第49話 新しい道の発見
投稿がちょっと遅れてしまいすみません!
ちょっと手直しした部分に違和感があるかも知れないので、読んでて妙だなと思った事があれば遠慮なく指摘していただけると嬉しいです
靴が纏う風により天井近くまで跳躍した私が見たのは、全身の至る所に巻きつけられたトラップスパイダーの糸に引っ張られ、宙吊りにされかけている一人の少女の姿だった。
彼女の短めの赤いポニーテールがコメントで教えられたクリムの特徴と一致している為、本人で間違いないだろう。
自身の武器である槍を地面に斜めに突き立てて身体を固定し、コボルト達を蹴りで牽制して抵抗しているようだ。一見すればまだ多少の余裕が残っているようにも思えるが、よく見れば蹴りを放つ度に微妙に顔をしかめている事から、身体の何処かを痛めている事が分かる。私の到着がもう少し遅ければ危なかったかも知れない。
「今助けます! ──【ストレージ】、【エンチャント・ヒート】!」
ランプロープに付与していた炎を解除して収納、代わりに取り出したローレル・レイピアを光源とする為に炎を纏わせる。
「はっ!」
そしてクリムの傍に着地すると同時に、彼女を吊り上げようとする糸の全てを焼き切った。
「! あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして! この状況について聞きたい事もありますが……今はそれよりも、直ぐにここを突破します! 立てますか!?」
「あっ、はい! ……ぐッ!」
私の問いかけに咄嗟に立ち上がるクリムだったが、直ぐに苦痛の声を漏らしてふらついてしまった。どうやら右脚を負傷してしまっているらしく、折れてはいないようだが走るのは厳しそうだった。
「失礼します!」
「えっ……わゎっ!? ヴィ、ヴィオレットさん!?」
救助の為には止むを得ない。彼女の膝裏に手を回し、左腕一本でお姫様抱っこのように彼女を抱え上げる。
見た目の年齢的には無理があるようにも見えるかもしれないが、このくらいの筋力ならレベルアップを重ねた人間ならば持っていて当たり前なので怪しまれる事はないだろう。
「しっかり掴まっていてくださいね! ──【ラッシュピアッサー】!」
「ッ!」
右手一本でレイピアを構え、そのまま正面のコボルト達を蹴散らしながら全速力で駆ける。
時折トラップスパイダーの妨害も割り込んで来たが、今の私のレイピアは【エンチャント・ヒート】によって炎を纏っている。飛ばされてきた無数の糸も、剣先でちょっと撫でるだけで燃やされて消えた。
「さぁ、死にたくなければ逃げなさい!」
「……ッ! キャイン! キャイン!」
仲間が蹂躙されて動揺しているコボルト達に少し強めの殺気をぶつけてやると、彼等は忽ち犬のような鳴き声と共に蜘蛛の子を散らすが如く逃げ出した。
正面にあったコボルトの壁はまるでモーセが割った海のように左右に分かれ、一瞬にして道が生まれる。
私はクリムを抱えたままその一本道を悠々と駆けて行き、彼女の救出は成功と言う結果を収めたのだった。
「──成程、分かりました。至急、協会本部の方に伝えておきます」
「お願いします」
クリムの救出後、未だに多くの浅層ダイバーに溢れた渋谷ダンジョンロビーにて、私は受付の職員に顛末の報告と、一つの提案をしていた。
(よし……この提案が通れば、これ以上浅層にトラップスパイダーが溢れる事は防げるはずだ)
実際にどの程度動いてくれるかは分からないけど、一先ずはコレで安心だろう。
そんな事を考えながら医務室への扉を潜ると、丁度治療を終えたのだろう。一人の少女が私の姿を見つけやや早足でやって来た。
「──ヴィオレットさん……」
「ん? あ、クリムさん! 怪我の方はもう大丈夫なんですか?」
「はい。おかげさまで……その、すみません。こんな事になってしまって」
「こんな事……?」
「あの……私が好奇心であの穴を広げなければ、ヴィオレットさんが下層の探索を投げ出す事も無かったのに……」
「ああ、その事でしたか……」
確かに今回の騒動の発端は彼女の好奇心が原因だったが……私は彼女の行動を否定する気にはなれなかった。
例えば街を散策している時にふと何気なく視線を向けた先に、『あれ? こんな道があったのか……』と言う小さな発見をする事がある。
その道を覗いた先に自分の好奇心を刺激する看板があった時、その店に入るかはともかくとして『取りあえず近くに寄ってみてみよう』と少し足を延ばす事もあるのではないだろうか。
今回の彼女の行動も、切っ掛けはそれの延長線上なのだ。
小さな好奇心からの小さな冒険……そんなありふれた一歩が騒動の引き金になってしまった。
確かに少々迂闊な点はあったかもしれないが、しかしそんな好奇心なくして発見はあり得ない。と言うか正直、あの後コメントに詳しい話を聞いた限り、同じ状況なら私も間違いなくあの壁を掘っただろう。
そしてその結果──彼女はこのダンジョンに新しい風を吹き込んだのだ。
「クリムさん。私、さっきロビーに事の顛末を伝えて来たんですけど……その時ロビーに居た駆け出しダイバー達が何を話していたか分かりますか?」
「え……っと……『余計な事しやがって』……とかですか?」
今回の騒動で浅層を探索中だったダイバー達は、ダンジョンを追い出された。
救助された彼女はロビーに集まる彼等をみて、そう感じていたのだろうが……それは全くの見当違いだ。
「逆ですよ。新しい通路の発見に、みんな興奮してました」
「え……でも、みんなダンジョンを追い出されて……」
「はい。ですがそれも、浅層に溢れたトラップスパイダーの駆逐が完了するまでの一時的な処置です。現在はダイバー協会の職員達がトラップスパイダーの駆除作業を行ってますから、それが完了すれば浅層も再開放されるみたいですよ」
確かにトラップスパイダーは脅威の魔物だが、単体での殺傷力はそれほど高くない。腕輪での撤退を封じられている内に、他の強敵に遭遇してしまう……その連鎖がトラップスパイダーの危険性なのだ。
言ってしまえば、一定以上の実力がある者にとって、浅層のトラップスパイダーはちょっと面倒な魔物でしかない。……まぁ、クリムのようにモンスターハウスともなれば変わって来るかもしれないが、それでも数と装備を整えた職員達であれば、浅層のトラップスパイダーの駆除はそれ程苦でもないだろう。対処が早かった事もあって、なんとか今日中には再開放されるのではないだろうか。
そして、ロビーに集まる彼等はその時を今か今かと待っているのだ。何故なら……
「確かにまだあの通路の先にはトラップスパイダーの脅威は残っています。しかし、それ以上に彼等はチャンスを得たんです。自分達も新しい発見に立ち会い、トレジャーや名声を手に出来るかもしれない可能性を」
「あ……」
駆け出しダイバーは挙ってあの通路を目指すだろう。流石に中層ダイバーの多くは安定した稼ぎを選ぶかも知れないけど、上層ダイバーの殆どはトレジャーを求めて浅層に戻って来る事だろう。そうなればトラップスパイダーが残っていようと脅威ではない。先にコボルトやゴブリンの方が全滅するだろうから。
「浅層はしばらく盛り上がりそうですね。いえ……もしかしたら、この先ずっとかも?」
「いえ、流石にそれは無いと思います。トレジャーが取り尽くされてしまえば、あそこにうま味なんて……」
「んー……──気付いてないようなので教えておきますけど、多分あの先にもう一つありますよ。『境界』が」
「え……えええぇぇっ!?」
医務室にクリムの絶叫が響く。
そう。理屈で考えれば、そうでなければおかしいのだ。
トラップスパイダーは本来浅層に居ない魔物。そして、ダンジョンに於いて魔物の分布はエリアで別れていると言うのが一般的。つまりあのモンスターハウスに居たトラップスパイダーも、浅層に溢れたトラップスパイダーもあの場所で現出した物ではありえないのだ。
となれば、トラップスパイダーがやって来たのはあの通路のさらに奥……そこに間違いなくあるのだ。浅層から上層以降へ通じる『もう一つの境界』が。
あの大量のトラップスパイダー達は例の通路が見つからない期間、その境界を通って少しずつ浅層に現れていた。……そう考える他に可能性は考えつかない。
(……しかし、上層の魔物が浅層に来る事はあり得るが、中層の魔物がやって来るなんてどんな低確率だ?)
何か強い意思を感じるが……それが判明するとすれば、例の通路の先が調査が進んでからだろうな。今は情報が足りない。だから──
「実は私も下層の探索をもう少し進めたら、一度潜ってみようと思ってるんですよ。あの先に」
「! そ、そうなんですね……! ヴィオレットさんが……」
「ええ。何せ、下手したら千年間近く誰にも見つからなかった秘密の道ですよ。ワクワクしませんか?」
「は……はい! すっごく!」
私の問いかけに、クリムは目を輝かせた。
どうやら落ち込んでいた心も、すっかり元気を取り戻したようだ。彼女の笑顔につられて、私もつい笑みが零れた。
……この時の私はまだ知らなかった。この暫く後、この少女がもう一波乱巻き起こす事を。