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第44話 下層の歓迎

 ──ここで一度、現在の周囲の状況とここに至る過程を整理してみよう。


 先ず、この下層と言うエリアは中層までと比べて()()()()()()()()()

 中層との境界がある場所は大きめの広間のように感じたが、正確にはあそこはこの下層に於いて一つの『洞窟』に過ぎなかったのだ──



「こ……これは……、本当にダンジョンなんですか……?」


 境界のある部屋から通路を通り、開けた空間に出た次の瞬間……私の眼前に広がったのは、全てが黒い岩で作られた荒野のような風景だった。

 昨今ゲームでしか中々見ないようなだだっ広い草原のような起伏があり、そこから突き出したアーチ状に伸びた岩場や、白い葉と幹を持った樹木とそれで構成された森……何処から湧きだした物かも分からない滝から川が伸び、所々に湖まで出来ている。

 これ程の地上の要素に溢れておきながら、あくまでもここはダンジョンであり、上を見上げれば虚空から突き出た様に光る結晶が存在感を放っている事から天井がある事が分かる。……恐ろしく高い所にあるようだが、存在はしている筈だ。


〔冗談キツイよな…〕

〔光源だけは無数にあるから薄らと見えるが…地下世界の都市伝説みたいで幻想的だな絶対行きたくない(死ぬから)〕

〔通路で魔物の数を制限とかも出来ない感じか……〕

〔うわ…ランページブルが群れで荒野を闊歩してる…〕

〔洞窟でアークミノタウロスを何とか倒した余所のダイバークランがこの光景見て踵返したのよ〕

〔だだっ広いように見えて結構死角あるな…〕

〔この光景の映像を見て余所から来たダイバー皆撤退〕

〔ヴィオレットちゃんあのダイバーのアーカイブ見てないんか〕

〔初見の感動の為に直接見るまでネタバレ厳禁って言ってたからなぁ…〕

「……これは……一体、何処まで回れば『踏破』と呼べるんでしょうか……」


 私が出てきた洞窟はそんなエリアの中ではやや小高い丘の上にあったらしく、一つの『世界』とすら形容出来そうなこの風景をやや見下ろす形で一望出来たのだが……それでも最奥まで見通す事は出来ない程、このエリアは広大過ぎた。


「取りあえず、歩いて見なければ始まりませんね。幸い、死角にさえ気をつけていれば奇襲される事もあまりなさそうですし……」


 幸い荒野の地面からも至る所から巨大な光る結晶が突き出しており光源の確保には困らなそうではあるが、それでもエリアの全てを網羅しているとは言い難い。最初は不要と思っていたランプを取り出す機会もあるかも知れないな……


 そんな事を考えながら丘を下ろうと数歩程進んだ時だった。


『リリィィーーーーーーーーーン!!』

「ぐ……ッ!? なんですか、この音は!」


 音の方に目を向けると、光る結晶の根本付近に拳サイズの鈴虫に似た虫が居た。勿論、虫サイズの魔物なのだが……どうやら今の音はこの魔物が発した物らしく、この魔物が跳ねるように飛び去ると直ぐに音は止んだ。


〔マズい!あれダンジョンホッパーだ!!〕

〔魔物を呼ばれた!洞窟に引き返して!〕

〔何でこんなエリアにあんなのがいるんだ!?〕

〔撤退したクランは英断だったなマジで……〕

「魔物を……!?」


 コメントの警告に従い、洞窟に戻ろうとした時にはもう遅かった。

 私は最初、自分が出て来た洞窟はこのエリアの端っこに在り、その上には何も無いとばかり考えていた。しかし……その考えが甘かった。

 洞窟の入り口はエリアの端から少しばかり突き出した形になっており、その上にはアークミノタウロスが五体、屯していたのだ。


「えー……っと……、見つかって……ます、よねぇ……?」

「「「「「ヴォオオオォォーーーーンッ!!」」」」」

「くっ……!」


 ダンジョンホッパーの発した音によりこちらを見ていたアークミノタウロス達と目が合った次の瞬間、彼等は自身の立つ場所との高低差も気にする様子も無く一斉にその場から跳躍。器用にも私を取り囲むように着地して襲って来たのだ。


「いや! 確かに探すとは! 言いましたけども!? ──ちょっと多すぎるんじゃないですかねぇ!?」



 そんな流れで始まったアークミノタウロス達との一対五の戦闘。

 彼等の攻撃を躱し、捌き、その内の一体には大きなダメージを与えられたものの、結果として私は再び包囲され、更に洞窟からも距離を取らされてしまった。

 最初にコメントが心配していたように通路を利用して魔物を制限する事が出来なくなった今、私はこの不利な状況から逆転勝利を掴む他ない訳だ。

 ……まぁ、一応腕輪で一旦中層の境界に飛べば洞窟内からやり直せはするのだが、それは何か負けた気がするし、何よりこの洞窟から少しでも離れたら使えない手段だ。頼り過ぎないようにここは自分の実力で切り抜けなければ。


(そうと決まれば、先ずは──!)

「【ストレージ】! ──【エンチャント・サンダー】!」


 腕輪から取り出したのは中層でも使ったカラーボール……を参考に、私が自作した水風船だ。

 数百円で12個入りの風船セットに、『俺』の家の水道水を入れて作った便利グッズ。カラーボールよりもお手頃に数を用意できるのが魅力だが、一方でカラーボールの塗料のようにこびり付いてはくれないので即席ナパームにはやや向かないと言う欠点もある。

 とは言え、今回の用途に於いてはこっちの方が良いだろう。


「喰らえっ!」


 手に持った複数の水風船を、私の後方に回り込んだミノタウロス達に【投擲】する。

 この【投擲】と言うスキルは、一種の【心得】のように特定の技能をアシストするパッシブスキルだ。エンチャントとアイテムを組み合わせる事が多くなった為か、中層のスキル集め中に自然に取得できた。

 これにより正確な投擲できるようなっている私が放った水風船は、何かしらの不確定要素が絡まない限り狙い通りの場所に炸裂する。


〔上手い!〕

〔いや…〕

〔一つ躱されたか〕


 コメントが言う様に、生憎と一つは避けられてしまったが……三つはアークミノタウロスの角に突き刺さり、帯電する水をその全身に浴びせた。そして更に投げていた二つの水風船は地面に叩きつけられ、広範囲に水たまりを作る。こちらも当然帯電しており、無策に突っ込めば感電は必至……これで僅かな時間だが、最初に手傷を負わせた一体に対して集中できる時間を稼げたと言う訳だ。


「──【エンチャント・ダーク】!」

〔闇の力だ!〕

〔く……!力が溢れる……!〕

〔でた!一番エグイやつ!〕


 そして迅速な決着の為に、闇属性の魔力を纏わせる。

 こちらの効果も中層の探索中に検証し、その効果はリスナー達も知るところだ。


「行きます! ──【ブリッツスラスト】!」

「ヴァアアアアッ!!」


 ブリッツスラストは踏み込みと刺突の速度を強化するスキルだ。

 これにより最大約十m程ならば一瞬で距離を詰め、刺突を放つ事が出来る。【チャージ】より圧倒的に速度は早いが、効果時間が一瞬の為移動には使えない戦闘特化の速度強化スキルと言ったところだろうか。

 振り上げられた戦槌がその頂点に至るよりも早く、私の身体はその懐に潜り込んで居た。この時点で既にアークミノタウロスが持つ戦槌が活かせる距離よりも近い、超クロスレンジ……細剣使いにこれが出来るのが、このスキルの圧倒的な強みだ。

 そして胸に深々と突き立った『闇を纏うレイピア』を引き抜くと、纏っていた闇がその傷口に纏わりついたまま残留した。──これこそがエンチャント・ダーク……闇の魔力の特性。

 『浸透』し、『定着』し、『浸食』する。エンチャント・ダークの効果が続く限りこの傷口は再生されず、闇の魔力によって更に広がり続ける。

 魔力ダメージだから魔物の本体にもしっかりダメージが入るし、何より腕を切り落とす事が出来れば部位破壊も出来る。本来再生する腕も闇の魔力が傷口に定着している間は再生できない。その性質上どちらかと言うと『斧』とか『大剣』のように、大きな傷口を作れる武器の方が向いてる属性だが、そこはやりようだ。


「ヴウウゥゥゥ……ッ!!?」

「安心してください……その苦痛も直ぐに終わりますから。──【ラッシュピアッサー】!」

「……ァ」


 傷口が小さいのならば増やせばいい。

 全身に無数の穴を開けられ、闇の魔力を傷口に定着させられたアークミノタウロスは忽ちその全身を塵に変えた。

 ゴロンとその内側からまろび出たスイカ大の魔石が地面に転がるが──


〔ヴィオレットちゃん後ろ!〕

「ヴゥッ!!」

「甘い!」


 先ほどの水風船を回避して接近して来ていたアークミノタウロスが、自身の武器である槍のリーチを活かして刺突を放って来た。

 その気配を察知していた私はその攻撃を回避、一瞬カウンターも考えるが……


「ヴルルオォ!」

「く……っ!」


 その隙をカバーするように、大剣を持ったアークミノタウロスが割り込んで来る。

 割り込んできたアークミノタウロスの大剣はその持ち主ごと帯電しており、エンチャント・サンダーの効果がまだ継続している事を表しているが……


〔やっぱりこいつ等にはエンチャントサンダーが効きにくいのか〕

〔逆にアークミノタウロスがエンチャント・サンダーを使ってるみたいになってるな〕

〔そうか!体に電気を流せば俺もエンチャントサンダーを…!〕

〔↑普通に死にかねんからやめとけw〕

(ガチか冗談か分からないコメントには後で釘を刺すとして……やっぱり、アークミノタウロスには感電の効果が薄いのか……?)


 中層で戦った時もそうだったが、こいつ等は感電しても直ぐに動く。

 多少動きはぎこちなくなっている辺り影響が全く無いと言う訳でもないようだが、全ての魔物にエンチャント・サンダーの効果があると言ったような過度な期待はもう出来ないな。


「ですが、これでもう四対一……数を減らしてなお私にダメージが無い以上、もうそちらに勝ち目は──」




『リリィィーーーーーーーーーン!!』


 …………嘘でしょ?

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