第69話 喪失……そして配信中断
内容はサブタイトルほど不穏ではないです
魔族の放った竜巻の魔法と、風の魔力を纏った【螺旋刺突】が正面からぶつかり合う。
逆巻く暴風によって研磨された真空の刃が方々へ飛散し、周囲の木々がまるでまな板の上の食材のようにみじん切りにされていく。
「くっ……」
左腕で顔を庇いながら、レイピアを突き出した右腕に懸命に力を入れる。
こうしている間にも無数の真空の刃が私の全身に降りかかっているが、新調した防具が早速役に立ったようだ。防刃性に優れたドレスアーマーで本当に良かった。
状況は完全な拮抗状態。しかし私達の間で絡み合う魔力は常に高まり続けており、やがて凝縮された暴風は限界を迎えた風船のように──弾けた。
「──っぐぅ……ッ!」
圧縮された空気が弾けた事で唐突に発生した爆風に対処できなかった私は、凭れ掛っていた木の残骸ごと吹っ飛ばされた。
幸いにも先程の魔力のぶつかり合いが原因で周囲の木々は細切れになっていた為、身体を何処かに打ち付けると言う事はなかったが、その分魔族との間には大きな距離が開いてしまった。
(相手は遠距離攻撃の手段が豊富な魔族……距離を取られるのはマズい!)
「──【エンチャント・ゲイル】!」
靴に風を付与し、少しでも早く距離を詰めるべく駆ける。
木々が薙ぎ倒されたのは幸運だったかもしれない。おかげで自由に動けるスペースが十分に確保されている。
しかし、当然ながら魔族も私の接近をただ見ているだけではない。
「へぇ、今ので無事なんだ! ──じゃあ、今度のはどうかな?」
「!」
魔族の両角に紫電が奔り、彼女の周囲に放電する魔力球が無数に生まれる。
私は異世界での記憶からその魔法の正体に当たりを付け、即座に腕輪に手を添えた。
「──【ストレージ】!」
(間に合え……!)
直ぐに目当ての物を取り出し、投擲の動作に移る。
「──【エンチャント・ゲイル】!」
「轟け!」
魔族の周囲の雷球が一斉に発光する直前、風の魔力が付与された投げナイフが魔族に向けて高速で放たれた。
そして落雷を思わせる轟音が響き……魔族の魔法は投げナイフに向かって誘引された。
「なっ……!」
雷は金属に向かって落ちる……これは一種の誤解であり、実際には高い所に落ちやすいのが正しい認識だ。
更に言えば、魔法は自然現象ではない為何を狙うのかは術者の意志に大きく左右される。
しかし、彼女が使用した様な『放電の速度を利用する雷の魔法』は、雷の性質に非常に近しい挙動をするのだ。
即ち、『術者以外の最も近い標的を狙う』。
周囲の木々は薙ぎ倒され、標的となるのは接近を試みる私だけ……ならば最も速く正確に、かつ自動的に私を攻撃できる落雷の魔法を選ぶと言う判断は間違ってはいない。
だが……魔族はダイバーを知らなかった。腕輪の存在を、その機能を知らなかったが為に突然飛び道具が現れる可能性に気付けなかった。
「う……ッ!?」
自身の魔法によって帯電したナイフが、魔族の身体に突き立つ。
想定外のダメージと感電により、魔族の身体が硬直する。──私にはあまりにも大きすぎる隙だ。
「──【エンチャント・ダーク】、【ラッシュピアッサー】!」
「ぐぅ、ッアァ……ッ!!」
肉薄と同時に、魔族の全身に闇の魔力を突き入れる。
腹部、胸部、両腕、両脚……翼や頭部も狙ったが、そこは身を捩って躱されたので、狙いやすく的の大きい部位を重点的に攻撃する。
時間にして2,3秒、十ヶ所程穴を開けたところで魔族の身体から痺れが取れたのだろう。反撃するべく傷だらけの腕が持ち上がったのを確認し、即座に袈裟切りすると同時に魔族の身体を突き飛ばして距離を取った。
「はぁ……はぁ……! ──ふ、ふっ……ふふふ……!」
「……?」
フラフラと立ち上がった魔族が、肩を揺らして歓喜したような笑い声を零す。
全身に付けられた傷は私の魔力が残っている間は回復せず、それどころか絶えず激痛を伴う筈。だと言うのにどうして笑えるのか……不気味に思いながらも、油断せずレイピアを構える。
「はぁ~……予想以上だったなぁ。貴女、オーマ=ヴィオレットちゃんって言ったっけ……?」
「予想以上……?」
「あ、こっちの話ね。気にしないで」
いや、『気にしないで』なんて言われたら余計に気になるんだけど……そんな私の気も知らず、彼女は一方的に話を続けた。
「まさか、このあたしがこんなに傷を負う事になるなんてね……流石に思いもよらなかったよ。それにこの魔力、凄く良いね……人間ってもっと弱いって思ってたから、良い意味で期待を裏切られたって感じ」
自分に付けられた無数の傷を舐めるように見ながら何処か恍惚とした声色で話し続ける彼女に、私の警戒は膨らんでいく。
そして彼女は私の方へと再び視線を向けた。
「貴女には期待してるよ、オーマ=ヴィオレットちゃん。あたしの『退屈しのぎ』としてもね」
その言葉を最後に、彼女は背中の翼を羽ばたかせて空に浮き上がる。
「逃がしませんよ!」
あからさまな撤退を試みる彼女に、風を纏わせた靴で突風を起こし接近するが──
「止めておいた方が良いよ。空中じゃ『コレ』、防げないでしょ?」
「! くっ……」
チラつかせるように掲げた魔族の右手に、凝縮された嵐が一瞬作られる。
確かに踏ん張りの効かない空中では、あの魔法に対抗する手段は無い。それを見破られているのがどうにも悔しく思いながらも、私は渋々矛を収めた。
「うんうん、お互い末長い付き合いにしたいもんね。だから今日はここまで! ──じゃあまたね!」
そう言って、彼女は悠々と私の前から飛び去って行った。
その背を見送るしか出来なかった私は、仕方なく地面へと降り立ちリスナーに向けて言葉を紡ぐ。
「残念ながら、今回は逃げられてしまいましたね……まさか魔族がここまでやるとは思いませんでした。皆さんも下層に来るときは──……?」
少しの間話していたが、ふと違和感を覚えた。
まるで何かが足りないような……──そして、その正体に気が付いた。
「──あれ!? カメラ! ドローンカメラが無い!?」
そう。周囲にいつも漂っていた配信用のカメラが見当たらないのだ。
魔族と戦う直前までは確かにあった筈なのに……待てよ、そう言えば魔族との戦闘に入ってからコメントを見かけてないような……
(……ん? あれ、待てよ。嫌な予感がする……)
「まさか──!」
外れて欲しいと願いながらも、予感に従って『その場所』へと向かう。そして──
「あ、ああ……なんて姿に……」
木々が薙ぎ倒されたその中心……魔族と私の風がぶつかり合ったその付近に、バラバラに切り刻まれたドローンカメラの残骸があった。
「せ……せめて弁償して行けーーーーーー!!!!」
下層の森に、配信にも載らない私の絶叫が空しく響くのだった。
◇
【ダイバー板】魔族令嬢オーマ=ヴィオレットについて語るスレ 四十九層目
102:名無しのダイバー ID:
おのれ悪魔
103:名無しのダイバー ID:
おのれ悪魔
104:名無しのダイバー ID:
ヴィオレットちゃん無事かな…
105:名無しのダイバー ID:
おのれ悪魔
106:名無しのダイバー ID:
絶対に許さんぞところ天
109:名無しのダイバー ID:
>>106
どんな流れからでも殺意を向けられるところ天で草
112:名無しのダイバー ID:
配信アーカイブ残るのかなコレ…
113:名無しのダイバー ID:
おのれ悪魔め
115:名無しのダイバー ID:
>>112
一応前にも配信中にカメラ壊れたダイバーが居たけど、その時は残ってた
118:名無しのダイバー ID:
>>115
サンクス。ソレはソレとしておのれ悪魔
123:名無しのダイバー ID:
ヴィオレットちゃんのSNS更新来た!
126:名無しのダイバー ID:
『 オーマ=ヴィオレット
@Ohma_Violette
すみません!悪魔との戦闘でカメラが壊れてしまったので今日の配信は中断です!
新しいカメラは今日中に購入しますので、明日は配信出来ると思います! 』
129:名無しのダイバー ID:
無事でよかった!
131:名無しのダイバー ID:
って事は悪魔にも勝ったのかあの子…
135:名無しのダイバー ID:
悪魔から魔石って出るんかな?
138:名無しのダイバー ID:
出たとしたら滅茶苦茶高いんだろうなぁ…それはそれとしておのれ悪魔
145:名無しのダイバー ID:
SNSに悪魔と魔族がトレンドインしたな
152:名無しのダイバー ID:
ホントあの子は配信の度にトレンド入るよなぁw