第63話 下層の待ち人
!注意!
今回ちょっとグロテスクな表現を含んでいます。
食事前後の方は食欲を無くしかねないので特に注意かも……(汚い描写があるわけではないです)
Gが出たりと言う訳ではなく、ホラー寄りのグロさなので、そう言うのが苦手と言う方は『★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★』の所までスクロール推奨です。
(一応何があったかの補足は入れます)
「……本当に、真っ暗闇ですね」
〔なんか上層よりも暗くないか?〕
〔洞窟と違って壁が光を反射してくれないからかな…〕
〔木にぶつからないようにね〕
ひそひそと耳打ちするような小声でリスナー達とやり取りしながら、私は暗い森を慎重に進む。
ランプの明かりを目印に襲って来る魔物がいなかった事から、恐らく周辺の魔物は光以外の情報を頼りに襲って来る事は予測できた為だ。
実際、こうしてやり取りを交わしても、森を進む際に物陰から襲われると言う事は無かった。
「木の上にスライムがいますね。大きな音を出したら危険かもしれません」
〔ダンジョンホッパーとかいたら最悪だな〕
〔そう言う魔物は真っ先にスライムに捕食されるから多分大丈夫〕
きっとこの森に居た『光を頼りに襲う魔物』は、スライムに粗方捕食されてしまっているのだろう。そんな事を考えながら歩いている内、私の目の前にそれは現れた。
(ダンジョンワーム……?)
それは、随分と動きの鈍いダンジョンワームだった。地面から全身を地表に出しており、もぞもぞと力無く蠢いている。
今日戦ったダンジョンワームがアレだった事もあって、一層弱々しい印象を受けた。しかし……
(さっきまで眠っていた、のかな……? 見逃すのも怖いし、先手を取って倒してしまおう)
予め取り出しておいたレイピアを構える。
「──【エンチャント・ダーク】」
使う属性は目立ちにくく、音も発さない闇属性を選んだ。そのまま静かに忍び寄り……
「ッ!」
「──ッ……!」
息を殺したままダンジョンワームを背後から斬り付けると、ダンジョンワームは全身をビクンと震わせ、柔らかい地面に音も無く横たわる。
どうやら上手く音を発する事なく、一撃で倒す事に成功したようだ。しかし──
(なんだ……? 今、手応えが変だったような……)
ダンジョンワームは何体も倒してきたが、そのどれとも異なる妙な感触に疑問を抱き、倒れたダンジョンワームの様子を窺う。
その違和感の正体に気付くよりも早く、斬り付けたダンジョンワームの傷口から赤い雫がぷつ、ぷつ、と漏れ出すのが見えた。
一見それは血液のようにも思えるが……
(血……? 一般的な魔物には血なんて流れていない筈……)
魔物の身体はあくまでも『魔石』を核に周辺の塵や水分を集めて身体を構成した物であり、その為魔物を切ったところで血は流れない。少なくとも異世界ではそうだった。
怒りによる血管の膨張や上気等も再現されてはいても、そこに至るメカニズムはまるで人間とは異なるのだ。つまり、あの赤い雫は血液ではなく……
(ま……まさか……!)
嫌な予感がした次の瞬間、ダンジョンワームの身体が内側から弾け──体内にギッチリと詰まっていた、無数のレッドスライムが飛び掛かって来た。
「ひぎゃあああぁぁぁっ!!?」
〔うげぇ…〕
〔待ってキモイキモイキモイキモイ!!〕
ダンジョンワームが弱っていたのも、断末魔を上げなかったのも、全ての原因は体内のレッドスライムだったのだ。そのあまりにもグロテスクな事実と光景に冷静ではいられず、思わず絶叫しながらレイピアを振るう。
当然そんな事をすれば、樹上のスライムたちを刺激する事になり……
〔やばい!〕
〔落ち着いて撤退!〕
〔腕輪で撤退!!〕
周囲の樹全てから赤い粘液がだらりと垂れて来る。
その様子に、先程の光景がフラッシュバックし……
「──【ムーブ・オン "マーク"】! 【ムーブ・オン "マーク"】!」
と、発動ワードを連呼しながら私は森から撤退したのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「──いやいやいやいや! 無理無理無理無理!! キモイキモイ!!!」
例えるなら、拾った木の実から虫が這い出て来た時のような悍ましさだろうか。前世ではネットで見た程度の情報だったが、実際体験して見るとなるほどこれは相当キツイ。
状況的にはよくあるビックリ箱とそれほど変わらない筈なのに、それが生物となるとどうしてここまで不気味に思うのだろう。
〔草〕
〔あれは俺も無理だわ…〕
〔これは責められん〕
〔現地はトラウマもんだろ…アレ〕
コメントを見る限りでは割と平気な人もいるようだが、やはり私と同じように苦手な人も多いようだ。その事に少しばかりの安堵感を得ると、少しずつ冷静になる事が出来た。
「ふぅ……取り乱してしまってすみませんでした。どうやら、わた……ボクはああいうのが苦手みたいです」
〔ええんやで〕
〔俺も正直苦手〕
〔何でダンジョンワームの腹の中でスライムが消化されないのさ…〕
〔↑スライムは全身が消化液のような物で、酸に耐性があるのよ〕
〔↑知りとうなかったこんな事実…〕
コメントからあの状況に関する知識を得る事が出来た私は、自然とこの森が無事だった原因に思い至った。
「成程……あの巨大ダンジョンワームは、この森全体がレッドスライムの巣だと知っていたんですね。捕食してしまうと体内に残り、逆に内側から捕食されてしまうからこの森は襲われる事なく無事に残った……と」
〔そう言う事かぁ…〕
〔さっきのダンジョンワームはそこまで知恵が回らなかった末路って訳ね…〕
何はともあれ、森が無事だった理由は分かった。対策するべき魔物も判明した。
しかし……
「あの……今日はもう森に入りたくないんですけど……」
ソレはソレとして、森に踏み入る気勢を完全に削がれてしまった。
〔草〕
〔仕方ないね〕
〔萎えちゃったか…〕
元々この森に入らなければならない理由も無いのだし、別にここは探索しなくても良いのでは……そんな考えがついつい浮かんでしまう。
〔枝の納品はどうするの?〕
「それはまぁ、森の端っこの樹からちょっとずつ貰って行けば良いかなと。森の奥だとスライムたちに包囲されて、正直採取どころじゃない気もしますし……──【エンチャント・ゲイル】」
〔確かに〕
リスナー達とやり取りを交わしながら、早速森の最外端の樹木に近寄り枝を切り落として採取していく。
時折スライムも見かけるが、森の奥に比べれば数も少ない為落ち着いて対処する。……あんな状況でさえなければ、流石に取り乱す事も無いので楽な物だ。
〔そう言えば、その枝って月の納品限度ってどのくらい?〕
「前回納品した枝のサイズだと、大体一月あたり300本くらいで良いらしいです。重量で前後しますが、一本につき約10万円程度の報酬が貰えるので、月最大で3,000万円ですね」
〔おお…?なんか、下層にしては控えめ過ぎない?〕
〔最大まで集めれば良い収入かも知れないけど300本って相当だよな…〕
〔いくら集めやすいって言っても安すぎる気はする〕
「高く値段設定しちゃうと中層から無理して下層に来ちゃう人も出そうだから、って事らしいです」
〔あー納得〕
〔たしかに高かったら俺も特攻したかも知れん。腕輪もあるし〕
〔無茶するには割に合わないけど、実力があればそこそこの収入になるってラインか〕
多分コメントで質問してきたリスナーも、もしも高ければ無理して下層に来ようと思ってたのだろう。特に今は下層の魔物も少なくなっている印象だし、下手すると私の知らない所で数人は来ていたりするのかも知れないな。
下層の魔物を相手できなければ、それ程美味しい稼ぎ場ではないのだと言う事は積極的に発信した方が良さそうだ。
……そんなこんなで話しながら枝の採取を続ける事、数十分。ストレージで確認したところ、60本程の枝が回収できた。
欲を言えばもう少し集めておきたいところだが……
「流石にストレージが限界ですね。一回の探索で限度額まで稼ぐのは無理みたいです」
〔草〕
〔枝一本も結構なサイズだもんなぁ〕
〔そもそも今日は例の特大魔石も回収してるし仕方ない〕
〔あの魔石ヴィオレットくんの身長くらいあったよね…受付に人集まりそう〕
確かにあれ程の魔石なんて見られる機会もないだろうし、見物にダイバーが集まる可能性もあるのか……そう考えるといつもよりちょっと早いけど、先に換金を済ませた方が受付の迷惑にもならなくて良いかも知れないな。
「あー……それじゃあ腕輪ももう限界みたいですし、今日はここで引き上げて早いところ換金して貰いましょう。森の探索は……次回までにスライムの対処法を考えておきましょうか」
〔今日はここまでか~〕
〔16時過ぎ…ちょっと早いけどマーキングの位置変えると次回に森に来るの面倒だしね〕
〔スライムには火属性だけど……森って言うのがなぁ〕
〔森を燃やすのは流石にマズいね〕
〔案外厄介な状況だぞコレ…〕
流石に森を燃やせば命に関わるし、何より折角の木材が台無しだ。今後の事も考えると得策とは言えないだろうけど……今はちょっといい方法を思いつかないな。
「取りあえず、水曜日に雑談配信が出来ればその時にでも案を募りたいと思います! 皆さん今日は色々と助けてくれてありがとうございました! オーマ=ヴィオレットでした! ごきげんよう~!」
〔ごきげんよう~〕
〔魔石ちょっと見に行こうかな〕
〔俺も~〕
〔渋谷地元民羨ま…〕
◇
オーマ=ヴィオレットが下層を去った数分後……ダンジョンワームとの戦いの痕跡が深く刻まれた地面を、上空から見下ろす影が一つあった。
「あちゃー……あの子やられちゃったんだ。やっぱり先に収穫しておくべきだったかな……」
僅かに残留する魔力から、彼女は残念そうにそう判断する。
定期的な巡回と言う役目を担う彼女は、ここ最近下層に起き始めた変化に気付いていた。しかし……
「うーん……報告するのは、まだ待ってあげようかなぁ? また変化の無い日々に戻っても、退屈なだけだしぃ〜」
そう独り言を残した女性は、背中から生えた一対の翼を大きく広げると再び巡回に戻る。
「──でも、今度は挨拶くらいしたいなぁ〜」
不穏なその呟きを聞く者は、誰も居なかった。