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第40話 パラディン

「えっ……!?」


 呆然とした様子の春葉アトに振り返る事もせず、私はとにかく駆けた。

 何せ、この数秒間でエンドは一気に不利に陥っており、少しでも迷えば命取りになりかねなかったからだ。


〔ちょっと待って流石に相手が悪いって!〕

〔中層に突入したと思ったら下層の魔物に喧嘩売るってどうなってんだよ!?〕

〔エンドなんか見捨てても良いって!〕

〔どうせアイツだってヤバくなったら腕輪で帰るって!〕


 リスナーの反応は概ね予想通りだ。

 中層に来たばかりでイレギュラーケースに遭遇するなんて、当然私も想定外の緊急事態。何の策も用意してないし、中層ダイバーとして怪しまれない程度に能力をセーブした状態では、あのアークミノタウロスに対してどこまでやれるかなんて分からない。

 安全を考えればアイツが腕輪を使うように呼び掛けるのが一番なのだが、多分今のエンドの頭の中には『撤退』なんて選択肢は浮かんでない。何故なら……


(この匂い……! さてはアークミノタウロスを境界から引き離す為に香を焚いたな!? 何て馬鹿な事を!)


 香の効果は魔物も人間も区別しない。興奮状態に陥り、判断力を鈍らされるのはアークミノタウロスだけじゃない事くらい、想像出来なかったのだろうか。

 ……いや、もしかしたら承知の上で使ったのかも知れない。

 もしも、フロントラインが下層へ続く境界を既に見つけていたとしたら。そして、アークミノタウロスが最後の障害だったとしたら……


(やりかねない。フロントラインにもエンドにも、もう後は無いのだから)


 彼らの詳しい作戦は知らないが、無謀な事には変わりない。現にこうして春葉アトに前を塞がれ、計画は頓挫した。

 いや、寧ろ彼らは幸運だったとさえ言える。何せ春葉アトがここまで来ていなければ、彼らの前を塞いだのはここに来るまでに春葉アトが狩った魔物のいずれかだったのだから。

 それこそトラップスパイダーやダンジョンワームに遭遇して、問答無用で殺されてもおかしくなかったのだ。だから──


「畜生ッ! 春葉アトの野郎が邪魔さえしなければ……っ!」

「良い加減……反省しろッ!」


 春葉アトに既に助けられている事にも気付かず、その上くだらない自尊心の為に責任転嫁すら考える馬鹿の頭を背後から掴み、その膝を裏から蹴りつけた。


「──なっ!? うおぉっ!?」

〔いや草〕

〔流石に草〕

〔私怨入ってるなwまぁええか〕


 バランスを崩して倒れたエンドの直ぐ目の前を、アークミノタウロスの振るった戦鎚が掠める。

 あわや即死もあり得た現状を理解したエンドは、蒼白な顔で私へと振り向いた。


「お、オーマ=ヴィオレット……っ!? で……でかした! よくやった! そうだ、褒美にフロントラインに入れてやっても──」

「沈む船に乗る趣味はありません! 大体、私は貴方を助けに来たんじゃない!」

「なっ!?」

「さっさと前を見なさい! それとも、安全圏まで蹴り飛ばしてあげましょうか!?」

「ち……ッ! 生意気なクソガキが……!」

〔コイツどの面下げて……〕

〔そらそうよ〕

〔残念でもないし当然〕


 これで良い、一先ずはこれで持ち直した。後は……


「ヴゥヲオオォォォォッッ!!」

「ふぅ……やっぱり、怒ってますよねぇ……」


 エンドを助けた事が原因だろうか、アークミノタウロスの敵意は私に向いた。蒸気のように吹き出した鼻息が、髪を僅かに靡かせる。


「──【エンチャント・サンダー】」


 ローレル・レイピアに雷が迸り、バチバチと音を立てる。その瞬間──


「く……っ!」


 殆ど予備動作を挟まずに振り降ろされた戦鎚を、咄嗟のバックステップで回避する。

 直後、戦鎚がダンジョンの地面を叩き割って半ば埋まった事で生まれた一瞬の硬直をついて、素早くレイピアを突き出した。戦鎚のリーチ分距離がある為、アークミノタウロス本体にはここからでは届かない。だから、私の狙いは……


「ブルルォオオッ!??」


 振り切った直後の戦鎚だ。未だに地面に埋まっているヘッドに流れた雷は金属製の柄を伝い、アークミノタウロス本体も感電させる。


「──隙ありッ!」


 一瞬の筋肉の硬直。無防備を晒した間隙を突く為に、今度はこちらから攻めるべく一気に距離を詰める……が。


「──ッ!」

「なっ……!?」

(硬直が、短い!?)


 キッ、とこちらを睨むアークミノタウロスの目が細くなる。

 笑ったのだと私が理解する頃には、既にアークミノタウロスは戦鎚から離した右手で拳を作り、こちらへと振るっていた。


(マズい! 回避が間に合わない!)


 たとえ攻撃をもろに受けたとしても、あくまで素手の一撃。魔族である私は死なないだろう。

 しかし、ここには勘の鋭い春葉アトもいるのだ。この拳を受けてピンピンしている姿を見られた暁には、私の正体がバレる可能性だって……


「──【ノブレス・オブリージュ】ッ!」


 その時、後方から彼女の声が響いた。そして次の瞬間、何かが爆発したような音とほぼ同時に……


「……ゴメンね、ヴィオレットちゃん。ちょっとだけ、決心が遅くなっちゃった」


 迫る鉄拳の前に身を挺した春葉アトは、アークミノタウロスの一撃を片手で受け止めて微笑んでいた。



「あの人は私が助けます。だから……アトさんは、私を助けてください」

「えっ……!? ちょ、ちょっと!?」


 一方的に告げたヴィオレットちゃんは、そのまま私の返答も待たずにアークミノタウロスの方へと駆けて行く。きっと、私が助けてくれる事を信じてくれているからだ。

 だけど……まだ心の整理が出来ていなかった私は、すぐには動けなかった。

 ヴィオレットちゃんが私の為にあんな事を言ったんだって事は分かってる。

 でも……それでも……


(なんで……なんで貴女はあんな男を助ける為に命まで賭けられるの……?)


 貴女だって、フロントラインに命を狙われたのに……


「お、オーマ=ヴィオレット……っ!? で……でかした! よくやった! そうだ、褒美にフロントラインに入れてやっても──」

(ほら、そいつはそんな奴なんだよ。助けられても恩なんて感じてない。改心なんて……)


 感謝するどころか、こんな状況で上から目線の勧誘までするエンドを見て私の迷いは更に大きくなる。だけど……


「沈む船に乗る趣味はありません! 大体、私は貴方を助けに来たんじゃない!」

「なっ!?」

「! ──ふ、ふふ……っ!」


 行動は明らかに救助だと言うのに、まるでそんな雰囲気にならない彼女。そんな一瞬のやり取りに、私は思わず吹き出した。

 私よりもずっとダイバー歴の短い後輩に『こうすれば良いんだ』って、そう教えてもらった気がしたのだ。


 ……不思議な子だと思う。あの子は探索を心から楽しんでいて、未知に対する期待と探究心の大きさは見る者に初心を思い出させてくれる。

 だけど、その一方で彼女の配信を見ていると、ダンジョンに慣れていると感じる事が多い。初配信の直前、どこで配信すれば良いのか悩んでいたのが嘘のように、探索を開始してからの彼女は一度も躓かなかった。

 初心者でありながらベテランであるような、危うさと頼もしさが同居している様な佇まい。それはあの日、私が期待した姿とは違ったけれど……


(それでも……ううん。そんな貴女だからこそ、私の理想を成就させてくれるかも……なんて)


 ……そうだ。あの子が助けたいと思ったのは、エンドなんかじゃない。あの子が守ろうとしたのは……ううん、守ろうとしてくれたのは……


(情けないなぁ、私。あんなに小さい子に助けて貰って、励まして貰って……)


 このままじゃ、先輩としても聖騎士としても失格だ。それは嫌だな……うん、それは嫌だ。

 だってこの在り方は、私がずっと憧れて……どんな偶然か、腕輪が与えてくれた私の理想その物なんだから。


(ごめんね、ゆぅちゃん。後で貴女は怒るかも知れないけど……──私は自分の理想を貫くよ!)

「──【ノブレス・オブリージュ】ッ!」


 発動したのは、パラディンの持つ強力無比な()()()()()()()

 30分の間、私の『全て』を強化するスキルだ。効果は私のレベルが高い程に研ぎ澄まされ、その反動も同様に重くなる。……だけど、あの子には私の全力を見せたいと──見せるべきだと思ったんだ。


「……ゴメンね、ヴィオレットちゃん。ちょっとだけ、決心が遅くなっちゃった」

「アトさん……! いえ、全然大丈夫です!」

「そこで見ていてね。直ぐに終わらせるからさ」


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配信者名:春葉アト

レベル:87

所属国籍:日本

登録装備(5/15)

・魔合金のハルバート(L・E・O)

・聖騎士の甲冑セット(オーダーメイド:L・E・O)

・魔力式探索ランプ(ラフトクラフト)

・聖騎士の兜(オーダーメイド:L・E・O)

・チェーンメイル(UMIQLO)


ジョブ:パラディン Lv66

習得技能/

・光魔法の心得

・グリッターオーブ

・フルスイング

・ヒール

・パワースラッシュ

・レイ

・ウェポン・ガード

・斧槍の心得

・騎士の宣誓

・盾の心得

・スピンスラッシュ

・騎士道精神

・守護者の見切り

・スティグマ

・ノブレス・オブリージュ

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 もう迷いは無い……反撃開始だ。

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