
コンビニで買った弁当を温めている間にバスタブにお湯を流し入れ部屋着に着替えていると、
チーン!
電子レンジが鳴った。
ほかほかの弁当を電子レンジから取り出すと部屋の真ん中にあるテーブルの上に置く。
テレビをつけてザッピングしながら弁当を口に運んでいく。
だがとりたてて面白そうな番組もないので、ニュース番組にチャンネルを切り替えるとリモコンを手放した。
『……見知らぬ女性の部屋に押し入り暴行した疑いで逮捕されました。筧容疑者は取り調べで容疑について大筋で認めているそうです。また筧容疑者は過去にも若い女性を乱暴した容疑で……』
テレビでは男性アナウンサーの声とともに容疑者の顔写真が映し出されている。
「女性を乱暴ね……こういう奴ならターゲットにもってこいなんだけどな」
言いつつ弁当を胃に流し込む。
胸糞悪いニュースを見たせいか弁当が不味く感じる。
俺は早々に晩ご飯を終えると風呂に入ってベッドに横になった。
「……あと六日か」
薄暗い部屋の中、天井をみつめながら俺は一人つぶやいた。
◇ ◇ ◇
わかっていたことだが死に値する悪人などそうそういない。
身の回りで探すとなるとなおさらだ。
そして――
誰も殺すことのないまま時間だけが過ぎ、気付けば二人目を殺した日からはや一週間が経とうとしていた。
明日の午前十時半までに誰か殺さないと俺が死ぬ羽目になる。
「……まずいな」
「ん? 鬼束パイセンなんか言ったっすか?」
助手席に座る岡島が目を開く。
てっきり眠っていると思っていた。
「いや、何も言ってないよ」
「そっすか」
言うと岡島はまた目を閉じて一人眠りの体勢に入る。
後輩のくせに先輩に運転させておいて横で眠るとは不届き千万だが、起きていたらいたでわけのわからない若者言葉を使ってぺちゃくちゃうるさいだけなのでこの際放っておく。
営業の仕事を終え会社に戻ると岡島が我先にと専務に仕事結果の報告にいく。
専務は「岡島くん、おかえり~」と嬉しそうに岡島の手を握りつつ労わると、岡島も「うぃっす」と嬉しそうに返す。
そんな様子を尻目に、
「お先に失礼します」
俺は二人の空間を邪魔しない程度に挨拶をして帰路についた。