第43話 渋谷ダンジョン『下層』
『攻略最前線』……数ヶ月前、この名誉と恩恵を巡ってこの渋谷ダンジョンで起きた騒動は、まだ私達の記憶に新しい。
その一件によって一つのクランが崩壊し、そしてそれとは別に一人のダイバーが期限付きの活動停止の処置を受けた。
その事件の『決着』の瞬間を成り行きで収めた私のアーカイブは瞬く間に拡散され、再生数は既に500万回超えと過去に類を見ない鰻登り。数多くの切り抜き動画が(ほぼ勝手に)多数作られ、ダイバー界隈での私の知名度は日本国内で五指に入ると言われる程になっていた。
そして、今も配信中の私の目の前には、これまでにも見て来た……しかし、そのどちらとも雰囲気の異なる大穴が一つ存在していた。
「とうとうこの時が来たんですね……ここまで長い道のりでした」
〔せやろか?〕
〔長い道のり(半年足らず)〕
〔普通最低でも数年間探索してから言うセリフなんだよなぁw〕
〔もう下層に突入するのか…〕
そう。私の眼前にぽっかり開いた直径5m程の大穴は、黒々とした液体が並々と満ちたように波打っており、その巨大な境界こそが『下層』の入り口なのだと如実に物語っていた。
感じる魔力の濃度も気配も、中層の入り口とは比較にならない……それはつまり、魔物の強さも桁違いに跳ね上がると言う事だ。
(そして何より……ここから先は殆ど全くの未知! 私にとってはここからがお楽しみであり、本番だ!)
こちらの世界に来て、初めて腕輪を受け取りに行った時の事を思いだす。
私がこのダンジョンに潜りたいと思ったのは、お金を稼ぐと言う目的の他に『未知』に対する探究心があったからだ。
しかし、インターネット技術が発展した情報化社会の中で『未知』と言う物はどんどんと少なくなっていく。ダンジョンも同じで、誰かが探索して配信に上げたエリアはダンジョンの構造から出現する魔物やその弱点までもつぶさに調べられ、ダンジョン協会のサイトやSNSに纏められる。
別にそれを悪い事とは思わない。それらの情報により助かる命があり、助けられた命がまた別の命の為に情報を持ち帰る。そのサイクルが機能していなければ、こんな命懸けの冒険がエンターテインメントとして成立したりはしないだろう。
だが、それとは別に私の中で満たされない所があったのは事実。
魔物が当たり前のように地上を闊歩する異世界で千年間生きてきた私にとって、予めネタバレされたエリアを歩くのは冒険ではなく観光だった。
『前人未踏』と言う響きが持つ魅力と、それを暴きたいと言う欲求……それにかられてダイバーとなった私は、あれから数ヶ月経った今、漸く満たされようとしているのだ。
「──さぁ、行きましょう!」
〔なんでちょっとワクワクしてんのこの子…〕
おっと、怪しまれない程度に表情を引き締めなければ……
「来ましたね……渋谷ダンジョン、前人未踏の領域──『下層』!」
〔これでヴィオレットちゃんが『攻略最前線』か!〕
〔↑まだや。ある程度下層を探索したと言う実績が居る〕
〔具体的には魔物の討伐とかトレジャーの回収とか〕
中層に降りた時よりも若干長い浮遊感の後、危なげなく着地した私が周囲を見渡すと、そこに広がる光景は中層ともまた一変していた。
黒曜石を思わせるごつごつとした黒い岩壁には所々に青白い明かりが灯され、やや薄暗いながらもこのエリアの光源として機能しているようだ。
私が今居るのはどうやらかなり大きめの広間になっており、頭上の境界から漏れた中層の明かりがスポットライトのようになっている。第三者視点で見れば、さぞ幻想的な光景に見える事だろう。まぁ、実際はかなり危険な場所なんだけどな。魔物からも目立つし……
「この光は、ランプ……では、無いようですね……」
取りあえずスポットライトから出て直ぐ近くの岩壁に近寄る。青白く灯る明かりに顔とカメラを近づけて観察してみると、どうやらぼんやりとした光を放っているのは岩壁から突き出した結晶のようだった。
〔あー、コレ余所から来てたダイバーがトレジャーと勘違いして引っこ抜いてたな〕
〔何やってんだアイツ等www〕
〔引っこ抜いた途端に光らなくなってちょっと薄暗くなるから放置安定っぽい〕
「成程、そうなんですね……」
むぅ……どうやらまだ完全な未知の領域と言う訳ではないようだ。
その事に落胆するが、リスナー達はこの落胆を『結晶がトレジャーではない』事に対する物と勘違いしたらしく、直ぐに励ますようなコメントが投稿されて来た。
〔まぁ言うてアイツ等もアークミノタウロスとちょっと戦ったところで逃げ出したからな。下層のトレジャーは手付かずよ〕
〔魔物を倒せればトレジャー独り占めのチャンスではある〕
「そうですね……先ずはリベンジも兼ねて、トレジャーのついでにアークミノタウロスも探してみましょうか」
……
「いや! 確かに探すとは! 言いましたけども!? ──ちょっと多すぎるんじゃないですかねぇ!?」
本格的な下層探索を初めてほんの数分後──私は五体のアークミノタウロスに囲まれていた。
〔撤退しよう!一旦!〕
〔命を大事に!〕
〔いや…でもコレ攻撃捌けてね…?〕
大剣の横薙ぎがしゃがんだ私の頭上を通過し、横に飛んだ直後の地面を戦斧が叩き割る。
鉄塊を思わせるメイスを踏み、突き出された槍の穂先を──
「──【エンチャント・ゲイル】!」
レイピアの周囲に渦巻く小規模な旋風で弾いて躱す。
中層のレベルアップで既にお披露目していた、『風』のエンチャントの能力の一つだ。
そして……
「ヴオオォォォッ!!」
「貴方は、隙だらけです!」
着地直後を狙って突進してきた二体目の戦槌持ちのアークミノタウロスの懐に飛び込んだ私は、すかさずスキルによる攻撃を叩き込む。
「──【螺旋刺突】!」
「オブグッ!?」
ラッシュピアッサーが素早い連続攻撃なら、こちらは全身全霊の一突きだ。
レイピアを覆った多量の魔力が螺旋状に回転し、刺突の威力を何倍にも引き上げるこのスキルは私の扱う属性の中でも特に『風』と相性が良い。その一撃は【細剣の心得】【エンチャント・ゲイル】の二つの効果によりブーストされ、レイピアが突き立った心臓部分を中心に生まれた竜巻状のかまいたちがアークミノタウロスの中枢をズタズタに切り裂いた。
「……これでまだ倒れませんか」
「フシューッ! フシューッ!」
〔でもかなり効いてないか〕
〔流石に一撃とはいかんかったけど、もう一発入れれば倒せそう…?〕
〔アークミノタウロスの攻撃も見切れてたし行けそう!〕
〔油断は禁物!〕
コメントをチラリと確認し、頷きで答える。
油断は禁物と言うのは勿論分かっている。しかし、それは向こうも同じようだ。
先程までは5対1と言う状況で油断していたアークミノタウロスの目つきが、今の一連のやり取りですっかり変わったのを感じる。
じりじりと間合いを確かめながら、アークミノタウロスが私を包囲するように回り込むのを確認し、視線を正面に戻す。
(大丈夫、気配は追える……先ずは、この正面のアークミノタウロスに止めを刺す!)
「──行きます!!」
この数ヶ月、中層で揃えたスキルの力を確かめさせてもらおう。
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配信者名:オーマ=ヴィオレット
レベル:測定不能
所属国籍:日本
登録装備(4/15)
・ローレルレイピア
・ダイバードレス(UMIQLO)
・セット:『お忍び令嬢コーデ』(UMIQLO)
・魔力式ランプ(ラフトクラフト)
ジョブ:■■ Lv46
習得技能/
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・■■
・■■■■■
・ラッシュピアッサー
・■■■■■■■
・■■■
・チャージ
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・螺旋刺突
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・投擲
・ブリッツスラスト
・細剣の心得
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