第71話 三つの約束
オーマ=ヴィオレットが自身のSNSに投稿した内容が拡散されると、渋谷ダンジョンを活動の拠点としているダイバー達の動きにたちまち変化が起きた。
「急げ! 今の内に出来る限り探索するんだ!」
「トレジャーの取り残しを見逃すなよ! 俺達が探索できる範囲なんて直ぐに追い抜かれるぞ!」
〔タイムリミットは土曜日か…!〕
〔まるで天災のような扱いされてて草〕
とあるクランは駆け出しから一か月と立たずに中層ダイバーの仲間入りを果たした彼女の探索速度を恐れるあまりに探索のペースを速め、さらに普段よりも長く探索を続けるようになり……
「マジかよ……下層の探索できるくらい強いんだから、そっちの探索に専念すればいいのに……」
「こっちのルートで最前線狙おうって奴もいるのにな……」
〔いうてあれは仕方なくないか?〕
〔まぁ愚痴りたくなるのもわかるわ〕
またとあるクランは彼女の力や功績を妬み、配信にまで小言が増えていった。
そんなネガティブな反応が一部のダイバーから漏れ出す一方で──
「わぁ! それならもう直ぐ、またヴィオレットさんに会えるかもしれないんですね!」
〔クリムちゃんが前に会ったのって助けてもらった時だっけ?〕
〔もう懐かしいなあの騒動も…〕
「はい! あの時からかなり強くなりましたし、もうあんな醜態は晒しませんよ!」
〔フラグじゃないことを祈るw〕
と、純粋にヴィオレットの姿を間近で見れることを楽しみにするダイバーもいた。
彼等彼女等の反応はSNSでさらにネガティブ、ポジティブ問わずに反響を呼び……やがて、当のオーマ=ヴィオレット本人も目にする事になった。
◇
「──って、話題になってましたねー……」
〔他人事なの草〕
〔君が騒動の中心やで〕
〔なってましたねーじゃないんよw〕
水曜日の雑談配信。挨拶もそこそこにその話題を出すと、コメントから総ツッコミを食らった。
そりゃあ勿論私だって裏に先に潜っていたダイバー達から歓迎されるとは思っていなかったが、予想以上にネガティブな反応が多かったのだ。他人事に出来るものならしてしまいたいが、そうもいかない。
例の私の投稿はとっくに拡散され、その情報が大元となって多くのダイバーが動いている。今更撤回すれば、それこそ私のSNSは燃える事だろう。盛大に。
そこで私は今回の雑談配信で、彼等の不満を解消する為にいくつかの宣言……というか、約束に近いのだが、それを発表する事にした。
「題して、『これはしないよ! 裏探索の縛り!』です!」
〔相変わらずそのまんまのネーミングセンスよw〕
〔わざわざフリップに書くことかw〕
フリップ──というか、いつぞやのスケッチブックだが……そこにでかでかと描かれた手書きのロゴを、配信に乗せながら読み上げる。
現在裏を探索中の一部ダイバーからヘイトが向けられている理由は、彼らのうま味を私が横取りしてしまう事に対する不満だ。
……まぁ、表の中層から浅層に戻って裏に行った彼らも、あまり人の事は言えないと思うのだが、そこをツッコんでも火種にしかならないのでスルーする。
出来る限り人間から敵意を向けられたくない私としては、事を穏便に済ませたいのだ。その為に『俺』と相談しながら、以下の三つの約束を今日の配信で掲げることにした。
〈約束その1。トレジャーを積極的に探さない〉
一つ目は言わずもがな、彼らの不満点の解消につながる約束だ。
『積極的に探さない』とは書いてあるが、実質スルーすると捉えてもらっても構わない。所謂見て見ぬふりと言うやつだが……そう書かなかったのには一つ理由がある。
この約束の内容を決めるにあたり、『俺』が一つの懸念点を提示したためだ。
『この「トレジャーを見て見ぬふりする」って書き方は止めた方が良い』
彼らが裏に潜る最大の目的であるトレジャーを軽視するような表現は、間接的に『侮辱』や『舐めプ』と捉えられ、更にヘイトを向けられる可能性があるというのだ。
……正直、そんなに神経質にならなくてもと思うのだが、ダイバーの感覚に関しては私よりも『俺』の方が深く知っている。忠告に従って内容を書き直し、更にこの約束の内容について深く追及される事を避けるために用意したのが二つ目の約束だ。
〈約束その2。裏・渋谷ダンジョンにて配信開始前(準備中)のオーマ=ヴィオレットに話しかければ、お望みのエンチャントを一つだけ付与する(時間制限は大体20分くらい)〉
〔エンチャント!?なんでも!?〕
〔良いの!?〕
〔本物のエンチャントだよね!?〕
〔へーお試しできるって事か〕
〔そんなに騒ぐことなのか…?〕
私の目論見通り、この約束にリスナーのコメントは集中したが……これは、現在一部のダイバーの間で囁かれている噂が原因だ。
『エンチャント状態の武器で魔物を倒した場合、上手く行けば対応する魔法のスキルが発現するのではないか』
こんな噂が一部で囁かれているのだ。勿論、現在私以外にエンチャントが使える者がいない以上、誰かが確かめたわけではない。根拠のない噂の一つだ。
しかし、これは何も突飛な内容ではない。何しろこれは『意図的に望むスキルを発現させるやり方』の延長線上にある理屈だからだ。
以前、私は一つの配信を見たことがあった。私の魔法【エンチャント・ヒート】を発現させようと、レイピアにオリーブオイルをぶっかけて火をつけ、ゴブリンをひたすら狩るという内容の配信だ。
彼は結果的に【エンチャント・ヒート】を発現させることはできなかったものの、代わりに【ラッシュピアッサー】という刺突系武器専用のスキルが発現していた。魔法系ジョブの彼にだ。
このように、発現するスキルには普段使う武器種や適性は関係ない。……それは既に春葉アトがその身をもって体現している事実であり、ダイバー界隈では共通の認識だ。
そして、以前私がその春葉アトのハルバートに【エンチャント・ヒート】を施した事がきっかけで、この説が浮上したというわけだ。
その事を踏まえて考えれば、これがどれほど魅力的な内容として映っているのかが良くわかるだろう。
『もしかしたら【エンチャント】を習得できるかもしれない』
『上手く行けば【属性魔法の心得】が手に入るかもしれない』
それはそこらのトレジャーなんかよりも、何倍も己の可能性を広げてくれるギフトなのだ。
〔トレジャー一つ渡したら代わりにエンチャントとかダメ?〕
だから当然こんな提案も飛び出すが……そこはきっぱりと断りを入れておく。
「いえ、配信前のみとさせていただきます。でないと、結局配信どころじゃなくなってしまいそうなので……」
〔それはそう〕
〔今の反応見たらなぁ…〕
〔そっかー…〕
これだけこちらが見返りを提示すれば、私の参入に不満を漏らしていたダイバーも手のひらを返してくれることだろう。
まぁ実際に【エンチャント】が発現するのかは知らないが、こちらとしてはもしも近しいスキルが発現してももう問題はない。
私の知名度は十分に高まったし、収入もすでに安定しているのだから。……というか、寧ろ彼等渋谷ダンジョンのダイバーが強くなってくれた方が、私にとってもメリットがあるしな。
そして、二つ目の約束にすべての話題を搔っ攫われた事で、誰の目にも入っていなかった三つ目の約束……
〈約束その3。窮地に陥ったダイバーを見かけたら必ず助けに入る〉
まぁ、内容は私が中層で下層突入の準備をしていた時にやっていた事と同じだ。
格上の魔物に襲われていたり、トラップスパイダーの糸で武器や腕輪を封じられてピンチになっているダイバーを助ける。
特に約束せずとも実行するつもりだったこの約束が、結果的に私を新たな騒動の中心に運ぶことになったのだった。