第52話 湖を目指して
結晶の光をバックに、空中に漂う魔族らしき人影は暫くうろうろと同じところをうろついていたが……暫く私が観察を続けている内に、やがて何処かへと飛び去って行った。
影の正体が何であれ、ダイバーが誰一人到達していない筈の下層を飛び回る人影だ。もし見つかれば面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだった為、今回やり過ごせたことにホッと安堵する。
(それにしても、あの影の動き……間違いなく何かを探すような動きだった。まさかとは思うけど、私を探して……?)
私の戦闘時の魔力を感知したのかとも考えたが、あれほど離れていればエンチャントの魔力を感知するのは普通に考えて不可能だ。そもそもこの下層に生息している魔物達は、その程度の魔力であれば絶えず放出している。……ダンジョンホッパーのような、直接的な戦闘能力が低い物を除けばだが。
そんな中で私の戦闘時の魔力を探せるのであれば、ここに来るまでに間違いなく見つかっていた筈だ。つまり、今はまだ私の存在には気付いていないと考えて良いだろう。ただ、もし見つかってしまえばどうなるか……それを考えると、下層の未知に浮ついていた心に僅かながら憂鬱な影が差すのを感じた。
(今の時刻は、16:12か。配信を終えるには少し早いな……)
こっそりと取り出したスマホで時刻を確認する。
さっきの影に見つからない内に配信を切り上げたい気持ちはあるが、昨日の配信も救助活動の為とは言えかなり早くに切り上げてしまっていた。連続でそう言う事をするのは気が引けるし、印象も損ねてしまうだろうな……
「──お待たせしました。皆さんが見張っていてくれたおかげで、少しだけ休めました! ありがとうございます!」
〔お疲れさまやで〕
〔まぁ結局何も来なかったんだがな〕
〔下層って落ち着ける場所も無さそうだもんな…〕
あれから少しだけ例の影のような物が他に無いか念入りに確認した後、枝の上から飛び降りた私は何事もなかったかのように探索を再開する事にした。
さっきの影の存在は不気味ではあるが、警戒し過ぎても仕方ない。下層の探索のリスクの一つと割り切り、せめて定時である17時までは探索を続けようと言う判断だ。
ちなみに、この木の枝は既に採取済みである。先程枝の上でなるべく目立たない箇所の枝を、風を纏わせたレイピアで切り落としてその場で腕輪に収納しておいたのだ。
これでこの木に関してもう用事もなくなったので、私は早速目標として定めた湖の方へと向けて歩き出す。
例の結晶のオベリスクはここからでも視認できる為、迷う心配がないのは便利で良いな。……まぁ、地形は平坦ではないし──
「……そこ!」
「ビギッ……!」
〔ナイス!〕
〔ナイスショット!〕
こんな風に、ダンジョンホッパーが度々出てくるからオベリスクばかり見ている訳にも行かないのだが。
(特に今ダンジョンホッパーに鳴かれると、さっきの影がやってくる可能性があるからな……絶対に鳴かれる訳には行かない)
投げナイフを回収するついでに、転がった魔石も腕輪に収納する。
暫くはナイフを片手に持って、何時でも投擲出来るようにした方が良さそうだ。
オベリスク、岩の影、頭上、オベリスク、頭上、窪地、頭上……周囲の警戒を怠らず、自身もなるべく物の影になる場所を選んで歩を進める。
〔ヴィオレットちゃん、上をやけに気にしてる?〕
〔レイドバルチャー対策じゃない?いきなり襲って来られたら厄介だし〕
「ええ……そんなところです」
勿論私が警戒しているのは先程見かけた魔族らしき影だが、今はリスナー達の予想通りレイドバルチャーを警戒している事にする。
私としてはアイツ等は良い金になると分かったので、寧ろ襲って来て欲しいくらいでもあるのだが……いや、対処に手間取ると結局あの影がレイドバルチャーに釣られてやって来るかもしれないのか。やっぱり今は来ない方が良いな……
「──グゲゲッ!」
(とか考えてると襲って来るんだもんなぁ!!)
「……ッ!! ──【ストレージ】! 【エンチャント・サンダー】、【エンチャント・ゲイル】!」
自身の悪運を恨みつつ、素早くランプロープを取り出して属性を付与する。
見つかってしまった以上は時間との勝負だ。攻撃の為に降下してきた個体を一頭たりとも上空に帰還させる事無く、迅速に殲滅して見せる!
「──これで、七頭目!」
「ギギィッ!」
倒し方は前回のと全く同じだ。
急降下攻撃を躱し、逃げ帰る個体にロープを巻き付けて地面に叩き落とす。
タイミングによっては高度が足りずに叩きつけただけでは倒しきれない場合もあるが、そう言う時は接近して直接レイピアの一撃を突き入れて止めを刺す。
そうして七頭ほどのレイドバルチャーを狩った所で、レイドバルチャーの追撃は打ち止め。どうやら今のが最後の一頭だったようだ。
〔今ので最後か?〕
〔小さい群れだったのかね〕
〔おつかれー!〕
〔それか前回はダンジョンホッパーが複数の群れを呼んでいたのかだろうな〕
〔今回もカッコ良かった!〕
思ったよりもあっさりとした結末に、一部のリスナーはレイドバルチャーの群れの規模に関して考察を始めたようだが……私の方は他の事に意識が向いていた。
(例の魔族は……よし。来ていないな……!)
レイドバルチャーの残党が居ないか警戒するフリをして、魔族の影を探す。
……どうやら、この周辺には居ないようだ。結晶の光の届かない高高度に潜んでいる可能性も無くはないが、流石にそこまで警戒していたら探索なんて二度と出来ない。それに──
(木の上から見ていたが、アイツの飛んで行った方向は私の目的地であるオベリスクとは違う方向の、更にもっとダンジョンの奥の方だった……)
その方向に住処や拠点があるのかも知れないし、或いは何かを探しに行ったのかも知れない。
いずれにせよ、今はもうこの近くには居ないと考えても良いだろう。住処があるのなら帰ったのだろうし、探し物ならばさっき調べたばかりの所に戻って来る事もそうそうないだろうからな。となれば……
(──今の内に湖を目指そう!)
目的地に到達し、マーキングをしてしまえば配信を終える自然な流れが出来る。
見えているオベリスクまでの距離は、目測ではもう1㎞も無い。ここがラストスパートだ。
「さぁ、いよいよ結晶が近付いてきましたね! 最後まで油断せずに──」
「リリィィィーーーーーーーーーーーン!!!」
「──【ストレージ】……はぁ……」
「リ、ギィンッ!!」
腕輪から取り出した投げナイフを腕の動きだけで素早く投擲すると、まだ鳴いている途中だったダンジョンホッパーがそれに貫かれて塵に還る。
〔溜息と共に狩ったw〕
〔油断せずに……なんて?〕
「えぇ、えぇ、油断しましたよ。しましたとも……──もう何でもいいからかかって来なさいよ!!」
〔草〕
〔逆ギレすんなw〕
〔れれれ冷静になれ……!〕
ローレル・レイピアを構え、半ば自棄になりながらも周囲へ注意を払う。
そしてしばらくして……──私の足元の地面が振動を始めた。