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第45話 新種の魔物

 耳を劈くような鳴き声に振り返れば、そこには先程逃げ去ったのと同じ魔物──ダンジョンホッパーが居るのが確認できた。


(この魔物を放置すれば際限なく魔物を呼ばれる……!)

「──【ストレージ】……ッ!?」


 私はこの鳴き声を聞きつけた魔物がここに辿り着く前に止めを刺そうと、早速腕輪から投げナイフを取り出して投擲しようとするが──その瞬間、鳴き声に紛れて上空から風を切るような音が高速で接近してくるのを感知。投擲を取り止めて即座に回避行動に移ると、一拍遅れて私の眼前に一体の魔物が姿を現した。


「この魔物は……ッ!?」


 異世界では見慣れた猛禽型の魔物だ。

 頭頂部は固い皮膚に覆われており羽毛は無く、鋼鉄のように硬い嘴と爪を用いた狩りを得意とする獰猛な魔物で知られていたが……本来この魔物はダンジョンの外──平原や荒野の上空で飛び回り、獲物を探す習性を持つ魔物だった筈。確かに地上と見紛う光景でこそあるが、まさかダンジョン内で戦う事になるとは……

 そんな動揺で硬直した隙に降下してきた個体は一瞬にして急上昇し、私の攻撃の届かない高度まで逃げ帰ってしまったが……結果的にそれで良かったのかも知れない。何故なら──


〔なんだ今の魔物!?〕

〔新種だ!〕

〔一瞬しか見れなかったけど見た目は殆どハゲタカみたいな感じだったか?〕

(新種!? こんなどこにでもいる魔物が!?)


 動揺の余り言葉も詰まってしまったが、それは不幸中の幸いだったな。もしも下手な発言をしていたら、『何か知っているのか』と確実に面倒事になっていただろう。未知のエリアと言う事は、今後もこう言う事があるかも知れない。向こうの世界でダンジョンの外に生息していた魔物に相対した時は気を付けるとしよう。


 ところで、この魔物は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()習性を持つ。 


(つまり、ここに一頭でも姿を現したと言う事は……!)


 確信めいた予感に上空に目を凝らせば……魔族の目でも完全には見通せない暗闇の中、天井から突き出した結晶の光を遮る影が複数存在している事が分かった。ああやって高高度を旋回し、獲物の様子を観察しているのだ。

 そして急降下と急上昇によるヒット&アウェイで獲物をいたぶり、出血で動きが鈍った所に集団で襲い掛かると言う残忍な狩りを得意とする。


(面倒な物を呼び寄せてくれたな……!)


 あの陰湿さと執念深さから、多くの冒険者に蛇蝎の如く嫌われていた魔物だ。加えて今の私は遠距離攻撃の手段の殆どを封じている。こちらから攻撃するチャンスは、奴が狩りの為に急降下してきたタイミングしかないのだが……


「ヴオオオォォォッ!!」

「っ! コイツ等もまだいるんですよね……」


 アークミノタウロスがまだ四体も居るのだ。タイミングを合わせられたら、流石に攻撃を躱し続けられるかは分からない。どんな達人でも、攻撃直後の一瞬はどこかに隙が生まれてしまう物なのだ。


(下手な反撃は命取り……だけど、今は多少の隙を晒してでも仕留めなければならない魔物が居る!)


 地上の一角、私の後方の岩陰に隠れていたダンジョンホッパーに視線を向ける。


「……!」

「逃がすか! ──【ストレージ】!」


 私の殺気を感じたのか慌てて逃げようと跳ねるダンジョンホッパーに対して、私は腕輪から取り出した投げナイフを構える。そして……


「──【エンチャント・ゲイル】! くたばれッ!!」


 風属性の魔力を付与してから投擲した。

 風の魔力と言うのは変幻自在だ。明確な形を持たない為、使い方次第で斬撃にも突風にも壁にもなり……エンチャントの場合は付与した物の使()()()でその性質を変える。

 ナイフの場合斬りつける際は風は真空の刃になり、今の様に投擲した場合は──突風の性質により加速する。


「ギッ!!」

「よし……!」


 【投擲】のスキルとの相乗効果もあり、さながら銃弾のように高速で射出されたナイフはそのままどこか遠くに飛んで行ってしまったが、これで一番厄介なダンジョンホッパーは倒した。塵と化した身体から小さな魔石が転がり出てくるのを確認し、僅かに安堵したのも束の間。


「ヴォウッ!!」

「──【エンチャント・ゲイル】!」

(そりゃあ、狙いますよね。こんなに大きな隙を晒したら……!)


 最初から隙を窺っていたのだろう。ここしかないと言うタイミングで突進してきたアークミノタウロスの一体が、その突進力をそのまま伝達したかのような鋭い槍の一撃を放ってきた。

 翼を持つ魔族としてならばともかく、今の私は人間として戦っているのだ。全力投擲直後の微妙に不安定な姿勢ではまともな回避なんて出来やしない。

 出来れば避けたいところだったが、こうなっては仕方ない。咄嗟に風を纏わせたレイピアを盾代わりに構え、突き出された槍の一撃を受ける。


「ぐ……っ!?」


 あまり踏ん張りの効かない姿勢に加え、小柄な身体。そしてレイピアに付与した風が槍を弾こうとした事で、私の身体はまるでバトル漫画のワンシーンのように吹っ飛ばされた。


「あ……っ、くっ……! ──ぐぅっ!!」


 数回地面をバウンドしながらも、レイピアを振って起こした風を利用して何とか体勢を立て直す。

 魔力でガードしたから私自身のダメージはそれ程でもないが、全身土で汚れた上に今の一撃で服はボロボロになってしまった。


〔マズい!食らったか!?〕

〔ヴィオレットちゃんがまともに攻撃受けたの初めてじゃね…?〕

〔いや一応防いでた!〕

〔骨とか大丈夫!?〕

〔高レベルのダイバーなら大丈夫の筈だけど…〕

〔撤退しよう!〕

〔一度検査を!〕


 ……今の私の容姿は、多くのリスナーに警戒心を抱かせず、愛されやすいように調整したものだ。

 幼めの年齢、見目麗しい顔立ち、小柄な体躯……全ては『愛される為』と言う、その条件を満たせるように可能な限り調整した。人に受け入れられたいと言う、その一心で。

 だが、ここに来てそれは思わぬ枷になりかねないと気付かされた。


(保護欲か……幼い容姿の私が戦えばこうもなるか……)


 誰しも幼い子供が傷付くところは見たくないものだ。それが自分の応援している相手であれば尚更に。

 コメントは今や撤退を促す物と、高レベルのダイバーならまだ大丈夫と言う意見で二分されていた。

 プレミアムチャット付きの忠告も多く飛んできており、リスナー達が私の判断を待っているのを感じた。


(……いや、心は既に決まっている。後は、行動でどれだけのリスナーに納得させるかだ!)


 下層を探索するのであれば、今後こんな状況には幾度となく遭遇する事になる。

 今私が撤退を選択すれば、自然とリスナーの多くは今のような状況に陥る度に撤退を期待するようになるだろうし、その逆も然りだ。……ここでの判断は、今後の私の行動指針にも大きく影響を与えるだろう。

 退くか進むか……有名な表現に置き換えれば『いのち大事に』か『ガンガン行こうぜ』。これからの方針を踏まえた行動を、ここで示さなければならない。


「──皆さん、プレミアムチャットありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。今は私を信じて、見守って下さい」


 それだけ告げると、私は目の前の敵に集中する為にコメントを非表示に切り替え……ローレル・レイピアを構えた。

 そうだ、作戦なんて最初から決まっている。元々私は、この未踏破ダンジョンの最奥を暴く為にダイバーになったのだから。


前進あるのみ(ガンガン行こうぜ)!)

「──【エンチャント・ゲイル】!」


 ボロボロの靴に風の魔力を付与し、全力で地面を蹴る。

 同時に発生した突風が私の身体を加速させ、私に追撃を加えようと向かって来ていたアークミノタウロスの一体に肉薄。


「──【エンチャント・ダーク】!」

「ヴアアゥッ!!」


 闇を纏わせたレイピアで三発突きを入れ、メイスによる反撃が来る前に地を蹴って跳躍。

 それを狙っていたかのように急降下して来たハゲタカへ向けたカウンターの突きは躱されてしまったが、しかしそれによりハゲタカの攻撃は中断された。今はそれだけで十分と、この隙に空中で放った蹴りにより風を起こして軌道を修正。私は再び地上へと狙いを定める。


「やあぁっ!!」

「グゥゥ──ッ!?」


 着地地点として定めたアークミノタウロスに、落下の勢いを乗せて放った振り下ろしは、頭上に掲げるように構えた大剣を盾に防がれた。しかし、ローレル・レイピアが纏っていた闇の魔力は大剣に刻まれた微かな傷から染みこみ、私が地面へと着地したのとほぼ同時に大剣が真っ二つに割られた。

 その事に驚いたのか、一瞬生まれた硬直にすかさずレイピアを構え──


「──【ブリッツスラスト】!」

「ァヴァアアッ!!」


 腹部に深々とレイピアを一突き。確かな手応えを感じるが、上空から急接近するハゲタカの気配を感じ取り即座に距離を取る。

 攻撃に集中すれば奇襲を受け、守りに徹すればジリ貧になる……その合間をギリギリで両立させながら、私は地上も上空も関係無く戦い続けた。

 


 その後も回避と攻撃を繰り返し、四体全てのアークミノタウロスに闇の魔力による傷を負わせていき……


「グウゥ……ッ!! フゥゥッ……!」

「フシュー……、フシュー……!」

「ハッ……!! ハァー……ッ!!」

「……」


 蓄積したダメージにより満身創痍となったアークミノタウロス達を前に、私は確実に止めを刺すべく構えを取った。


「──【ラッシュピアッサー】!」


 最後はほぼ同時に四体のアークミノタウロスを塵に還し……ここでも油断なく身を翻して、上空からの襲撃を回避する。


「これで残るは貴方達だけですね……!」

「ッ!!」


 攻撃を回避されたハゲタカの魔物と目が合う。しかしそれも一瞬だ。次の瞬間には奴は上空へと舞い上がり、旋回する群れの中へと混ざっていた。


(相手は速度と頭数で狩りをする集団……アークミノタウロスは片付いたとはいえ、まだまだ気は抜けないか)

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