第51話 発見
〔ところで下層の探索って結局何処を目指せば良いんだろう…〕
雑談を切り上げて本格的な探索に入って間もなく、そんなコメントが投稿された。
「そうですね……基本的にダンジョンの探索は最奥部を目指すものですが──」
現在私の目の前に広がり、そして配信されている映像に映っている光景は、地下に広がる広大な平原だ。ダンジョンの中と思えない程に開けていて、至る所に草木や森、川や湖まで存在している。
ダンジョンに於いて最奥と言うのは大抵洞窟や迷宮の突き当りになっていて、そこに『ダンジョンの主』とも呼べる存在が居たりする物なのだが……これ程開けていては、果たしてどこを目指せば『最奥』に近付けるのかも分からない。
「……取りあえず、現在見える範囲で最も奥にある目印でも目指してみましょうか」
〔考えてなかったのかw〕
〔ヴィオレットくんらしいと言えばらしいか…〕
〔一番遠くって言うとあの真ん中からデカい結晶が飛び出してる湖辺り?〕
「んっと……おお、良いですね! 一先ずあそこを最初の目的地に設定しましょうか!」
コメントの反応を頼りに視線を彷徨わせ、特徴と一致する湖を確認する。
それは現在の位置から数㎞はありそうな距離に存在する湖だ。下層の奥に広がる暗闇から伸びた川の途中にある、数十m程の断崖から注ぐ大きな滝が落ちるその湖の中心付近からは、巨大な結晶がオベリスクのように聳えているのが見えた。
確かに目印としてこの上ない存在感を放っており、純粋に間近で見てみたいと言う欲求に駆られる神秘性も感じる。
〔なんだあれカッコいいな〕
〔私もあそこ気になってた!〕
〔とんでもない映えスポットの予感〕
コメントの様子からも、リスナーがその湖に興味を惹かれているのが良く分かる。これで一先ずの目的地は決まった。
「では皆さんも気になっているようですし、早速向かってみましょうか!」
〔おー!〕
今の私が居るのは、下層への入り口となっていた洞窟から出て少し歩いた程度の場所だ。
そこは丁度下層の風景を一望できる高台のような丘陵地形になっており、目標とする湖までも殆ど直線の移動で向かう事が出来そうだ。
(身を隠せる地形が周囲に無い訳でもないから、警戒は抜けないけど……迷う心配は今のところなさそうだな)
地形の起伏や岩陰、謎のアーチ状の岩の上……様々なポイントに注意を払いながら、遠くに聳える結晶のオベリスクを目指す。
時々視界に映り込んだダンジョンホッパーは積極的に投げナイフで狩り、群れを率いる魔物を見つけた時は服に【エンチャント・ダーク】を付与して暗闇に身を隠しつつ前進を続ける。
中層までと異なり、何処から魔物が来るのか一切見当のつかないエリアだ。下手に交戦すれば、その音や魔力で更に魔物を呼び込みかねない為、戦闘は避けるに限るのだ。
──その道中、魔物の奇襲やダンジョンホッパーを警戒する傍ら視界に入った一本の木に一つの疑問を抱き、少しだけとそちらに寄り道をした。
〔? どしたん?〕
「いえ……ちょっとこの木がですね……」
〔この木何の木気になる木?〕
〔多分それ俺も考えてた奴だと思うわ…だってダンジョン内に生えた植物だもんなこれも…〕
そう。今しがたコメントが指摘したように、この樹木もまたダンジョン内の植物なのだ。
色を除けば地上でよく見かける広葉樹のような構造をした、そこそこの大木だ。幹の太さも直径一m以上はある立派なもの。
だが、浅層から中層まででも確認された『植物』と同じように扱うのであれば、この木は──
「もしかして、これ……トレジャーですか?」
〔え〕
〔いや…え?〕
〔デカすぎんだろ…〕
〔さっき遠くに森あったんだけど…マジ?〕
幹も葉も、太陽が無いダンジョン故か真っ白な樹木にそっと手を添えて確認する。
……間違いなく植物だ。木の形になっている岩とかではない。つまり、可能性はあると言う事だ。
「……トレジャーになる基準は分かりませんが、取りあえず枝の一本くらいは持ち帰って協会に調べて貰いましょうか」
これがトレジャーとして認定されたら大変な事になるかも知れない……しかし、考えてしまった以上は確かめなければ気が済まない。
おっかなびっくり構えたレイピアに、剪定の為に風の魔力を付与させようとした丁度その時……耳に聞き馴染みのない音が届いた。
──ぐちゅ……
「っ!!」
頭上から聞こえたその音に、半ば反射的に身体が動いた。
バックステップでその場を離れ、それと同時に大きく広がった枝へと視線を向ければ──
「スライム……!」
そこに居たのは、今まさに私を捕食する為に枝から降下しようとしていたスライムだった。
〔あっぶな!〕
〔木の上に棲んでんのかこいつら!?〕
〔そうか…ここの天井って滅茶苦茶高いから捕食しようとすると自然と木に昇る事になるのか〕
コメントの分析を横目にローレル・レイピアに左手を添え、魔法を唱える。先程付与しようとした【エンチャント・ゲイル】の代わりに纏わせるのは……
「──【エンチャント・ヒート】!」
その瞬間、私のやや大きめの声に反応したのか、枝がざわざわと騒めき──続いてボトボト、ドチャドチャとあまり耳に心地良くない音と共に、無数のスライムが落ちて来た。
〔うげ…〕
〔最初のスライムに気付かなければ大惨事だったな…〕
確かにあのまま【エンチャント・ゲイル】を唱えていれば、その瞬間私の頭上からこの数のスライムが襲撃して来ていたと言う事になる。その内の幾つかは迎撃できたかもしれないが、元々こいつ等は不定形……核となっている透明な魔石以外への攻撃は一切効かない為、やはり大怪我は必至だっただろう。
「ですが、こうして見つけてしまえばこちらのものです!」
コイツらの動きは基本的に遅く、最初の捕食攻撃さえ躱してしまえばそれ程の脅威ではない。核以外に攻撃が効かないと言っても、それは粘性の身体の体積が多ければの話なのだから──
「こうしてスライムの部分を蒸発させれば、核が見えて来ちゃうんですよね」
〔有名な対処法だよね〕
〔火属性魔導士が持て囃されて増長する原因になった魔物だからな〕
〔また水属性魔導士が嫉妬してる…〕
〔雷も直接ダメージ与えられるよ!かなり軽減されるけど…〕
何やらコメントで属性マウントが繰り広げられてるが、今は取りあえずスライムの討伐を優先しよう。
「──【ラッシュピアッサー】!」
「……ふぅ、やっと終わりましたか」
ローレル・レイピアをピッと一振りし、周囲を見回す。
スライムを狩っている内に、大木の枝から更にボトボトと追加のスライムは増え続け……最終的には二十体以上のスライムを駆除する事になってしまった。
〔おつかれ様やで〕
〔戦闘ちょっと長引いたし、一旦身を隠す?〕
「んー……そうですね。魔力を感知してやって来る魔物が居るかもしれませんし……一旦木の上に隠れますか」
散らばっているスライムの魔石を回収し、【エンチャント・ダーク】を纏わせて木の枝に跳び移る。
流石にあの程度の戦闘で気付かれる事は稀とは思うが、警戒続きからの戦闘で一息入れたい気分だったので丁度良い提案だった。
(戦闘中にも周囲は警戒してたし、魔物も来なかった。少しの間気を抜く程度なら許され……──ッ!?)
「皆さん、地上から何か魔物が来たらコメントで教えてくださいね。私は少し休みます」
小声でそれだけ告げて、私はドローンのカメラを下の方に向ける。
〔分かった!〕
〔休息大事〕
〔おつか
そして、コメントを非表示にして目立たないようにすると……私は上空へと目を凝らした。
リスナー達に先ほど地上の様子を見て貰うように言ったのは、あくまでもカメラを下に向ける為の詭弁だ。本当の理由は、あの影が万が一にも配信に映り込まない為。
(あれは、まさか……)
それは天井の結晶の光を遮る小さな影だ。
魔族の私の目だから判別できる程度の、小さな点のような影……だが、配信に載ってしまえば拡大して解析しようとする者が現れるだろう。全世界でたった一人、渋谷ダンジョンの下層を探索している今の私の配信は、それ程注目を集めているのだから。
出来る事なら間違っていて欲しい。しかし、そのシルエットは見れば見る程『似ている』と感じる点に溢れていた。
『頭から生えた角』『背中から広がる一対の翼』『しなやかな細い尾』……それらは全て、一つの人影から伸びていた。
(この世界に居ない訳じゃなかった……と言う事なんですかね。『魔族』は)
それはとてもよく似ていた。──【変身魔法】を解除した時の私の姿に。