第46話 進む探索、新しい流れ
「残るはハゲタカの魔物だけ……新種を見つけられたのは一人のダイバーとして誇らしく思いますが、戦闘となると情報の少なさが厄介ですね……」
天を睨むように向けた視線の先には、点在する結晶の光を横切る無数の影が渦を巻いていた。
時折暗闇に姿が紛れてしまう所為で頭数はハッキリしないが、少なく見積もっても十頭は居るだろう。
だが、奴等も魔物とは言え鳥類だ。長時間高高度を飛行する為に極限まで軽量化された身体は非常に打たれ弱く、一撃でもまともに入れられさえすれば倒す事は難しくない。
……まぁ、その『一撃を入れる』ってのが、私──『オーマ=ヴィオレット』にとっては簡単に行かない魔物なのだが。
「──っと、危ないです……ねっ!!」
「ゲェッ! ゲェッ!」
攻撃を回避した直後に放ったローレル・レイピアの一閃を躱し、こちらを嘲笑するような鳴き声と共に上空へと舞い戻っていくハゲタカの魔物。やはりこいつ等の面倒な所はこの空中での機動力と、それでも一切減衰しない速度だ。
急降下しながらでも自在に回避行動が取れる上、その速度を殆ど維持したまま上空へとUターンが可能と言う無茶苦茶な能力。いくら傷付いても再生できる魔物の筋肉だからこそ為せる荒業。しかも猛禽の例に漏れず目は良く、突きのような点の攻撃ではどうしても見切られて躱されてしまう。
だからこそ隙が生まれるとすれば襲撃してくる時ではなく、そこから空へと舞い上がる為に背を向ける瞬間なのだが……それもレイピアの射程では追撃も難しい。
エンチャント・ゲイルを施した投げナイフであれば攻撃も可能だと思うが、回収が実質不可能だ。手持ちのナイフの数では、現在上空に旋回するハゲタカ全てを倒すには到底足りない。
かと言って水風船のような攻撃能力に乏しいアイテムでは大したダメージには至らない。エンチャント・ゲイルを施せば、他の属性は上書きされてしまうからだ。
(投網みたいなものを用意するべきだったかな……)
仮に投網が手元にあれば、エンチャント・ゲイルと組み合わせて確実に捉えられただろうに……いや、待てよ。流石に投網は無理でも、工夫次第では何とかなるかも知れない。
「──【ストレージ】」
思いついた作戦を実行する為に腕輪の中にローレル・レイピアを収納し、代わりに取り出したのはダイバーの必需品であるランプと、以前中層で春葉アトに忠告されてから持ち運ぶようになったロープだ。
と言ってもコレは最近買った物で、今まで使っていた一般的なロープとは違う。直径数ミリと決して太い物ではないものの、その頑丈さは折り紙付きと言うダイバー仕様の特別なアイテムだ。
なにせこのロープの原材料は、昔ダンジョンから発見されたと言うトレジャーの植物『ツリカゴカズラ』。今では人工的な繁殖にも成功しているその植物の繊維から作られるこのロープは、柔軟性と強靭さに優れたベテランダイバー御用達の逸品だ。
多少値段は張ったが、中層での稼ぎに比べれば安いもの。何が待ち受けるか分からない下層へ向かう事を考えれば、このロープを買わない選択肢はなかった。
(まさか早速こう言う形で使う事になるとは……)
「く……ッ! まったく、邪魔しないでください……よッ!」
「ゲッゲッゲッ!」
こちらが反撃の準備をする間、当然ハゲタカものんきに待ってくれはしない。
上空から私を狙って行われる襲撃に対し、私も蹴りで対抗しようとするがやはり躱されてしまう。
毎度のようにこちらの神経を逆撫でする笑い声を残して帰っていく背中を見送るのも程々に、
「──【エンチャント・ゲイル】、【エンチャント・サンダー】」
私は早速取り出したランプには風を、そしてロープには雷を付与する。後はこのロープをランプの取っ手に結び付けて、準備は完了だ。
一つの物に対して二つ目のエンチャントを行おうとすると上書きにしかならないが、こうして結び付けていてもランプはランプでロープはロープ。別物であればこのように併用が可能なのだ。
私はそれをカウボーイが使う輪っか付きのロープのように手元で回転させながら、次の襲撃を待つ事にした。
「……っと、丁度来ましたね!」
上空からの風切り音に視線を向け、タイミングを計る。そして、奴が嘴を突き出して襲い掛かるその瞬間に身を躱し──
「……今ッ!」
上空へと逃げ帰るその背に向けて、ランプロープを【投擲】した。
溜めた遠心力、付与した風属性の魔力が起こす突風、そして【投擲】スキル。その相乗効果により超高速で放たれたランプは雷を纏うロープを引き連れ、逃げ帰ろうとするハゲタカへと襲い掛かる。
「グベベベェッ!?」
そして一瞬でランプはハゲタカを追い抜き、結ばれたロープはその胴体に絡みつく。
当然全身に奔った電流により、ハゲタカの魔物は感電。全ての動きが硬直する。後はロープがしっかりと狙い通りに絡みついた事を確認し──
「ぃ……よいしょぉ!!」
「クアァァァッ!?」
手元に残ったロープを全力で引き、一本背負いの要領で地面へと叩きつけた。
「──ギィェェェッ!!」
『ドゴン!』と鈍い音に紛れて、ハゲタカの魔物の断末魔が響き渡る。
その姿を覆う土煙が晴れた時には、そこには野球ボールほどの大きさの魔石が残るだけだった。
ロープを引き、先端のランプ部分を手元に戻した私は再びそれを手元で回転させ、上空で旋回する群れへと視線を向ける。
「よし! ──さぁ、次は誰ですか?」
◇
そんな戦いの最中、ヴィオレットの元には表示されていないコメント欄は大盛り上がりだった。
〔本気出したヴィオレットちゃん強すぎる〕
〔空中蹴って軌道を変えるなw〕
〔アニメとかゲームみたいな動きしてる…〕
〔追従するカメラの動きがエグイwジェットコースターかよ〕
〔やっべぇw酔いそうwww〕
〔こんな戦闘してみてえなぁ俺もなー(なおジョブ重騎士の戦槌装備)〕
アークミノタウロスに対して四体一の不利を覆す立体的な高速戦闘は、彼女の思惑以上に大迫力の映像をリスナーに提供し……
〔そうか武器とアイテムにエンチャント出来るんだから、そりゃ服とか靴にも出来るわな〕
〔一体どこでこんな動きを学ぶんだ…〕
〔↑それな。エンチャント・ゲイルを習得後じゃないと練習も出来ない筈だろ…〕
〔信じて見てろと言うだけの事はあるわw〕
〔あれ、もしかしてヴィオレットちゃん配信外でもダンジョン潜ってる…?〕
〔ダンジョン潜るの楽しんでる節があるしやりかねないww〕
〔どうりで成長が早い訳だ…今何レベルなんだ?〕
そんな動きが可能な程洗練された風の扱いに新たな誤解が生まれていた。
〔ぃよいしょぉ!〕
〔ハゲタカ一本釣りィ!!〕
〔コレは綺麗な一本が決まりました!〕
〔叩きつけられただけで死んだンゴwww〕
〔耐久力は紙なのかあのハゲタカ〕
さらに新種の魔物の考察に専念する者や純粋に配信を楽しむ者等、好んで見る所は異なるものの一様にオーマ=ヴィオレットの実力に安心したのか、それまでのような撤退を促すコメントは見る影もなくなっていた。
次々に襲撃してくるハゲタカを流れ作業のように地面に叩きつけて行く痛快な光景はその度にコメントを沸かせ、下層を目指す者には新種の魔物の対処法としての学びを与える。
ダイバー、非ダイバー共にほぼ全員が配信に対して好意的であり、同時接続数も高評価もSNSの口コミによってどんどんと増えていく。プレミアムチャットも幾つか飛んでおり、初めてまともに渋谷ダンジョン下層の探索や戦闘の様子を映したこの配信は、今まさに祭りの様相を呈していた。
そしてそんな中、一つのコメントが投稿された──
〔ヴィオレットちゃん!やばい!今浅層が大変な事になってる!!〕
それは渋谷ダンジョンにこれから作られる、新しい潮流の前触れだった──
お察しの方も多いと思いますが、早速あの子が浅層でやらかしました