第54話 『クラン』
「──成程、やっぱりあの通路の奥にも境界があったんですね」
〔気付いてたの!?〕
「トラップスパイダーが来た経緯を考えるとそれしかないかな、とは思ってました」
〔それもそうか〕
配信終わりの前に行う束の間の雑談配信。
そこで私はつい先日救助活動を行った浅層の隠し通路について、リスナー達から探索の進展について教えて貰っていた。
……と言っても、その内容もある程度は予想していた通りのものだった。例の通路を進んだ先にもう一つの境界があり、渋谷ダンジョンの上層に繋がっていたのだとか。
少し気になっていた生息する魔物も、私が数ヶ月前に探索した上層の魔物にトラップスパイダーが加わっただけだったらしい。
(ただ、群れを作る魔物が多い上層に撤退を含む腕輪の機能を封印してくるトラップスパイダー……探索はかなり面倒な事になっているらしいな)
雑談と並行してSNSで調べたところ、どうやら現在向こうのルートを『裏・渋谷ダンジョン』と呼称するのが主流らしく、『裏・上層』のタグで検索するとその近況も凡そ把握できた。
トレジャーも未だに発見され続けているらしく、今は中層ダイバーの一部も『裏・上層』で探索しているようだ。
〔ヴィオレットくんも裏に行くの?〕
「ボクですか? ……そうですね。正直気になってはいるんですけど、今ボクがそっちに行くと顰蹙買いそうじゃないですか?」
〔確かに〕
〔裏でトレジャー稼いでる中層ダイバーのモチベが『下層に行く為の資金稼ぎ』だからねぇ…〕
『単純に裏・渋谷ダンジョンの先の様子が気になるから』といくら言ったとしても、穿った目で見られてしまう事は避けられまい。
トレジャーを回収しない縛りを付けて探索しても、ソレはソレで彼等のモチベーションを下げてしまいそうだし……
「何より、下層の景色はボクしか提供できませんからね! この結晶の湖のような絶景が他にもあるのなら、探してみたいですし」
〔¥5,000 助かる〕
〔俺等も下層の色んなとこ見たいしなぁ〕
〔下層は下層で魔物狩って魔石回収するだけでもかなり稼げそうだしね〕
これは私の偽らざる本心である。
裏と呼ばれるルートの先……特に、中層以降はどうなっているのかは正直気になっているが、今は下層に対する興味が勝っているのだ。
それに裏ダンジョンと言う稼ぎ場があれば、功を焦るあまり下層に無茶な突撃をするダイバーも減るかも知れないし、そう言う意味でもしばらく私はノータッチでいた方が良いだろう。……っと、プレミアムチャットが来ていたな。
「あ、プレチャありがとうございます! ──まぁそう言う事で、ボクの方は裏の探索が落ち着くか、また向こうで何か起こる時まではこっちをメインでやって行こうと思ってますので、応援よろしくお願いしますね!」
〔応援するよ~!〕
〔流石にそうぽんぽんと問題は起こらんやろw〕
〔それもそうか〕
その後もダイバー活動をしているリスナー達の相談に乗ったり、また彼等の提案で湖の水を少しばかり採取して協会に成分分析を頼む事になったりと、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
「──ふぅ。ただいま帰りましたよ~!」
「おう、おかえりー」
雑談を終え、受付で換金やその他諸々の用事を済ませて帰宅すると、数ヶ月前と比べて色々と物が増えた部屋で『俺』がスマホを弄っているところだった。
「例の手続き、済ませておいたぞ。数日中には最前線の報酬に関しても振り込まれる筈だ」
「あ、ありがとうございます。クランの件はどうなりましたか?」
私の方へ振り返った『俺』に礼を言い、手続きの中で少し気になっていた部分について尋ねると、彼は少し困ったような表情で告げた。
「どうも最前線はクランを対象にする規定らしいから、取りあえず暫定的に俺とオーマ=ヴィオレットだけが所属するクランを作っておいた。クラン名とかはお前のスマホからでも変更出来るみたいだから、変えるならそっちで頼む」
「なるほど……分かりました」
協会や政府から様々な支援を受けられる『攻略最前線』……それに私が認定されたのは私の活動を肯定して貰えたようで喜ばしいのだが、一方で少し予定外の問題も起きていた。
それこそが『私がクランに未所属である』と言う問題だ。
基本的に数名以上のダイバーで構成される集団である『クラン』は、ダンジョン内で臨時に組まれる事もある『パーティ』とは異なり、正式な手続きを踏む事で協会にも情報として登録される一種の契約関係だ。
攻略最前線の恩恵は、クランと言う集団に一つずつ与えられる『バンク』に対して振り込まれる事が定められており、今回私はその関係でクランを半ば強制的に結成させられる事となった。その際、最低でも二人以上の人数が必要と言う事で、私の身元保証人でありダイバーの資格も有する『俺』が数合わせのメンバーとして登録されたと言う事らしい。
(どれどれ、クラン名は……『オーマ&ソーマ』?)
「……そのまま過ぎませんか?」
「俺にネーミングセンスを期待するな。暫定的な物なんだから、名前は好きに変えてくれ」
「そうは言っても……」
正直私だってネーミングセンスに自信がある訳じゃない。
『ローレル・レイピア』は文字通り月桂樹の装飾をそのまま英語にしただけだし、レイドバルチャーも異世界での呼び名をこっち風にアレンジしただけだ。流石にクランの名前をいきなり決めろと言われてもな……
(……そうだ。折角だし、水曜日の雑談配信で募集してみようかな)
考えてみれば雑談のいいネタになるかも知れない。
まず間違いなくちょっとした大喜利大会のようになってしまうが、どのみち他のダイバーを招き入れる予定も無いし、BANを食らいそうな名前でなければ採用も検討して良い。我ながらナイスアイデアだ。
私は忘れない内にスマホにメモを残し、テーブルの上にスマホを置いた。
「そう言えば、下層の配信は俺も見てたけど……結局あの木とか湖の水はどう言う扱いになったんだ?」
「え? ……ああ、あれですか。取りあえず専門の検査機関に送って調べてみるそうです。もしかしたらトレジャー扱いになるかも知れませんけど……あまり高価な値段はつかないだろうとの事です」
なにせ下層に行けば取り放題だからな。
下手に高い値段を付けてしまうと、いくら協会とは言えあっと言う間に破産してしまう。
ただ、もしも良質なトレジャーと発覚すれば『採取依頼』と言う形で取って来てもらい、報酬を渡す事になるかも知れないとの事だった。
「あー……成程な。確かにそれが無難か」
「水はともかく、木の方は森に到達するまで安全な採取は難しいんですけどね」
「まぁその辺は分かってくれるだろ。他に頼めるダイバーもいないんだしな」
そんな話をしながら、私は自分用の着替えを取り出して洗面所に行き着替えを済ませる。
あれから部屋着も外出用の服もいくつか買い揃え、すっかり通い慣れた渋谷には一人で買い物に行く事も多くなった。まぁ、未だに姿は【変身魔法】で変えているが、それも一つのファッションと思えば他の人間とやっている事はそう変わらない。
『数ヶ月ですっかり日本の生活にも馴染んだ物だ』と、ごく一般的な部屋着に着替えた姿を洗面所の鏡で確認して満足気に頷く。
……っと、そう言えば──
「すみません、一つ相談したい事があったんでした」
「ん? なんだ、そんなに改まって……」
私は『俺』の前にテーブルを挟んで腰を下ろす。そして、誤解を覚悟で一つの頼みごとを持ち掛けた。
「蒼木斗真さん……私の兄になってくれませんか?」
「……は?」