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第60話 秘策

「──ここですね」


 全速力で空中を跳ねるように移動し、数十秒ほど。

 その場所は地面の所々が割れたり、抉られたりと先の戦闘の影響が強く残っている為、高所からでも良く分かった。

 目的地に着いた事を確認した私は空中で姿勢を上下逆さまに反転させ、強く空を蹴る事で急降下。再び姿勢を戻して空気を蹴り、勢いを殺す事で危なげなく着地した。


〔移動に便利すぎるだろw〕

〔バトル漫画みたいな挙動してるw〕

〔さっきはここに来るのにもっと時間かかってたのに…〕

「レイドバルチャーがいない事が分かっていれば、こう言う無茶も出来ますからね」

〔あーそうかアイツ等が居ると出来ないか〕


 軽くリスナー達と談笑し、周囲を見回す。

 上空から見た時から気付いてはいたが……どうやら例のダンジョンワームは、私達が作戦を考えている間にこの場を去ってしまっていたようだ。

 しかし、上空から奴の姿が確認できなかったと言う事は……


「居ませんね……地中に潜って移動しているのでしょう。──【マーキング】」

〔向こうからすればここに残る理由も無いもんな〕


 現在の座標を記録した後、少し周囲を歩いて丁度良いポイントを探す。


〔今来たんだけど、何か探してるの?〕

〔探してると言うか待ってるってのが正しいかも〕


 とは言え、このくらいは想定内。いないのならば釣り出せば良いだけだ。

 ダンジョンワームは主に地面を伝う振動で獲物の位置を感知する。その為ダンジョンワームが確認されたエリアを探索する場合は、足音を消すのが最低限の心得なのだが……


 ──ダン、ダダダン……ダン!


 今の私が望むのは奴との再戦だ。

 奴の索敵範囲がどの程度かは分からないが、こうして私のタップダンスの華麗かつ軽快なステップで振動を伝えてやれば……

 

〔なるほど地団太で呼び出すのか〕

「地団太って何ですか!? タップダンスですよ!」

〔えぇ…?〕

〔本職のダンサーが聞いたらキレそうw〕

〔練習してもろて…〕

〔令嬢ェ…〕


 『令嬢が地団太なんてする訳無いだろ!』と叫びたい気持ちをグッと堪え、地団太……ではなくタップダンスを続ける事、数分……ついにその時が来た。


「──! 来ましたか……!」


 微細な振動が足を伝わり、その存在を伝えて来る。

 やがてその振れ幅は次第に大きくなり、戦いの余波で散らばっていた小石がカタカタと震えだす。


(そろそろか……!)

「──【エンチャント・ゲイル】!」


 奴は姿を現すと同時に捕食の為に地中からの突き上げ攻撃を放って来るので、私は回避の為に再び空中へとジャンプした。


「■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛ァ゛ァ゛ァァーーーーーッ!!」

「さっきぶりですね! ()()()に応じてくれて嬉しいですよ!」


 空中で再び対峙した怪物は、つい先ほど私に初黒星を付けた相手だ。簡単に倒せる魔物ではない。

 緊張から自然とローレル・レイピアを握る手に力が籠るが──


〔冷静にね!〕

〔がんばれ!!〕

〔作戦通りに!〕


 チラリと視界に入った声援のコメントが私を落ち着かせてくれた。


(そうだ。今回の私は一人じゃない……リスナー達と立てた秘策があるんだから!)

「……皆と一緒に、勝ちます!」



「──先ずはあのダンジョンワームの()()を整理しましょう」


 作戦の立案は、私のそんな提案から始まった。

 強敵に挑む為に必要な第一歩は、その敵が『何故強いのか』を知る事だからだ。


〔パッと思い浮かぶのはデカさだよな〕

〔あと単純に硬かったよね。レイピアの攻撃が通ってなかった〕

「ですね。単純ですけど、一番の障害はやっぱりそこでしょう」

〔と言うか最後の攻撃が誘いだったとすると結構知能も高いのかも…〕

「ダンジョンワームの知能ですか……今でも信じがたいですが、考慮はしておいた方が良いでしょうね」


 出揃ったのは『巨体』『硬い』『賢い』……いずれも単純なように見えるが、強みなんて表現を簡略化してしまえばこんな物だ。

 他にも『速さ』や『膂力』等の意見も上がったが、その二つについてはさっきの戦いでも対応できていたように思える。やはり問題はこの三つだろうと言う事で、次はその対策についての話し合いに移行した。



(奴の武器はいずれも本来のダンジョンワームが持ち得ない特徴だ……だからこそ、()()()()()()()()()()()()()がある!)


 全身を包む金属のような装甲は、恐らく奴の身体に傷をつけた私に復讐する為に身に着けた()()だ。

 そしてそれは言うなれば『歪な進化』。私を倒すと言う一つの目的に特化したからこそ生まれる、構造上の()()()……そこにこそ付け入る隙がある。


(先ずは、第一の策!)

「──【ストレージ】!」


 腕輪から取り出したのは、小指の先ほどの大きさの香薬だ。

 無数に取り出した三角錐型のそれを右手に握り、そしてスキルを発動する。


「──【エンチャント・ヒート】! はっ!」


 エンチャントによって火の属性を付与された香薬をダンジョンワームの口の中目掛けて投擲すると、それはついさっきまで地面だった岩盤が噛み砕かれるのに紛れて、狙い通りにダンジョンワームの体内に侵入した。


(第一段階はコレで良し! 次は……)

「──【ムーブ・オン "マーク"】!」


 香薬が飲み込まれたのを確認した私は、次に腕輪の機能で先程記録した座標……地上へと一瞬で移動した。

 そこは丁度、ダンジョンワームが地面から飛び出した根元の付近だ。


〔良い位置!〕

〔狙い通り!〕

「さぁ、攻めますよ! ──【エンチャント・ゲイル】!」


 このダンジョンワームの装甲は、身体をぐるりと一周する装甲を無数に積み重ねたような構造になっている。だから、真正面からその守りを貫く為には重なった複数の装甲を排除しなければならない。

 そして、装甲を一枚砕くのにどれ程の力が必要なのかは現状解っていないのだ。


(先ずはそれを確かめる!)

「──【螺旋刺突】ッ!」


 【螺旋刺突】は私の持つスキルの中で、最も威力の高い一撃だ。

 ローレル・レイピアを取り巻く螺旋状の魔力が回転し、突きの威力を何倍にも引き上げる。そしてそこに旋風のように渦巻く風の魔力は相性抜群……相乗効果によって、威力は更に跳ね上がる。……のだが──


〔えぇ…〕

〔硬すぎんだろ…〕

「まぁ、簡単には貫けませんよね……」


 螺旋刺突は威力に優れるスキルである代わりに、その効果は一撃放てば消えてしまう。そして、効果が切れた時の奴の装甲は……


(罅が入っただけ……しかし、()()()()()


 少しでもダメージが入るのであればそれで良いのだ。なにせ、今の私には()()()()()()()()()のだから。


「■゛■゛■゛■゛■゛ォ゛ォ゛ォッ!!!」

「あらあら、随分と興奮しているみたいですね。……香が効いたようで何よりです」


 先ほど大量に口に投下したのは、嘗て私がフロントラインの刺客から取り付けられた事もある興奮作用のある香だ。

 本来は薄まった香一つで十分な効果があるそれを、あれだけ一度に摂取させたのだ。微かに芽生えた程度の知性なんて、あっと言う間に蒸発した事だろう。

 更に追い打ちをかける事実として、理性を失い本能のまま暴れる身体は()()()()()()()()()()


 ──ギッ……ギギッ……! ミシッ、メシッ……!


 無数に重なる奴の装甲自体が奴の動きを阻害し、根本付近が完全な安全地帯になっているのだ。

 しかも、暴れ狂うダンジョンワームの力は今、私が罅を入れた装甲にダメージとなって蓄積されている。

 最初は小さかった亀裂は異音と共に広がり、今となっては亀裂を中心に装甲自体がひしゃげ始めていた。


(この弱点に気付いてくれたリスナーがいなければ、突破口は見えなかっただろうな……)


 香で暴走させる事を思いついてくれたリスナーにも感謝だ。彼等に報いるためにも、この戦い──


「勝つのは私達です! ──【螺旋刺突】!」

〔行けええええ!!!〕

〔うおおお!〕


 完全にひしゃげた装甲の隙間へとローレル・レイピアを突き入れると、装甲と装甲の間で風が爆発し……一つ目の装甲の前面が弾け飛んだ。

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