第74話 裏・中層ダイバー『クリム』
すみません。今回ちょっと短めです
『──【エア・レイド】! 【ラッシュピアッサー】!』
スマホの画面に表示された少女が優雅に宙を舞い、上半身の力だけで放たれる槍の連続突きがさながら豪雨の如く標的の魔物へと降り注ぐ。
少女が交戦中の魔物──ダンジョンワームの頭上を、【エア・レイド】の補正を受けた跳躍で通過した後には……全身を貫かれて塵へと還ったダンジョンワームが落とした魔石のみが残されていた。
〔つっよw〕
〔もうダンジョンワームも瞬殺か…やっぱ成長速度えぐくない?〕
〔ちょっと前にダイバーになったばかりとは思えんw〕
『えへへ~! 小さい頃から触ってますからね、槍の扱いでは誰にも負けませんよ!』
〔やっぱり基礎がしっかりしてるのって大事なんだなぁ…〕
「ん……? それって裏・中層の配信か?」
「はい。以前私も会った事があるクリムさんのアーカイブですよ」
私がスマホで動画を見ていると背後から『俺』に声をかけられたので、振り向いて答える。
動画の中で短めの赤いポニーテールを弾ませながら戦ったり、楽しそうにコメントとやり取りしながら迷宮状のダンジョンを探索したりしているのは、裏・渋谷ダンジョンの発見者であり現在急成長中のダイバー『クリム』だ。
再生していたアーカイブは彼女の探索配信のもので、その配信の日付はまさに今日のものだった。
それは今日の配信終了直前の雑談中の事。
〔今来ました!もしかしてもうそろそろ配信終わるところですか!?〕
〔クリムちゃん来たかw〕
〔裏・中層の配信お疲れ~〕
と言った流れで、クリムがコメントに滑り込んで来た事を切っ掛けに彼女が中層の探索を開始した事を知った私は、帰宅後に早速そのアーカイブを確認していたという訳だ。
『槍持ちのミノタウロスですか。魔物流の槍捌きがどの程度のものか、見てあげましょう!』
〔魔物流とかあるんか?w〕
〔流派とかの概念無さそう〕
『──グアアアァッ!』
『むぅ……想像よりも雑ですね。力で押してるだけで、技術はてんでダメダメです』
〔決着早すぎて草〕
〔スキルも使ってねぇwww〕
「へぇ~……噂には聞いてたけど、メチャクチャ強くなってるな……俺、もう抜かれたか……?」
「まぁ、仕方ないとは思いますよ。彼女の場合、元々槍の扱いがずば抜けていたようですし」
いくらスキルの恩恵を得られたとしても、武器を扱う技量とセンスはどうしようもない。
勿論ダイバーとして実践を重ねて行く内にそういった能力も自然と鍛えられるものではあるが、クリムの場合はそれが最初からほぼ完成されていたのだ。
彼女の急成長に関しても、これまでレベルやスキルの恩恵無しで培ってきた技術が、それらの要素とガッチリ噛み合った事によるものなのだろう。
「なるほどなぁ……それにしても、珍しいな。お前は初見の感動を重視して、あまり先の情報とか仕入れないってタイプだと思ってたんだが……」
「私もそういう方針で行くつもりだったんですけどね……ちょっと、気になる事があったので……」
「気になる事?」
「ええ、このアーカイブを見て行けば何か解るかもしれません」
「ふーん……?」
今日の探索でデッドエンドスパイダーに感じた『意図』……その正体を逸早く確かめるには、裏・中層の情報が欲しかったのだ。
勿論、私自身が裏・中層に行く事が出来ればそれが一番良かったのだが、肝心の境界を見つける前にいつもの探索終了の時刻が来てしまった為、その場の座標をマーキングして配信も終了するしかなかった。
その際、裏・上層でマーキングすると下層の森の座標が上書きされてしまうという点で多少躊躇はしたのだが……
(多分あの森は例の悪魔に見張られているだろうし、良い機会だったのかもしれないな……)
前回は配信開始直後に悪魔が現れてカメラを壊されたし、あの近くで待ち構えていたのはほぼ間違いないだろう。
あの場所から探索を開始する度にあの悪魔と戦うくらいなら、一度中層から下層に入り直して別のルートで探索を進める方がまだマシだ。一部では裏・渋谷ダンジョンも下層に繋がっているという説が囁かれているらしいし、そっちを期待してもいいかもしれないな。
そんな事を考えながら、アーカイブを追う事数十分。
問題無さそうなところや、魔物やトレジャーの見つかっていない区間をちょくちょく早送りしていくと……
『──またデッドエンドスパイダーですか?』
〔こいつ面倒なんだよなぁ〕
〔まだ手持ちの花火残ってる?〕
『はい。こんな事もあろうかと多めに準備してきたので──【ストレージ】!』
何度目かのデッドエンドスパイダーとの遭遇。
彼女はすかさず腕輪から取り出した『ねずみ花火』に、ライターで着火して投擲する。
デッドエンドスパイダーの迎撃を搔い潜って巣に張り付いた『ねずみ花火』が巣に火を放ち、デッドエンドスパイダーの重さを支えきれなくなって崩壊。その後は装甲に守られていないデッドエンドスパイダーの腹部を重点的に攻撃し、クリムが危なげなく勝利を収めていた。
「おー、手慣れてるなぁ……」
「それだけ彼女はこの魔物を相手に戦ったと言う事です」
事前に花火を買っていた辺り、前回の探索でもそれなりの数を相手に戦ったはず……
(これは……私も急がなければならないかもしれませんね……)
『なんかデッドエンドスパイダーと遭遇することも増えてきましたね~……』
げんなりとした様子のクリムの言葉。
……彼女は気づいているのだろうか。自分から移動しない魔物に出会う機会が増えていると言う事の、本当の意味と……デッドエンドスパイダーとトラップスパイダーの共通点に。
『──次の配信は明日です! 今日も来てくださり、ありがとうございました~!』
「……なりふり構ってられないみたいですね」
「?」
もしかしたらこれは私の杞憂かもしれない。……ただし、もしもそうでなければ、ほぼ間違いなく取り返しのつかない事態になる。
だからこそ私は──