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第68話 下層の魔族?

「──【ストレージ】……っと。これで、この樹から採れる分の枝は全部ですね」


 切り離した枝を手際よく腕輪に収納し、今しがた剪定し終えた樹を見上げる。

 私が手を入れる前は無数の枝葉を伸ばしていたその樹も、今や大きく育った枝の尽くを失い実に寂しい姿になっている。

 天辺付近には枝がまだ残っている物の、その付近の枝は協会の提示した規定のサイズを満たしておらず、納品対象外である為今回はスルーだ。


〔そろそろ探索に戻る?〕

「うーん……そうですね。この辺りで伐採の方は切り上げておきましょうか」


 気が付けば宣言した三十分はとっくに過ぎており、リスナーからのコメントでそれを確認した私は早速本格的な探索に入る事にした。

 今日の探索はこのまま森の奥に向かう事になっている。私は早速ランプを翳し、一歩目を踏み出そうとして──


「あーーーーッ! 見つけたーーーーーッ!!」

「なッ!?」


 突如響き渡った大声に警戒を最大限に引き上げた。

 周囲に素早く視線を走らせるが、人の気配は見当たらない。向こうが私を見つけたのなら、私からも相手が見える筈なのだが……。それに……


〔え、誰!?〕

〔他に下層に来てるダイバーが居るのか!?〕

〔そんな人居たら話題になってると思うけど…〕

〔いや今はそれよりもスライムが!〕


 そう。声の正体も気になるが、今はそれよりも優先順位の高い脅威がある。

 今の大声に反応した私に向かって、周囲の樹上からスライムが襲い掛かって来たからだ。


「くっ……、──【エンチャント……ッ!?」


 【エンチャント・ヒート】をローレル・レイピアに纏わせようとして、中断。即座に防御態勢をとる。

 その直後──




〔は!?〕

〔スライムが全滅…〕

〔待って今どっから攻撃来た!?〕

〔さっき叫んだ奴か?〕


 私を捕食せんと飛び掛かって来たレッドスライムは、一瞬で全滅した。

 それを成したのは無数の真空の刃……風系統の攻撃魔法だった。

 不可視の刃は周囲の木々を巻き込んでレッドスライムたちを両断し、的確にコアとなる魔石を撃ち抜いていた。さらにそれだけでは飽き足らず、地面に薄く深い線状の傷を刻む程の切れ味。

 遅れて落下した樹の幹や枝が地面を揺らし、土埃を巻き上げた。


(樹の幹さえも容易く両断した今の魔法……かなりの魔力が込められていた。だけど、一番の問題はそこじゃない……!)


 問題は、今の攻撃が何処から飛んできたか。私は魔法の発生源を目で追い……──上空へと視線を向けると、そこには一つの影が浮かんでいた。


(そう言えば、忘れていた……この下層には、『奴』がいる事を……!)


 背中から伸びる一対の翼は蝙蝠のように黒く、感情に合わせて揺れる尻尾は独特の光沢を放っている。

 長いピンク色の頭髪から覗く二本の巻き角は羊のようだが、その顔立ちや姿形はまるで人間の女性そのものだ。……血が通っているかも怪しい、青白い肌でさえなければ。

 先ほど風の魔法を放ち、レッドスライムたちを一掃したと思しきその魔族の女性は、その目を好奇心に輝かせながら私を見下ろしていた。


「ゴメンね~! この森がスライムだらけって事失念してたよ!」


 魔族の女性はかなり気安く話しかけてきているが、当然私は彼女と直接的な面識は無い。

 以前一度見かけたシルエットは彼女の物だと思うが、彼女からは見つかっていなかったはず……それに、彼女の気になる点はまだまだあった。


〔なにあれ魔物なん!?〕

〔サキュバス!?実在していたのか…〕

〔いやサキュバスにしては服装が固くないか?〕

〔ゲームとかで見る魔族にそっくりだけどあの服装は気になるな…〕


 リスナー達は彼女に興味津々なようで、コメントは物凄い速度で流れて行く。

 その中でも度々触れられているが、彼女の服装は実に特徴的と言えた。

 軽薄そうな髪色と表情を浮かべる彼女の服装はかなりカッチリした印象を与える物で、それはまるで──


(軍服……だよな、やっぱり……)


 階級らしきものを表すのだろう星の飾りや腕章から、彼女が何らかの組織に所属していることが伺える。

 それはつまり、魔族は彼女だけではなく多数……それも、十や二十どころではない程の魔族の軍がこの渋谷ダンジョンに存在している事になる。


「……失礼ですが、どなたでしょうか。私には貴女と知り合った記憶は無いのですが……」

「あー、自己紹介って奴ね。あたしの名前は『チヨ』よ! 貴女は?」

「私はクラン『トワイライト』のリーダー、『オーマ=ヴィオレット』。見て分かる通り、ダイバーです」


 取りあえず対話が可能な様なので、少しでも情報を引き出そうと話を続ける。それにしても──


〔千代?〕

〔日本人みたいな名前してんなぁ〕

〔俺のおばあちゃんと同じ名前なんだが…〕


 やはり私と同じ印象を抱いたリスナーも多いらしい……それに、先程から彼女が当然のように日本語を使っているのも気になる。

 いくら魔族に高度な知能があったとしても、誰かから教わったり耳にしたりと言った機会が無ければ日本語を扱えるわけが無いのだが……


「だいばぁ? ……何それ? 人間なんだよね?」

「そう言う認識で構いませんよ。ところで、貴女は何者ですか」

「え~? 見て分からない? 悪魔よ悪魔」

「悪魔……? 魔族ではなく?」

「マゾクって何よ?」

「え?」

「え?」


 なんだろう。話が噛み合わない。

 会話が成立しないと言うより、全く異なる常識で話している様な……同じ日本語で会話している分、この妙な齟齬がより際立って思えた。


「うーん……なんか噛み合ってない気がするけど、まぁ良いや。とにかくあたし、貴女に用事があって探してたのよね~」

「用事……? なんですか?」

「そうね……取りあえず貴女、あたしの鬱憤晴らしに付き合いなさい!」

「……はい?」


 行動の要点がつかめない彼女に単刀直入に用事を尋ねたところ、魔族らしき自称悪魔の女性は突然上空から急降下し襲い掛かって来た。

 訳も分からないままこちらへ差し向けられる無数の真空の刃をローレル・レイピアで弾いている内に、彼女は私の懐まで潜り込んでおり──


「良い動きするじゃない! これはどう!?」

「! くっ、いきなり何を……!」


 振りかぶった拳に誘導された視線の外から、鋭く硬質な尻尾の先端が迫る。

 咄嗟にローレル・レイピアでそれを弾けば、その隙を縫うように先程振りかぶった拳が付きこまれる。

 上体を反らして躱したところに尻尾で脚を払われ、体勢を崩される。

 武術の理も常識もない無茶苦茶な挙動を、魔族の身体的特徴とフィジカルで強引に成立させるコンボ。間違いなく彼女の我流だろう。

 合理性のない流れの癖に、魔族の身体能力で隙を無くしているのが非常に質が悪い。


「ぐ……ッ!」

〔ヴィオレットちゃん!〕

〔なんだアイツ動きが読めねぇ…〕


 そして崩された体勢を整える隙も与えられず、ローレル・レイピアで防いだ回し蹴りの一撃で大きく吹っ飛ばされた私は、樹の一つに背中から叩きつけられた。

 咄嗟に頭上にレッドスライムが降って来ないか警戒したが、この樹はどうやら先程魔族の女性によって幹の途中から上が倒れていたらしく、レッドスライムの襲撃は無かった。


「──余所見してていいのかな?」


 声に視線を戻せば、彼女は既に私のすぐ目の前に迫っており、こちらに向けた手の平の中には凝縮された嵐が渦を巻いていた。


(マズい!)

「くっ……! ──【エンチャント・ゲイル】、【螺旋刺突】!」


 直後。魔族の手から放たれた竜巻と、ローレル・レイピアが生み出す螺旋の力場が、私達の中間地点で激突した。

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