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第58話 再来

「皆さんこんにちは、クラン『トワイライト』のオーマ=ヴィオレットです! 今日もボクの探索配信に来てくれて、ありがとうございます!」


 クラン名を変更してから三日後の土曜日。

 前回の配信で見つけた結晶の湖を背景にいつもと同じ時刻に配信を開始した私は、早速新しいクラン名の紹介を交えた自己紹介を行っていた。


〔こんにちはー〕

〔ヴィオレットくんクランに入ってたのか〕

〔本人がリーダーのクランやで。水曜日の配信でクラン名を決めたんや〕

〔ひどい事件でしたね…〕

〔地獄のような配信だった…なお原因はリスナー〕

〔????〕

〔ヴィオレットちゃんのクラン!?入りたい!〕


 コメントからも分かるように、リスナー達の中には私の配信全てを追っている訳ではない人もいる。

 それは仕事の都合だったり、下層探索の方にしか興味の無い人。或いはその逆で探索配信の雰囲気が苦手な人等、理由は様々だ。

 その為若干リスナー間でも認識に齟齬が生まれる場合があり、事と次第によっては早いところその齟齬を埋める必要がある。


「あっ、今のところ新規メンバー募集の予定はありません! 暫くは兄さんと二人だけのクランでやっていく予定です!」

〔そんなー…〕

〔言うて現状戦力的にも必要としてないのは確かだしな〕

〔ラウンズの事件を聞くとクランメンバーの募集に抵抗あるのも分かるなぁ…〕

〔あー…確かにな〕


 別に狙った訳じゃないけど、何か良い感じの誤解が生まれたので敢えてそのままにしておこう。故・フロントラインに幾らヘイトが向いても、誰も困らないしな。


「それと、今回は探索に入る前に一つお知らせがありまして……明日ちょっと予定が入ってしまって、配信が出来なくなりました! ごめんなさい!」

〔えっ〕

〔残念〕

〔リアルの予定は優先した方が良い〕

〔他のダイバーも基本リアル優先だし謝らなくて良いよー〕


 リスナーの皆も残念がってくれているが、私も残念だ。

 とは言え、元を辿れば原因は私にある事でもあるので仕方ないと受け入れるしかないのだが……


(──まさか『俺』の両親が急に様子を見に来ると言い出すなんてな……)


 事の発端は、ドレスアーマーを買いに行った日に拡散させた例の写真だったらしい。『俺』と私が兄妹としてSNSに拡散され、人伝に『俺』の両親にもそれが耳に入ってしまった。

 最初はよくあるデマや誤解だろうと高をくくっていた両親だったのだが、私の事が少し気になり水曜日に行った雑談配信を見たらしい。

 そこで『俺』が配信に登場。私に『兄さん』と呼ばれて普通に対応する姿を確認した両親から、配信が終了した後に『俺』に電話が掛かってきたのだ。

 『妹とはどう言う意味か』『一緒に住んでいるのか』『相手のご両親は納得しているのか』『ちゃんと生活できているのか』……等、様々な事を聞き出された通話の様子を私も隣で聞き耳を立てながら見ていたが、その通話の最後は『一度様子を見に行く』と一方的に締め括られて終了した。

 『……どうしよう』と困ったようにこちらを見る『俺』に私もどう言えば良いかわからず、取りあえず私の正体の事を除いて素直に伝えると言う方針で決まった。そして両親が『俺』の住むアパートに顔を出すのが明日の日曜日なのだ。


(両親……か──)


 ……正直なところ、かなり複雑な気分だ。

 耳をそばだてて聞いた両親の声は私の古い記憶にある物と殆ど同じで、生前病弱だった私を見捨てず懸命に愛してくれた二人の顔が直ぐに思い浮かんだ。そんな二人にもう一度会えるのは素直に嬉しい。

 しかしその一方で、私は両親から自分達の子だと告げられない……いや、告げる覚悟が私にまだ足りないのだ。

 『オーマ=ヴィオレットは今も生きている息子の生まれ変わりである』と言う、あまりに信憑性の薄い情報と、『実の息子が魔族と一緒に住んでいる』と言う覆しようのない現実。……全てを告げるのはあまりにもリスクが高過ぎる。

 真実を告げるのは簡単だが、信じて貰うのは難しい事情。もしも全てを告げた上で信じて貰えず、更に拒絶されてしまったら……私は少なくないショックを受ける事だろう。それが堪らなく怖い。

 なにせそれを告げる事は、私の正体を明かす事に繋がるからだ。


〔ヴィオレットちゃん?〕

〔どうしたの?〕

「っ、すみません! 明日探索出来ないのが残念で、つい……明日できない分、今日は張り切って行きますよ!」

(いけない、いけない。今は配信中なんだから、切り替えないと!)


 半ば強引に流れを探索に持って行き、私は早速下層の探索へ向けて一歩踏み出したのだった。




「──妙ですね……」


 探索を初めて十分程は歩いただろうか。私は周囲を見回してそう呟いた。

 地面から突き出した無数の結晶、転がる大岩に抉れた地面。起伏の激しい地形は自然と視界を狭め、見上げれば天井の結晶が放つ光が、まるで巨大な星のように暗闇を彩っている……いずれも下層では見慣れた景色だ。しかし……


(──これだけ歩いたのに、魔物が一体も見当たらない……?)


 これまでの配信でも、十分以上魔物と戦闘しなかった事は度々あった。しかしそれは私が先に魔物を発見し、遭遇を避けた結果だ。今回のように、魔物が見当たらなかった訳ではない。


〔魔物がいない〕

〔違和感の正体それか!〕

〔不気味だな…〕

〔警戒した方が良いかも…?〕


 リスナー達も気付いたようで、こちらに注意を促す内容が増えて来た。

 当然私もさっきからずっと周囲に気を張っている物の魔物の気配は一切感じられず、物陰に潜んでいる訳ではない事がわかる。


「……不気味ですけど、このまま進みましょう」


 魔物が来ないと言うのなら、探索を進める分には好都合だ。魔石稼ぎと言う意味では美味しくないが、トレジャーの一つでも見つけられれば十分な収入になるし……っと、そう言えばアレについてまだ話していなかったな。


「あ、そう言えば……前回の探索で回収して協会に渡した木の枝の検査結果が、ついこの間出たんですよ」

〔そんなのあったなぁ〕

〔トレジャーだった!?〕


 例の木の枝の検査結果に関しては現状私に直接伝えられたのみで、協会のホームページにも載っていない情報だ。

 近い内に正式な発表がされると言う事ではあったが、発見者である私の配信で一足先に伝える分には構わないと言う事なのでここで発表してしまおう。


「結果から伝えますと、あの木に関してはトレジャーと認められませんでした」

〔マジか…〕

〔まぁそんな気はしてた〕


 そう、あの木に関してはトレジャーと認められなかった。しかしその原因はあの木に価値が無かったからではなく……


「回収のしやすさに対して価値が高過ぎた結果、逆に買い取る訳には行かなくなったそうです」

〔えぇ…〕

〔そんな事ある…?〕

〔まぁ『森』があるからな…下層には〕

〔協会「破産しちゃうから許して…」って事か〕


 魔力濃度の高い下層で生まれ育った所為かあの植物は魔力の伝導率が非常に高いとの事で、武器や防具の素材としての価値は非常に高かった。……いや、高過ぎた。

 その為本来であれば枝一本でも十分に価値は高く、高額で換金されるべきものなのだが……そんな事すれば破産待ったなし。買い取った素材を上手く武器に加工しても、それを買える者も居ない超超高級品となってしまう。


「そこで、あの木に関しては私に対して納品依頼と言う形で報酬が出るようです。納品に月毎の制限はありますが、安定した収入源の一つと言う訳ですね」

〔成程なぁ〕

〔まぁ無駄にはならなかったようで何より〕

〔でも何に使うんだ?武器とかに加工しても高くて手が出せないだろうに…〕

「納品した素材は職人さん達が加工の練習に使ったり、試作品の材料として使用するようです。最終的には素材持ち込みと言う形で、必要分の木の枝を持って行けば武器や防具を作って貰えるようになるみたいですよ」


 金銭でやり取りできない分、その過程をすっ飛ばして価値を生むしかない……そう言う結論に至ったのだと言う。

 まぁ、まだ職人さん達もあの木の加工の方針を決めかねている様なので、どんな逸品が仕上がるのかも不明の段階なのだが。


〔これ無茶してでも下層に木の枝採りに行く奴出てくるぞ…〕

〔発表してよかったんか…?〕

「まぁ、素材持ち込みはまだまだ先の話なので、今は落ち着いて準備を進めて下さいとしか言えませんね。下層の危険性については私が自ら配信している通りですし」


 と言っても、現状はその危険な下層に魔物がいないと言う異常事態な訳だが。


(……ん?)


 その時だった。足に微かな振動を感じ取った私は、素早く腕輪からローレル・レイピアを取り出して構えると地面に視線をやる。

 リスナー達も私のその反応から魔物の……ダンジョンワームの接近を察し、コメントに僅かな緊張が走る。


〔ダンジョンワームか!?〕

〔ただ前の奴より振動小さいな〕

〔やっぱあれが異常なだけだったか…〕


 コメントの言う通り、今回のダンジョンワームは前回の物より遥かに小さな個体だろう。

 ある程度の回数ダンジョンワームに遭遇すると、振動からある程度のサイズは推察できるようになるものだ。だが……


(なんだ……? この振動……何かがおかしい!)

「──くっ!」


 それは直感だった。

 感じ取った振動から推測したダンジョンワームのサイズよりも大きくバックステップし、必要以上の安全マージンを取る。その直後──


「ギィィィーーー!!」

〔出て来たな〕

〔中層の奴よりは一回り大きいか?〕


 地面を喰らいながら飛び出したのは、一体のダンジョンワーム。

 前回遭遇した様な異常なサイズではなく、常識の範疇内で大物と評される程度の個体だった。


(……私の杞憂だったか?)


 その姿を見て安堵のため息を漏らそうとした、その時だった。


「──なっ……!?」

「■゛■゛■゛■゛■゛■゛ォ゛ォ゛ォォォーーーーーーーーーンッ!!!」


 一瞬地面が目に見えて大きく振動し、鳴き声とも爆発音ともつかぬ轟音が響く。

 そして、その咆哮と同時に『ソレ』は目の前に現れたダンジョンワームの()()()()地面を割って現れた。


〔は?〕

〔何このバケモン…〕

〔新種の魔物か!?〕


 最初、リスナー達も含めて誰もその魔物の正体に気付かなかった。

 全身を覆う鎧のような装甲は鈍色に結晶の光を反射し、蛇腹状に連なったそれは本体が動くたびにギャリギャリと不快な金属音を響かせる。

 全身が金属で出来ているようにも思えるその威容は、しかしうねうねとしなる柔軟性も持っている。


「まさか……!?」


 その鈍色の身体に刻まれた一本の黒い線の模様が、私にその正体を悟らせた。


「──あの時の、ダンジョンワーム……!?」

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