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第47話 浅層の異変

「──次の攻撃が来ませんね……全て討伐し終えたか、逃げたかでしょうか?」


 時間にしておよそ二分程度だろうか。引っ切り無しに襲撃してくるハゲタカの魔物を一頭一頭地道に地面に叩きつけていると、やがて攻撃が来なくなった。

 魔族の目を凝らしても天井の方の闇は見通せないが、結晶の光を横切る影が見えない事から今しがた相手をしていたハゲタカの群れは無くなったと判断してロープを腕輪に収納する。


「さて、最初は少しダメージを負ってしまいましたが、何とかなりましたね。──見てましたか? リスナーの皆さん……って、うわぁっ!?」


 今の戦いの感想やハゲタカの魔物の特徴についてリスナー達に共有しようと、戦闘に集中する為に非表示にしていたコメントを表示した私の目に飛び込んできたのは多くのプレミアムチャット付きのカラフルなコメント達だった。

 初めは『良い絵が撮れていたのかな』とのんきな事を考えていた私だったが、その一つ一つをよく見るとどうやらそうではない事が分かった。


〔¥300 気付いて!〕

〔¥500 コメント見てくれ!〕

〔¥100 見て!〕

〔まさかこんな事になるとはな…〕

〔¥100 やっぱ通知切ってるのか!?〕

「ど、どうしたんですか皆さん!?」


 尋常ではない様子に軽く混乱しつつ、コメントの非表示を解除した事を伝えるために語り掛けると、直ぐにコメントの内容が変わっていく。


〔気付いた!〕

〔直ぐに浅層に向かって!〕

〔イレギュラーケース中のイレギュラーケースが起きてる!〕

〔浅層!〕

「えっと、誰か詳しい事情を説明してくれると助かります」

 

 浅層で何かしら起きている事は分かるのだが、それに対して私がどう動くべきなのか分からなければどうしようもない。

 下層から浅層への移動……腕輪の機能でかなり早く行き来できるとは言え、流石に即座に分かりましたとは言いにくい。

 何が起きているのか、何が必要なのか、どれ程の緊急事態なのか……せめて少しでも情報が欲しいと伝えると、リスナー達は細かく説明してくれた。


 そして、その内容は私にとっても大きく関係がある……と言うか、()()()()()事態だった。




「──そうでしたか、分かりました! 直ぐに向かいます! ──【マーキング】!」


 話を聞いた私は、直ぐに現在地の座標を腕輪に記録し……


「【ムーブ・オン "渋谷ダンジョン"】」


 転送機能で渋谷ダンジョンのロビーへと移動した。下層から中層・上層を通るより、一旦ダンジョンから出て潜り直す方が明らかに早く着くからだ。

 そしてロビーへと戻った私が見たのは──


「これは……皆ダイバーですか……?」


 私が最初にこのロビーへと足を踏み入れた時のように、ダンジョンに潜れないダイバーと緊急事態を呼びかける職員達が忙しなく動き回る光景だった。


「緊急事態です! 駆け出しダイバーの方々は、浅層に潜るのはお控えください! 繰り返します──!」

「いや、本当にヤバかった!! 死ぬかと思った!」

「えっと、こんな状態なので今日の配信はコレで終わりに──」

(見たところかなり経験の浅いダイバー達だな……駆け出しダイバーがダンジョンから追い出されたのか?)


 状況の把握は程々に、私は自分の責任を果たす為にダンジョンの入口へと駆ける。


「すみません、今の浅層は──!」

「オーマ=ヴィオレット、下層ダイバーです! 救援に向かいますが、問題無いですよね!?」

「あ……! はい、お願いします!」


 既にある程度の事情をリスナー達から聞いていたので最低限のやり取りで職員を説得し、ダンジョンに向かおうとするが──


〔ヴィオレットちゃん待って!〕

〔服、服!!〕

「あ……ッ! その、着替えてから向かいます!」


 リスナー達の指摘で今の服がボロボロである事を思い出し、腕輪に入れてあるもう一つの装備へと着替える為に一時的に配信の画面を切り替えてから直ぐ近くのトイレへと駆けこんだ。


「──【エンチャント・ゲイル】! さぁ、行きますよ! 案内をお願いします!」


 お忍びセットに着替えた私は、早速【エンチャント・ゲイル】で風を付与したローファー風スニーカーでダンジョンの浅層を疾駆する。

 そして詳しい事情を知るリスナーの案内で、目的地までの最短ルートを突き進む中で数人のダイバーの姿を目撃した。


(! 彼等は中層でも見かけた……そうか、この人達も救援申請を受けて……!)


 今回の救援申請は腕輪の機能で飛ばされたものではなく、リスナー間の通信網によって届いたものだ。

 イレギュラーケースの中心に居たとあるダイバーのリスナーが、配信中である彼女の危機を知らせるためにあの手この手で多くのダイバーにコメントで伝えた緊急事態。

 その為この時間帯に配信中だったダイバーの内、その呼びかけに答えた者がこうして集結していると言う訳だ。……まぁ、申請が届いているのに無視したダイバーは、余程の理由が無ければリスナーが居なくなるので、ダイバーを続けたいのであるならば強制参加に近い物ではあるのだが。


 そんなこんなで私と同じ目的地へ向かう集団の上を飛び越え、少しでも速く浅層を駆け抜ける。

 ……そして、その十数秒後。このエリアに起きている異常事態の象徴とも言える魔物が、私の視界にはいった。


「ッ! この魔物は……! まさか、本当にこんな事が起こるなんて……」


 ランプの光に照らされて浮かび上がったその魔物の姿は、本来浅層に現れる筈のない……白い蜘蛛だった。



 遡る事数分前。一人のダイバーが、この浅層にて探索配信を行っていた。


「──んー……やっぱりコボルトって、槍の扱いあんまり上手くないですね。武器を扱う他の魔物もそうなんでしょうか?」

〔浅層だからねー〕


 彼女──駆け出しダイバー『クリム』のデビューは数日前。

 その日は平日で学校もあったが、帰宅後に早速両親に用意して貰った防具と槍を携えてダイバーとしての第一歩を踏み出した。

 彼女本来の快活さや、駆け出し特有のフレッシュ感。更にかわいらしい顔立ちとコロコロと変化する表情など、人を惹きつける魅力に溢れた少女は『槍士』と言うありふれたジョブでありながら初日から固定のファンを確立しつつあった。


 それからの数日間、彼女は学校終わりと思えない程の体力と配信の頻度でリスナーを増やしていった。卓越した槍捌きが周知されると、期待のホープとして更に口コミでリスナーも増えて来た。

 彼女が憬れるオーマ=ヴィオレット程では無いが、中々に順調な滑り出し……彼女もリスナーも、これからのクリムの配信を楽しみにしていた──そんな時だった。


「……あれ? 何だろ、この穴……?」

〔穴?〕

〔どこ?〕

「ほら、ここです。この壁、小さな穴が開いてるんですよ」


 探索中に彼女が見つけた穴は拳一つ分程度の物であり、彼女はそこに配信用のカメラとランプを近づけてリスナー達に見せてみた。


〔鉱石トレジャーを掘り出した痕とか?〕

〔でもそれにしては深いな…〕

〔いや、これ深いって言うか…奥に空間が無いか?〕

「奥に空間!? それって隠しエリアがあるって事ですか!?」


 光源の存在しない浅層では中々見つけられないこの穴に彼女が気付けたのはまさに偶然であり、そこに興味を持ったのは彼女の才能でもあった。

 そして彼女は本来飽きっぽい性格。……いや、より正確に言えば彼女は非常に好奇心旺盛な性格で、常に新しい刺激に飢えているのだ。

 現に、思っていたよりも手応えの無い浅層の魔物に彼女は既に飽き始めていた。彼女の父の想像通りに。このまま何事も無ければきっと彼女はまた新しい刺激を見つけ、そちらに興味を持って行かれていただろう。

 ……だが、彼女は見つけてしまったのだ。新しい刺激を。『誰も知らない秘密の空間』と言うロマンを。


(そんなの見つけたら、行くしかない!)

「掘ります!!」

〔草〕

〔掘るって言っても道具は?〕

「槍の石突で強引に行きます!」


 リスナー達の反応も待たず、全力で壁を崩しにかかるクリム。

 空間までの壁は数十cm程の厚さがあったが、これまでの探索でレベルが上がっていた事もあり、穴は数分もあれば開通した。……開通してしまったのだ。


「わ……! 本当に道が続いてる!」


 人一人がギリギリ通れる程度の大きさまで穴を拡張した彼女は、早速そこから半身とランプを潜り込ませて様子を窺う。

 期待と興奮に輝く彼女の眼に映るのは、それまで探索していた浅層のものと似ているが……何処か、より冷たい気配の漂う闇へと続く通路だった。


〔大発見だ!〕

〔これ協会に伝えた方が良いんじゃ…〕

〔一番乗りとか取れ高ヤバくね!?〕


 同様に配信越しにその光景を見たリスナー達は、コメントでその興奮を伝えた。

 普段からダイバーの配信を追っている彼等も、こんな瞬間を目の当たりにできる機会は滅多に無い。いつもは冷静にダイバーをサポートする事が出来るリスナーも、『未知』の持つ魔性の魅力に判断を鈍らされていた。

 そして、そんなリスナーから投稿された一つのコメントがクリムの目に留まる。


〔これトレジャーまだまだ残ってる可能性あるな〕

(トレジャー!? もしかしてヴィオレットさんのローレル・レイピアみたいなトレジャーの槍も!?)


 元々の性格に加え、トレジャー武器がすぐそこにあるかも知れないと言う可能性を知ってしまった彼女はもう止まれない。

 ここで撤退して協会に伝えれば、調査員が派遣されて正確な情報を集めて貰えただろう。だが、その後の一番乗りは自分でない可能性が高い。

 もしもそれでトレジャーの槍を他のダイバーに獲得されてしまったら、悔やんでも悔やみきれないだろう。


(隠されていた空間とは言え、浅層だし……大丈夫だよね?)

「──良し、行きましょう! 私もヴィオレットさんみたいなカッコいい武器を見つけるんです!」


 好奇心は猫をも殺す。そんな言葉があるが、この時の彼女はまさにその諺に出てくる猫そのものだった。

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