第56話 今こそ頼ろう集合知
ドレスアーマーの注文をした日から二日が経ち、今週も水曜日がやって来た。
「皆さんこんばんは! 今日もこのボク、オーマ=ヴィオレットの雑談配信に来てくれてありがとうございます!」
毎週のように行っているこの挨拶だが、今日はいつもより少し違う雰囲気となっている。と言うのも……
〔雑談でボクっ娘モードって珍しいな〕
〔配信用の服が今これしかないらしいからな…〕
〔ヴィオレットくん助かる〕
リスナーさん達がコメントで補足してくれたように現状配信で使える服がこれしかない為、日曜日に引き続き今日もお忍び男装セットでの配信だ。
口調もそれに合わせるのが癖になってしまっている為、リスナー達が『ヴィオレットくん』と呼ぶスタイルでの雑談と言う事もあって私も少し新鮮な気持ちでの配信開始となった。
「一応先日、配信用の新衣装も買いに行ったんですけどね……もう暫く時間がかかると言う事なので、多分今週の土日の探索もこちらの衣装で行う事になりそうです」
〔しかたないね〕
〔SNSで拡散されてた奴な〕
〔兄妹で買いに行ったって言うアレか〕
〔かなり拡散されてたけど大丈夫?〕
あの買い物の後にエゴサしてみたのだが、例のファミレスでのやり取りはどうやらちゃんと拡散されていた。
一部情報が間違って伝わったりもしそうになったが、大元の投稿でしっかり『会話からして兄妹らしい』と触れてくれていた為に誤解も割と早く解消され、今では私の狙い通りに『俺』は私の兄であるとして広く認識されていた。
「後ろめたい事も無いですし、全然大丈夫ですよ。まぁ、隠し撮りとかは勘弁して欲しいんですけど……」
と口では返答するが、そもそもあの一件に関しては拡散して貰うのも狙い通りなのだから、規模はどうあれある程度広まって貰わないと困る。
〔角無かったけど大丈夫?〕
「えっ!? あー……じゃあそれ別の人ですね。ボクはホラ、魔族令嬢?令息?なので……!」
〔ほな別人かぁw〕
〔そもそも女の子やったからヴィオレットくんとは無関係かぁw〕
ノリの良いコメントのおかげもあってかあまりギスギスした雰囲気にはならなかったものの、話題性が強かった事もあってか中々次の話題に切り替えられない。
(狙い通りの状況とは言え、あまりこの話題を続けるのもなぁ……)
やり取りを交わしながらそんな事を考えていたところに、丁度チラリと視界に入った一つのコメントをチャンスとばかりに拾い上げる。
〔どんな衣装買ったの?〕
「あ、そう言えばまだ話していませんでしたね! 今回買った衣装は以前の配信で話題に出て来た『ドレスアーマー』です! 何とデザインもボクに合わせて一から作る、フルオーダーメイドなんですよ!」
〔フルオーダー!?〕
〔高級車ってレベルじゃなくね!?〕
〔ヴィオレットくんがドレスを……まさか女装!?〕
〔それ何千万もする奴じゃあ…〕
〔元々女の子なんだよなぁ…〕
〔混乱してるリスナーおって草〕
〔下層ってやっぱり儲かるんだな…〕
一部謎の拗らせ方をしているコメントは置いておいて……
私も調べて驚いたものだが、それ以上に驚いたのが私が今まで稼いだ金額がそれを買っても少しは余裕があった事だ。
まぁ、流石に稼ぎの大半は吹っ飛んでしまったが、それでも娯楽を我慢しなくて良い程度には蓄えは残っている。
コメントで言われているように、やはり未踏破区域と言うのは宝の山なのだ。ただ……
「確かに下層は中層よりも全然稼げますけど、無謀な特攻はやめて下さいね。リスナーさん達が傷付いてしまうのは、ボクも悲しいですから……」
〔ヴィオレットきゅん…〕
〔行こうと思える程強くないです……〕
〔普段の配信も追ってるリスナーは大丈夫じゃないかなw〕
〔あんなダンジョンワームがいる所怖くて行けない〕
〔あいつまだ生きてあそこに居るんだもんな…〕
流石にそこまで命知らずな人はいないと思うが、念の為に忠告しておく。
春葉アトレベルの実力と装備があれば割と探索出来そうだが、それでも例のダンジョンワーム相手だと丸呑みによる即死もあり得るのが現実だ。下層には今のところトラップスパイダーがいない為、撤退は可能だろうが……それでも不安は残る。だから──
「ボクが多くの情報を提供すれば皆さんも対策が出来るようになりますし、せめてそれまでは相当実力に自信がある方以外は下層に潜らないようにお願いしますね」
そう言って笑顔でお願いする。
私が下層の配信を行う事で、せめて初見殺しだけは減らしたい……そんな気持ちが私の中にあるのも事実なのだ。
〔¥50,000 助かる〕
〔¥30,000 笑顔かわいい〕
〔¥50,000 情報料〕
〔¥1,000 かわいい〕
〔¥3,000 お布施〕
「わっ、わっ……! ちょ、そんなつもりじゃ……!」
〔慌てててかわいいw〕
予想外にプレチャが飛んできてしまい、流石に驚く。
しかしその実情を見ると、どうやら今も中層や裏・上層で下層に潜る準備を進めているダイバーからのものが大半のようで、彼等が言う様に情報料として受け取るのであれば悪くないかな……と、考え直した。
その後も少しそんな流れが続き、プレチャも落ち着いてきたころに投稿されたコメントが目に入る。
〔対策かぁ…レイドバルチャーをロープで引き摺り落とすみたいなやつ?〕
(確かにアレは私が奴等に対抗する為に編み出した対策ではあるのだが、一方でエンチャントが使えなければ不可能な『私専用の対策』でしかない……この誤解は早く解いておいた方が良いだろうな)
もしもアレを参考にただのロープとランプで同じような事をやろうと思っても、そこまで簡単にはいかないだろう。
風の付与が無ければ速度が足りず、雷の付与が無ければ激しい抵抗に遭う事は想像に難くない。
対策せずに突っ込むのは危険だが、それ以上に危険なのは『対策できていると思い込む事』なのだ。
「確かにボクはレイドバルチャーをあの方法で対処していますけど──」
そう前置きして、アレが私以外には出来ない方法である事を説明する。
リスナーの中には既にそれを理解していた者も居たが、中には盲点だったと驚いていた者も居た。
「なので、皆さんには皆さんで出来る方法で対策を考え直す事をお勧めします。例えばボクは遠距離攻撃の方法が少ない為、レイドバルチャーが降りてきた時に対策するしかありませんでしたが、魔法や弓などの遠距離攻撃が可能なのであれば違う対策も見えてきます。ボクが実行しているのはあくまで対処法の一例なので、下層を目指すダイバーの皆さんはボクの戦いを見ながら『自分だったらどうするか』と考えるのを忘れないでくださいね」
〔やっぱ下層って大変なんだな…〕
〔でも情報が提供される俺達以上にヴィオレットちゃんは大変なんだよな…〕
〔情報とかまったく無いからなぁ〕
〔まぁこれも最前線の宿命か…〕
大事な事だったとは言え、ちょっと説教臭くなってしまったな……私の目指す配信スタイルとは違うし、さっさと話題を変えてしまおう。
「そう言えば、最前線に認定された事でボクも協会からの報酬を貰えるようになったんですけど、どうにもその報酬を貰う為にはクランに所属している必要があるみたいなんですよね」
〔えっそうなの?〕
〔そうだぞ〕
〔クランのバンクに報酬はいるからな……〕
「はい。そう言う訳で、実は先日ボクが配信している間に作って貰ったんですよね。クラン」
丁度最前線と言う言葉が出たのを良い事に、今回の配信のメインであるクランの話題に切り替える。
最初に私がクランを結成した事を口にすると、コメントは一気に加速した。
〔マ!?〕
〔どんなクラン?〕
〔メンバー誰!?〕
〔募集の予定とかある!?〕
見た所、リスナーの中には私のクランに入りたいと言うような雰囲気を滲ませるものも多かったが、彼等にとっては残念ながら現在新しくメンバーを募集する予定はない。
最低人数である二人と言う条件は既に達成しているし、何より私の正体を知られる可能性を少しでも避ける為にもあまり知らない誰かと距離を近づけたくないのだ。
「今のところ募集する予定は無いですね。メンバーはボクと兄だけです」
〔そう言えば兄もダイバーだったな〕
〔あの画像のヴィオレットちゃんは角がないから別人だぞ(そう言う事にしとけ)〕
〔クラン名は?〕
(うっ、やっぱり気になるか……)
覚悟はしていたが、やはりこの話題を出すとクラン名は気になるよな……
出来れば伏せておきたかったが、説明した方が事情も伝わりやすいだろうし……仕方ない。
「えーっと……あくまでも手続きしたのは兄なので、これはボクのネーミングセンスではないのですが……──『オーマ&ソーマ』です」
〔えっ〕
〔えっ〕
私がそのクラン名を発表すると、さっきまでの盛り上がりが嘘のようにコメントが一瞬で静止する。
そして一秒経つかどうかという間が挟まったあと、再びコメントが流れ始めた。
〔安直すぎんか(オブラート)〕
〔兄の配信者名隠してもろて…〕
〔今誰か時間止めた?〕
〔草〕
〔コメントってあんな風に止まる事あるんだ…〕
気を使って直接的な言葉を避けるリスナー。明らかに今回の配信が始まって以来最大級の気まずさだ。
だがまだ私は配信の本題に入っていないのだ。こんな所で空気を死なせる訳には行かないので、単刀直入に本題を切り出す事にした。
「えー……皆さんも既に感じている通り、ぶっちゃけボクもこの名前ダサいので変えようと思ってるんですけど、ボクもネーミングセンスに自信無くてですね……」
〔いや草〕
〔ぶっちゃけたなw〕
〔兄「えっ」〕
〔俺等が言葉選んでるのに!!w〕
私が彼等の内心を代わりに吐き出した事で、死にかけていた空気が蘇生し始めるのを実感しながら言葉を続ける。
「そこで皆さんにもクラン名の案を出して欲しいなと思いまして、こんな企画を考えました!」
そう。これが今回の配信のメインだ。
私は配信前に準備していたスケッチブックを机の下から取り出し、とあるページを開いてカメラに向ける。そこには私が考えた今回の企画名のロゴがペンで手書きされている。
(ネーミングセンスに乏しい私達兄妹の代わりに、ちゃんとしたクラン名を付けて貰う為の企画。その名も……!)
「『皆で考えよう!魔族令嬢のクラン名!』」
〔そのまんまじゃねぇかw〕
〔ネーミングセンスやっぱり兄と同レベルで草〕
〔ろ、ロゴかわいいね…〕
〔駄目だこの兄妹(のネーミングセンス)…早く何とかしないと…〕
〔俺等が頑張らねばならぬ…〕
「く……っ! と、ともかく事の重大さはコレで伝わったと思います! 皆さんの力を貸してください!!」
何故か再び瀕死になりかけた空気くんの容態を案じつつ、後に地獄のようだったと形容される大問題企画は開幕したのだった。