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第48話 救出作戦

「はっ! ──やぁっ!」


 正面のコボルトを槍の一突きで仕留め、背後に回り込んでいたもう一体のコボルトに対しては柄の部分を棍のように扱い、棒術の要領で放った横薙ぎの一閃で頭部を揺らす。そして──


「とどめっ!」


 怯んだ隙を逃さずに槍の穂先を突き入れて止めを刺した。


「……ふぅ。数は多いですけど、強さそのものはやっぱり変わらないみたいですね! この調子で探索を進めましょう!」

〔お見事!〕

〔流石の槍捌きだなぁ…〕

〔大会幾つも優勝してるらしいからな〕


 潜んでいる敵がいないとも言い切れない為、魔物を倒した後も残心は欠かさない。

 こっちの通路に入ってからと言う物、まだ誰も足を踏み入れていない場所だからか魔物の数も遭遇する頻度も格段に増えていた。

 サイトによるとトレジャーは魔物の多い所に現れやすいと言う話だし、そう言う意味では期待が持てると考えて良いだろう。


「──あっ! 早速ですよ!? これ、トレジャーじゃないですか!?」


 通路の壁から突き出した、周辺とは微妙に色合いや質感が異なる突起物へとランプを近づけると、金属特有の光沢が現れる。

 もしやと思い、カメラも近付けてリスナーさん達に聞いて見ると……


〔鉱石トレジャーだ!〕

〔やっぱりこっちには残ってるのか〕

〔掘り出す道具持ってる!?〕

「大丈夫です! お父さんから貰いました!」


 腕輪に収納していた小型のピッケルで周囲の壁面を少し掘り、鉱石を手早く掘り出して掲げる。


「トレジャー、ゲットです!」

〔おお!〕

〔幸先良いな!〕


 普通の石よりもずっしりとした重量感に気分が高揚する。

 これだけでも数万円……場合によっては更に桁が一つや二つ上がる事もある、正真正銘のお宝なのだ。こんな経験、現代で出来るのはダイバーと言う職業くらいだろう。


(凄いなぁ……! ダイバーって、こんなに楽しくてワクワク出来るんだ!)


 小さい頃に元ダイバーの両親から護身用として始めさせられた槍術だったけど、やってて良かったと心から思えた。

 習い事とジョブが偶々一致してくれたのも追い風になってくれたし、何よりこの場所を見つけられたのはここ最近で間違いなく最大の幸運だ。間違いなく、流れは私に向いている。


(この調子なら、本命のトレジャー装備もきっと……!)


 トレジャーの中でも、武器の類は魔物が身に着けている事が多いらしい。コボルトなら槍がメイン武器だし、持っている可能性は十二分にあるだろう。

 まだ見ぬトレジャー槍に思いを馳せていると、そのタイミングで投稿されたコメントの一つに若干緩んでいた心を引き締められた。


〔クリムちゃん、他のダイバーがこの配信を見て向かってるみたい! 少し急いだ方が良いかも!〕

「えっ、そうなんですか!?」


 あり得ないとは言い切れないが、まさかまだデビューして間もない私の配信から情報が漏れてしまうなんて……

 若干幸運の流れに陰りが見えた気がしたが、それでもまだまだリードしているのは私の方だ。追い付かれるよりも先に、せめてトレジャーの槍だけでも見つけたい。


「急いで探索に戻りましょう! ヴィオレットさんが持っているみたいなカッコいいトレジャーの槍を、私も絶対見つけるんです!」

〔ファイト!〕

〔がんばれー!〕

〔くれぐれも慎重にね〕

「大丈夫ですよ! 浅層の魔物に関してはもう慣れましたし、そうそう遅れは取りません!」




 ……今になって思う。アレは完全にフラグだったなぁ、と。


「──くっ……! モンスターハウスって奴ですか!?」


 それは通路を早足で進み、少し開けた場所に出た時の事だった。

 『何か空気がじめじめしているな……』そんな微妙な違和感を抱きつつも周囲に魔物が居ない事を確認し、広間の中ほどに足を踏み入れた瞬間……突如周囲の空間が所々ぐにゃりと歪んで魔石が無数に出現。周囲の塵を巻き上げて身体を構築し、大量の魔物達に一瞬で包囲されてしまったのだ。


〔マジか…〕

〔コボルトばかりとは言え、流石にきつくないか!?〕

「……いえ、これくらいなら何とかできます!」


 この時点では私にもまだ余裕はあった。

 コボルトやゴブリンの動きは既に見切っていたし、何より私達ダイバーには『腕輪』がある。万が一の時には直ぐに撤退が出来ると言う安心感が、私の心の余裕に一役買っていた。だが──


「ふっ、はぁっ! ──シッ!! ……うん、やっぱりこれくらいなら何体来ようと……!」


 包囲して直ぐ、連携も何も考えず突撃してきたコボルト達を次々に返り討ちにしていく。……ここまでは良かった。何も問題は無かった。……()()()()()()()()()()()()()()


 ──しゅるり。

 そんな音が聞こえた。そして、左腕に感じる妙な圧迫感。


「……え?」


 腕を見れば、私の腕輪を覆うように、小さなギプスが嵌められてた。

 ……いや、違う。これは()()()()だ。腕輪や武器を執拗に狙い、『ソロ殺し』の異名を持つ白い蜘蛛の。


「──まさかッ!?」


 頭上を見上げると、ランプの光がギリギリ照らした天井にその魔物は居た。ダンジョンの天井に逆さまに張り付き、何時からかは分からないが、私に向けてその赤い八つの目を向けていた。


〔トラップスパイダー!?〕

〔なんでだ!?ここ浅層だろ!?〕

〔中層だけじゃないのかよ!?〕

〔クリムちゃん逃げて!〕


 コメントも阿鼻叫喚だ。中層に潜るダイバーさん達を何人も撤退に追い込み、時には致命的な怪我の原因にもなり得る魔物がよりにもよって浅層に現れたのだから。


「く……ッ!」


 直ぐに広間の入り口の方向を確認するが、当然そちらにもコボルトの壁が立ちはだかっている。直ぐに逃げ出すと言う事は出来ない。


〔俺他のダイバー達に助けて貰うように伝えて来る!〕

〔俺も!一旦配信離れる!〕

〔協会にも伝えて来る!〕

「! はい、お願いします……!」


 私がそう伝えると、同接数がガクッと減少した。他のダイバーさん達に、私の現状を伝えに行ってくれたのだ。

 これで私の優位性は完全に失われる事になるけど、流石にこんな状況では探索がどうとか言っていられない。勿論トレジャーを惜しいと言う気持ちもあるけど、この腕に巻かれたギプスを私一人の力で外せない以上、背に腹は代えられないのだ。

 内心で自分を納得させ、私は広間の入り口がある方向へと目を凝らす。


(出来れば包囲を突破して自力で脱出したいけど……包囲が厚いなぁ)


 一体何匹のコボルトが湧きだしたのか、倒しても倒してもキリがない。

 ランプの光が届かない暗闇からは、次から次へと新しいコボルトが現れる。

 もしかしたらこのまま、私はここで……時折脳裏に過るそんな暗い想像を振り切り、私はひたすら槍を振るった。


「せいっ! ……ふぅ、まだまだ! ──なっ!?」


 戦いながら広間の入り口を目指してじりじりと移動していたその時、天井から吐き出された糸が私の右足を地面に固定してしまった。


「くっ……!」


 素早く槍で糸の一部を斬り付け、右足を解放するが──


「うあっ!」

〔クリムちゃん!〕

〔俺も他のダイバー呼んでくる!〕


 その隙に横薙ぎに振るわれたコボルトの槍が、私の脇腹に強かに打ち付けられた。


「ぐ……ッ! これくらいでは、倒れませんよ!」


 両親の勧めるまま、レザー製の防具を着込んでいてよかった。多少よろめいてしまった物の、おかげでダメージは軽微で済んだ。だが……


(これだけのコボルトを相手にしながら、天井のトラップスパイダーに対処するのは……流石に厳しいかも)


 依然として絶体絶命。やはり、頼みの綱はリスナーさん達が呼んでくれたダイバーさんだけのようだった。



「──【エンチャント・ヒート】!」


 腕輪から取り出したランプロープ全体に炎を付与し、振り回しながら浅層を突き進む。

 光源の確保とトラップスパイダーの対処、その両方を同時にこなす為には多少不格好でも仕方が無い。


「次はっ! どっちですか!?」

〔右に曲がって通路に沿って進めばすぐ!〕

「分かりました!」


 どうやら到着は私が最初になりそうだ。

 ここまで見かけた多くのダイバーがトラップスパイダーの妨害に苦戦を強いられていた。それ程に『光源が無い浅層』と『天井に潜むトラップスパイダー』の相性は良かったのだ。

 彼等を助けようともしたが、『俺達の装備なら浅層の魔物の攻撃はへっちゃらだ! お前は例のダイバーの救助を優先してくれ!』と当人たちに言われてしまっては仕方が無い。彼等の弁ももっともだし、一言礼を告げて彼等よりも先に進む事を決断したのだ。

 そしてリスナーの案内に従い駆ける事更に数分。ついに私は例の駆け出しダイバー、『クリム』が見つけた通路の入り口を発見した。


(掘り起こされた通路! ここか!)


 通路の奥からは、ぞろぞろとトラップスパイダーが湧きだしてきている。これだけの数、それも中層の魔物が何故浅層に……疑問は尽きないが、優先すべき事は変わらない。

 燃えるランプロープを振り回し、トラップスパイダーの討伐もそこそこに奥へと向かう。

 私にプレミアムチャット付きのコメントで『オーマ=ヴィオレットさんのようなダイバーになれるか』と彼女は問いかけた。そして私は、そんな彼女に『誰にだってチャンスはある』と答えて背中を押した。

 そして彼女は私の言葉を切っ掛けにダイバーになり、そして今まさに命の危機に瀕している。つまり、私にはこの事件に対して責任があるのだ。何が何でも彼女を助け出さなければならない。


「このコボルトの数……ここが例のモンスターハウスですね! ──クリムさん、いますか!? 無事ですか!?」

「その声……! ヴィオレットさん!? ちょっとピンチです!!」


 『ピンチ』という言葉とは裏腹に、どうやらまだ気力も体力も残っているようだ。姿はコボルトに阻まれて見えないが、方向も今のやり取りで大体解った。……どうやら私は、自分の責任を果たす事が出来そうだ。


「! まだ無事で良かった……今助けます! ──【エンチャント・ゲイル】!」


 私は早速ローファー風のスニーカーに風を付与し、空中へと跳躍した。

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