番外編 『古傷』②
前話の最初に消し忘れていたメモが残っていたので、削除しました
次回で番外編は終わり、次々回から本編再開です
「──と言う訳で、何とかならないか!?」
「また随分と急な話ですね。今週金曜日の16時からですか……」
確かに私に用事らしい用事なんて配信以外に無いから、土日と水曜日以外は空いているには空いているが……
因みに今は火曜日の18:30を少し回った所なので、準備に充てられる期間は実質水曜日と木曜日、そして金曜日の午前中くらいまでだ。
「土日にも配信するオーマ=ヴィオレットの姿で行く訳にも行きませんし、そうなると専用の装備が必要になりますよね……」
手頃なお値段で有名なUMIQLOで済ませるにしても、今回だけの為に数万円の出費は少し懐が痛むな。……晴れて中層ダイバーとして稼げるようになったとはいえ、それもつい一昨日の話だ。まだその恩恵を十分に実感できていないのもあって、少ししり込みしてしまう。
「装備に関しては問題無い! 俺が大学のサークルから備品の装備を借りて来たから」
そう言って自身の腕輪から『俺』が取り出したのは、金属製のブレストプレートを始めとした装備一式だ。
金属製の装備一式と言っても分厚さはそれ程でもなく、中層では間違いなく通用しそうもない。作りも見るからに簡素な量産品で、まぁ安物だろうなと直ぐに分かる代物だ。
まぁ『俺』の話によれば、今回は浅層で春葉アトの親友が魔物相手に問題無く戦えるかの確認がメインになるようだし、この程度の装備でも問題は無さそうだが……
「このサイズだと、身長は170cm前後かな? だとすると──」
そこで言葉を区切り、私は【変身魔法】で以前も使用した姿に化ける。
「……うん、今のボクの姿なら丁度着れそうだね。ただなぁ……」
確かこの姿は、以前春葉アトが彼女の配信で『見たかった』と愚痴をこぼしていた姿だ。当日トラウマ持ちの親友が心配で一緒に来る事が簡単に予想できる彼女の前にこの姿で行くと、もしかしたら面倒な事になるかも知れないし……
「? それなら顔だけ適当に変えれば良いんじゃないか?」
「……簡単に言ってくれるね。前に話しただろう? 【変身魔法】は複雑な物ほど再現と維持が難しいんだよ。今までボクが化けていた顔だって、向こうの世界で手配書をすり抜ける為に使い慣れていたから化けられていたってだけなんだよ」
どうやらつい思考を言葉に出してしまっていたらしい。『俺』が簡単な事のように提案してきたが、『変身』と言うのはそんなに簡単な魔法じゃないのだ。
一応モンタージュのように、今まで化けて来た特徴を組み合わせる事も出来るには出来るし、凡そ千年間に渡る逃亡生活……その間に様々な姿になって来た事もあって流石に顔立ちのバリエーションもそれなりに豊富だが、170㎝程の長身女性に合う顔立ちとなると中々無いんだよな。
……まぁ、ここは無難に髪型だけ変えて誤魔化すとしようか。
「……どうかな? 無難に金髪のショートボブにしてみたけど」
「おお……髪型一つで印象変わるな。それなら多分大丈夫じゃないか?」
どうにも適当に相槌を打っているだけにも見えるが……まぁいい。もしもバレて面倒事になったとしても、今後この姿になるのを控えれば良いだけだ。
『ボク』と知り合いと言う事になる『俺』にも面倒事が降りかかる気もするけど、流石にそこまでは面倒見切れないし。とは言え、出来る事はしておこうかな……
「……うん、取りあえずこれで顔も少し隠れるだろう」
「ローブか。……そう言えば、最初の頃も良くそのローブで顔を隠してたよな」
「向こうでは定番の装備だったからね。作りもシンプルだし、顔を隠すならコレってイメージが消えないんだよ」
兎にも角にも、これで準備は整ったと言えるな。
春葉アトには色々と助けて貰ったし、恩を返す意味でもこの話は受けようと思っていたのだ。しり込みしていた理由も出費が主な理由だったし、それがこうして解決したとなれば断る理由も無い。
「それじゃ、金曜日はこの姿で行くとするよ」
「! 助かる! 今度何か奢るよ」
「それはありがたいけど、君だって学費とかの事を考えればまだ余裕があるとは言えないだろう? 大丈夫なの?」
「ああ……まぁ、あまり高い物じゃなければ……」
「はいはい。それじゃあ当日の帰りに、ちょっと甘い物食べに寄り道でもしようかな」
そんなこんなで話は纏まり──三日後。
「貴女が助っ人のダイバーさん……ですよね? 今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
渋谷ダンジョンのロビーにて、予想通りについて来た春葉アトと言葉を交わす。
この姿では初対面だし身長的にも年上に見えるからか、やや丁寧な挨拶をされたのでこちらも軽く頭を下げて挨拶を返す。
口数が少ないのは、出来る限り今の私の印象を薄める為だ。それに、あまり話さない性格と思われた方がボロも出にくいし。
「……? あれ、前にどこかで会ったっけ……?」
「え……いえ、そんな事は無いと思いますが」
(やっぱ怖いよこの人!? 身長も声も違うのに!?)
「アトちゃん、失礼だよ」
「っと、ゴメンなさい! 先ずは紹介だよね。この子が──」
これもう勘が良いとかのレベルじゃないよ。やっぱり彼女に油断は禁物だと再認識する。
内心ビクビクしながら彼女の追及を躱していると、春葉アトの後ろに居た女性が彼女を宥めてくれた。そして春葉アトがその女性を紹介するように手で示すと、その先を引き継いで女性が私達に自己紹介をしてくれた。
「あの、百合原咲です。ジョブはメイジ、水属性です。本日はよろしくお願いします」
百合原咲と名乗った彼女だが、聞いた話によるとこれがダイバー名らしい。
そして水属性のメイジ……水魔法使いとの事だが、その恰好は全身を華美な甲冑で固めており、見るからに騎士と言った風体だ。
武器もどうやら槍のようで、その出で立ちは音に聞く春葉アトの奇行を思わせる。……もしかしたら、ラウンズの習わしなのかもしれないな。
そんな彼女は顔の右半分を不自然に下ろした前髪で隠しているが、表情や物腰からは不思議と暗い印象は受けない。
声のトーンは静かで落ち着いているが聞き取り辛いと言う事も無く、言うべき事はハッキリ言いそうな雰囲気だ。
「俺のダイバー名はソーマ、ジョブは剣豪です。それで、こっちが前にお伝えした俺の知り合いのダイバーで──」
「バイオと呼んで欲しい。よろしくね」
私もすっかり忘れていたが、『ソーマ』と言うのは『俺』──『蒼木斗真』のダイバー名だ。以前一度ステータス画面を見せて貰った時に、そんな名前を見た気がする。
そして私が名乗った『バイオ』と言うのは……
「……バイオ? 聞いた事ないダイバー名だね」
「済まないが、ダイバー名は秘密にさせて欲しい。個人的な都合で悪いけど」
と言うように、本名でもダイバー名でもない偽名として使った名前だ。後でダイバー名で検索掛けられても困るしな。
「ふーん……? まぁ、いいや。ソーマくんの紹介なら信頼できるよ」
「……前々から思ってたけど、凄い信頼されてるね? ソーマ」
「ああ。正直心当たり無いんだけどな……」
ホントかよ。親友をダンジョンに送り出す時のメンバーって相当だと思うけど……
まぁ、今は良いか。とにかく自己紹介はこんな感じで済ませ、私達三人は早速ダンジョンに入る事に。
「気を付けてねー!」
「もう、大袈裟だって……!」
浅層に行くダイバーを見送るとは思えないエールを背に、随分と久しぶりにダンジョンの入り口を潜るのだった。
そして、肝心の百合原さんのトラウマに関してだが……
「っ! ゴブリンが五体、いますね」
「うん。……どうですか? 今のところは」
「多分……大丈夫だと思います」
ゴブリンとは言え、魔物に対する苦手意識があるにしては落ち着いているように思える。
錯乱はしていないし、脚も震えていない。最初にビクッとしたのは、きっとダンジョンが久しぶりだった事による物だろう。
『俺』と話し合ってそう結論付けた私達は、一先ずゴブリンの相手を彼女一人に任せる事に。
「落ち着いて、先ずは感覚を取り戻す事を目的に戦ってみてください」
と『俺』が指南する。実際に魔物からの殺気を受けた時に硬直してしまったり、過度に動揺してしまわないかの確認だ。
彼女も『俺』の言葉に素直に従い、直ぐに倒す事はせずにしばらく様子を見ながら一体一体丁寧に倒していく。
一見何の問題も無く順調に思えたが、最後の一体からの攻撃を回避する時の事だ。
上段からの振り下ろしを回避する為に身体を大きく動かした瞬間、彼女の前髪が大きく揺れた際に百合原さんは僅かに動揺して髪を手で押さえたのだ。
その後は問題無くゴブリンに止めを刺していたが、今の一瞬で顔の傷が人に見られる事を恐れている事が私達にも直ぐに伝わった。
──どう見る?
──上層では十分大きな隙になる。
互いにアイコンタクトで意見を交わす。
ゴブリン程度なら問題無い程度の隙だが上層では群れと戦う事が多い為、彼女が一人で潜るとなると僅かに不安が残る。少なくとも中層以降は通用しないだろう。
どうやら今の戦いで、彼女の抱える問題が一つハッキリと見えたようだ。