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第5話 ステータス

「すみません。本日『渋谷ダンジョン』は緊急封鎖されておりまして、探索は出来ません」

「あ、いえ。今回は()()()のダイバー登録の為に顔を出しただけなので……出来ますよね?」

「そうでしたか。はい、窓口でしたら平時のようにご利用いただけますよ。どうぞ」


 アパートを出てから約一時間。

 私達は、再び巨大な交差点沿いにある『ダイバー協会 渋谷支部』のロビーにやって来ていた。

 ダンジョンが封鎖されている為だろう。昼間よりもだいぶ人は少なく、受付と警備員らしい人しかいないようだ。


「コイツ日本の国籍持ってないんで、身元保証人は俺でお願いします。手続きに必要な書類って確か……コレで足りますよね?」

「えっと……はい、確かに。では登録手続きの為にお二方のスマートフォンをお預かりしてもよろしいでしょうか。……はい、それではこちらの書類に必要事項の記入を、あちらの台でお願いします」


 先ほど買って貰ったばかりのスマホを手渡し、代わりに受け取った書類とボールペンを手に指定された記載台へ向かう。

 改めてここに来る際に名前を確認したが、どうやら現在封鎖されているあのダンジョンは『渋谷ダンジョン』と呼ばれているらしい。前世でも耳にした複雑な構造の駅の事ではなく、文字通り渋谷にあるダンジョンだからだろう。

 現在日本で確認されたダンジョンの中でも数少ない『未踏破ダンジョン』の一つで、計測された魔力の濃度から日本で最も古くから存在するダンジョンとの説もあるようだ。実際このダンジョンに関する記述は、平安時代の文献にも残っているらしい。

 成長周期は二年に一度と中々のハイペースで、それが踏破の難しさに拍車をかけているのだそうだ。

 そして成長する毎にダンジョンは深くなる。周期が短い程成長率は低くなる傾向はある物の、千年以上もそれが続けばダンジョンの深度は相当な物になっている事だろう。私の居た異世界でも、中々見ない規模だ。


(ダンジョンなんて向こうの世界では珍しくもなかったけど、流石に千年もの間踏破を許さなかったダンジョンは聞いた事もない。……これは金稼ぎを抜きにしても興味が湧いてきたな)


 本格的にダイバーとして活動を始めたら、謎に満ちたダンジョンの深奥をリスナーと一緒に楽しめたりするのかな……そんな事を考えていたら、いつの間にか書類の空欄は全て埋まっていた。一拍遅れてその事に気付いた私は、やや早足で窓口に立つ男性職員へと向かい、書類を手渡す。


「……はい、確認しました。ここに記入された『オーマ=ヴィオレット』が貴女のダイバー名となり、変更にはその都度手続きが必要となります。問題ありませんか?」

「はい!」


 『ヴィオレット』と言うのは、異世界で私が使っていた名前の一つだ。

 転生した時に付近にあった泉で顔を確認した際に考えた名前で、髪の紫色から取ってそう名乗っていた。

 今の私も同様の特徴を備えている為、印象として違和感なく馴染む筈だ。


「少々お待ちください……」

「……」


 職員の男性が手元のキーボードを叩く音だけが、人気の少ないロビーに木霊する。

 暫くして、彼が受付の下からゴツい血圧計の様な器具を取り出してカウンターに乗せると、腕を通すよう促される。

 指示に従って器具に左腕を突っ込んで数秒程が経過した後、手首の辺り──『俺』が腕輪をしていたのと同じ位置にカシャンと腕輪が装着された。


「──はい、コレで登録の手続きは以上になります。本日はダンジョンが閉鎖されている為探索は出来ませんが、明日の昼頃には再び開放されるみたいですので、またその時にお越しください」


 そして腕輪の着脱方法や管理の際の注意点、機能に関する説明を一通り受けた後、二人分のスマホの返還と共に腕輪の説明書を手渡される。


「こちらは腕輪の機能と使い方について纏めた説明書です。お持ちください」

「ありがとうございました」




「無事に登録できたみたいだな」

「この通り、バッチリです」

「なら折角だし、腕輪の転送機能で帰ろう。使い方は聞いてるよな?」


 ロビーソファで雑誌を読みながら私の手続きが終わるのを待っていた『俺』にスマホを返し、腕輪を見せる。

 それを確認した『俺』の提案で、早速腕輪の機能の一つである『転送機能』を使ってアパートに帰る事にした。

 初期設定として転送先の座標の一つに私の身元保証人である『俺』のアパートを登録して貰っているので、この腕輪を使えば緊急時でなくとも瞬時に帰宅が出来ると言う訳だ。

 初めて使う機能にうずうずとしながら、先程説明された通りに腕輪に魔力を流して──


「【リターン・ホーム】! ……おお、本当に転送魔法と同じなんだな。科学の力ってすげー」


 キーワードを唱えた次の瞬間、私達はアパートの『俺』の部屋の玄関に立っていた。

 腕輪の機能は基本的に着用者の魔力を流しながら、対応するキーワードを唱えるだけで発動する。

 異世界では習得にも使用にも面倒な手順が必要だった転送魔法がこんなに簡単に、しかも誰でも使えるとは……つくづく私が居た異世界との明確な技術力の差を感じるな。

 異世界とは全く違った発展の仕方をしている事に感心しながら、前を歩く『俺』に続いていると、リビングについたところで『俺』が振り返った。


「さて……明日は早速トレジャー稼ぎに行くんだよな?」

「勿論、そのつもりですよ。トレジャーは早い者勝ちですからね。それがどうかしましたか?」

「確認なんだが、配信はするつもりなのか?」

「いえ、今回はやめておこうかと。流石にトレジャーの争奪戦ともなれば、手加減できない事もあるでしょうし」


 私は出かける前にアーカイブを確認したダイバー達の様子を観察して、自分がダイバーとして活動する際には実力を隠そうと決めていた。

 金を稼ぐ事だけを考えるのなら、全力を遺憾なく発揮してダンジョンの奥を最速で目指すのが一番だろう。実際一度はそう言う道も考えはしたが、どうにもそれでは異世界の二の舞になる気がしてならない。


(……もう二度と、あんな目を向けられるのは御免だ)


 幸い、ダイバーはダンジョンに潜る際に必ず配信をしなければならない訳ではない。

 特別な理由も無く何年もダンジョンに潜らなかったり、配信が行われなかったりした場合は腕輪の没収やアカウントの停止と言った罰則もあるようだが、事前に申請すればそれも問題無いと言う話だ。

 初配信前に数回ダンジョンの下見をするダイバーも多いようだし、問題無いだろう。

 私の考えについてそう補足して伝えると、『俺』は頷いて賛同してくれた。


「そうだな。俺も初配信前には一度ダンジョンで動きの確認とかしてたし、それで良いと思う」

「ええ、初配信はまた次の機会にするつもりです。そうだ、念の為に明日は変身魔法で姿も誤魔化しましょう」

「トレジャーや素材を換金する時には腕輪の登録情報と照合されるから、顔変えてるとそれはそれで面倒な事になるぞ?」

「……獲得したトレジャーは貴方に手渡すので、代わりに換金をお願いしても良いですか?」

「面倒事を押し付けようとすんな。大体、俺は明日講義があって、昼間はダンジョンに行けないって言っただろ」


 ……まぁ、換金の前に変身を解除すれば良いか。協会側にはトレジャーを乱獲したのが筒抜けになるだろうけど、多分守秘義務みたいなものはあるだろうしなんとかなるだろう。

 やや楽天的過ぎるだろうかとも思いつつ、明日の動きについてシミュレーションしていると、『俺』が突然何事か思い出したと言った様子で話を切り出した。


「……っと、そうだ。これは相談なんだが、ちょっとお前の『ジョブ』を確認しておかないか?」

「ジョブを?」

「ほら、お前って異世界から来た上に魔族だろ? 内容によっては人に見られないように注意が居るんじゃないかと思ってな」

「……あぁ、成程」


 言われてみれば確かにそうだ。

 腕輪の説明を受けた際にジョブについても詳しく説明されたのだが、どうやら腕輪が装着者の適性を識別して幾つかあるジョブに振り分けるらしい。言い換えてみれば、()()()()()()()()というやつなのだ。

 そう考えると確かに異世界の何らかの要素だったり、人間とかけ離れた内容が表示されてしまう事もあり得る。


「しかしそう言う事であれば、一般的な表示を一度確認しておきたいのですが……」

「ああ。勿論俺のジョブも見せるよ──【ステータスオープン】」


 『俺』が腕輪に手を添えてキーワードを唱えると、腕輪の表面からホログラムの様なウィンドウが浮き上がり、彼のジョブと能力が空中に表示された。


───────────────────

配信者名:ソーマ

レベル:38

所属国籍:日本

登録装備(3/15)

・ショートソード(武天楼)

・レザープレート(UMIQLO)

・魔力式ランプ(ラフトクラフト)


ジョブ:剣豪 Lv35

習得技能/

・片手剣の心得

・集中

・パリィ

・パワースラッシュ

・豪剣両断

───────────────────


 表示された項目の中であまり馴染みのない『登録装備』と言うのは、入手した装備をダイバー協会に申請する事で『個人の所有物』として登録された装備の一覧と言う事らしい。

 情報はダイバー協会のデータベースで管理されており、万が一盗難に遭ったとしても腕輪の機能で即座に取り寄せられるのだとか。

 そして『俺』の登録装備は、合計三つ。装備名の隣に表示された括弧内は、製造メーカーのブランド名との事だ。ラインナップから考えて、恐らく私が初めて彼を見た時の装備がそれなのだろう。


「表示される内容はこんな所だな。見ての通り、本名はここには表示されない。そして『レベル』はダイバーのレベルとジョブのレベルに分かれていて、基本的には同じ数字になる」

「基本的には、ですか?」

「ああ。俺の場合は『ダンジョン療法』で腕輪を貰う前にレベルが上がってた影響でダイバーレベルの方が少しだけ高くなってるんだが、ジョブのレベルは腕輪を身に付けてジョブを割り振られてからじゃないと増えないんだ。だから普通はレベルとジョブレベルが同時に上がっていく訳だな」


 どうやらダンジョン療法によってレベルアップした分は、腕輪を貰った時点で計測されていると言う事らしい。

 ……あれ、何かマズい気がしてきたぞ。


「──と言う訳で、まぁ……ここまで説明すれば、俺が何を心配してるのかは大体わかってくれたと思う」

「ええ、私もなんだか嫌な予感がしてきましたよ」

「一応ダイバーのステータスは個人情報と言う扱いになってるから、協会側も犯罪が絡まない限りは自由に閲覧したり公表したりはしないし出来ない。配信にステータスを乗せるかどうかも個人の自由だ。だからこの場で何が表示されたとしても、配信でお前が気を付けていれば問題はない」

「それを聞いて少しだけ安心ですね。……では、行きますよ──【ステータスオープン】」


───────────────────

配信者名:オーマ=ヴィオレット

レベル:測定不能

所属国籍:日本

登録装備(0/15)

・未設定


ジョブ:■■ Lv1

習得技能/

・■■■■

・■■

───────────────────


 どうやら私達が思っていた以上に面倒な事になりそうだ。

 ジョブの名前やスキル名は文字化けしている為、判読は不可能。

 そして何より──『レベル:測定不能』。


「わぁ……」

「わぁ……」


 ちょっと想像もしていなかった数値が飛び出して来たせいで気の抜けた声が出てしまったが、『俺』も同じ様な声を出していた。


「逆に凄いな……配信に乗せて良い場所が名前くらいしかないぞ」

「これ協会側にはバレてないんですか?」

「ど、どうなんだろうな……流石に異世界だとか魔族だとかまでは分からないと思うが……」


 取りあえず、私の配信のやり方についても色々と相談しなくてはならないようだ。







 コンコン、と部屋の扉がノックされる。


「──入りなさい」

「失礼します。先程報告させていただきました、新規登録者の件についてなのですが……」


 部屋に入って来たのは、いかにも出来るサラリーマンと言った風貌の男性だ。

 ワックスで整えた髪に皺の寄っていない高級そうなスーツ、銀縁の眼鏡が彼の堅苦しそうな雰囲気にマッチしている。


「ええ、事情は把握しています。何でも、表示に不具合があったとか」

「その事なのですが……詳しくはこちらに纏めましたので、先ずはご一読ください」


 そう言って手渡してきた資料には『オーマ=ヴィオレット』の文字と、腕輪が測定した能力値。そして割り振られたジョブについても纏められていた。


(……)

「彼女に関しては、私が直接対応します」

「会長御自らですか……?」

「ええ。彼女の測定結果に関しては、閲覧権限を最高レベルに設定し直しておいてください」

「はっ……承知いたしました」


 私がそう命じると、彼は早速指示を遂行するべく部屋を出ていった。

 ……これでいい。これで『オーマ=ヴィオレット』の情報は私以外の目に入らない。

 ずっと待っていたのだ。この時を。……彼女が現れるのを。


「ああ……もう直ぐ悲願が叶う」


 この先、彼女には多くの試練が待ち受けるだろう。時に心を折られる事もあるだろう。

 ──しかしそれは仕方のない事。回避できない運命。

 資料に印刷された彼女の名前をそっと指でなぞり、思いに耽る。


「……私の計画は、誰にも邪魔させない」


 そう、全てはその為に。

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