第38話 蘇る過去
パラディン最強説。それは数年前、春葉アトがそのジョブを『クレリック』から『パラディン』に派生進化させた時にネット上を騒がせた一説だ。
クレリックの回復魔法、光の攻撃魔法を使える【光魔法の心得】、防御を固めて自身と仲間を守るパラディンの習得スキル群、威力と範囲攻撃に優れるハルバートをサポートする【斧槍の心得】……物理魔法、攻防全てに隙が無く完成されたジョブとしてパラディン・春葉アトは注目された。
彼女の後に続こうと多くの魔導士系、杖使い系のジョブを持つダイバーがハルバートを担ぎ、ダンジョンに突入する姿も珍しくなかったと言う。
しかし──結果として【斧槍の心得】を発現したダイバーは多かったのにも拘らず、その誰一人としてパラディンに至る事は無かった。パラディンに進化する具体的な方法は、今日に至るまで不明のままなのだ。
それ故に春葉アトと言うダイバーは多くの羨望を集める事となり、彼女の配信アーカイブはデビュー時の物から最新の物まで再生数を数千万単位で増やし、多くの者がそれぞれの敬意を込めて彼女を呼称するようになったのだと言う。
『聖騎士』『パラディン』『選ばれし者』『開拓者』『我が道を行く者』『生ける伝説』『推しになったオタク』『円卓の騎士』……それはもう彼女を指す言葉はネット上にありふれている。
──そんな彼女は今……
「うわ! 凄いねコレ! なんかいつもよりハルバートが軽く感じる! ダンジョンワームも豆腐みたいに切れちゃった!」
感動と興奮をその全身で表しながら、何度も何度もハルバートをフルスイングで素振りしていた。
「え、えぇ……?」
〔これどっちがヤバいんだ?エンチャント?春葉アト?〕
〔どっちもだと思うけど、多分春葉アトの方がヤバい〕
たったの一撃……それも、スキルを使わない薙ぎ祓いでダンジョンワームは塵に還った。私の攻撃では何十発と必要だったのにも拘らず。
確かに私の武器であるレイピアと比べて彼女の武器であるハルバートは一撃の威力も高く、広範囲の攻撃が可能である分より深い傷を与えられるだろう。だがしかし、先程の一撃はエンチャントの補正を知り尽くしている私の目測を大きく逸脱していた。
私が春葉アトの能力を見誤ったと言う可能性もあるが、恐らくそれだけではないだろう。『ハルバートが軽く感じる』という彼女の言葉を信じるのなら、間違いなくただのエンチャント以上の付与効果を得ている筈だ。
(──あれ、待てよ? その効果って確か……)
その言葉に一つ思い当たるスキルがあった。もしも『そのスキル』とエンチャントが相乗効果を持つのなら……
「あの、アトさん。一つお聞きしたい事が……」
「──ゴメン、ヴィオレットちゃん! あたし、ちょっと先に行ってるね! エンチャントの効果切れるまで暴れて来る!!」
「えっ!? ちょ、ちょっと……!?」
引き止めようとつい伸ばした手はまるで届かず、彼女はその重装備からは考えられない速度でダンジョンの奥へと向けて駆け出してしまった。
「えぇ……?」
〔嵐のように去って行ったなwww〕
〔お前も脳筋なのか…〕
〔元々結構こう言うとこあったからなw〕
〔もしかして→【エンチャント・脳筋】〕
〔脳筋の原因はエンチャントにあった…!?〕
〔強い力に伴う代償って訳か……〕
「そんな訳無いでしょう!?」
こう言う時すかさず茶化してくるコメントに噛み付きながら、一方で冷静な頭で彼女の行動について考える。
あの時、一瞬だけ見えた彼女の表情。アレはもしかして……
(思い違いだと思いたいけど、多分そうじゃない……何処までが想定内だったのかは分からないけど、まさか彼女がここにいた目的って……!)
私は彼女が明らかに中層で留まらない実力を持ちながら攻略最前線を目指す事無く中層に留まる理由は、最前線に興味が無いからだと思っていた。勿論それもあるだろう。あくまで彼女がダンジョンに潜る目的は趣味の為……ダンジョンを攻略する事で得られる名声ではない。
しかし、名声に報酬と言う形で付いて来る様々な恩恵までも意味もなく放棄するだろうか。その資金があればもっと効率的に稼げるし、彼女達の推し活も捗ると言うのに……
そしてもう一つ……彼女が私の配信で過去のラウンズの事件を語った事も気になっていた。
風化しつつあった事件……それをこのタイミングで蘇らせた理由は、多分『時が来た』からだ。──彼女が中層に留まってでも待ち続けた好機が……
◇
(ゴメンね、ヴィオレットちゃん……貴女の事を巻き込むつもりは無かったんだ。本当に……)
駆ける。普段よりも軽くなったハルバートを一振りすれば、立ち塞がる魔物は即座に真っ二つになって塵と化す。
魔石は拾わない。必要ない。今は私の目的を果たす為に、一分一秒が惜しい。
(忘れようと思った事もあった。皆も気にしてないからって慰めてくれた……でも、やっぱり私はダメだった!)
あの時の出来事は私の心に深い傷痕となって、今も鮮明に残っている。
当時は辛うじて飲み込んだ激情……それを今になって抑えられなくなったのは、きっと心の奥底でこう言ったチャンスを待ち続けていたからだ。──フロントラインが馬脚を露す、この時を。
(アイツ等の工作の所為でラウンズのメンバーから怪我人が出た……嘘は言っていない。ただ、その規模とメンバーの詳細を隠しただけ)
怪我をしたメンバーの一人は『ラウンズ・サーガ』を私に教えてくれた中学からの親友で、その怪我は全身に及ぶ裂傷……無理して潜った中層で、トラップスパイダーとダンジョンワームに襲われた事が原因だった。
ダンジョンワームに捕食された際、運良くその牙に腕輪を覆っていた糸が引っ掛かり外れた事で脱出できただけで、ほぼ間違いなく死ぬような状況。協会の医療班でも傷痕を綺麗に消せないような深い傷と、瀕死の容態で彼女は何とか生き延びたのだ。
……だけど、それだけだった。
彼女はもう二度とダンジョンには潜れなくなった。日常生活は問題無く行えるものの、トラウマが原因で魔物と戦えなくなってしまったのだ。ラウンズもまるで逃げるように抜けてしまい、大学が別だった事もあって疎遠になってしまった。
全身に残った傷痕が原因で、趣味だったコスプレも止めてしまったと後に本人から聞いた。
(やっとだ……やっと見つけたんだ!)
そんな彼女をもう一度見つけられたのは本当に偶然だった。
少し前、渋谷のワックに現れたガウェイン様そっくりの女性が私達を引き合わせてくれた。……いや、彼女が直接仲介してくれた訳ではなく、偶々同じ人目当てで同じタイミングにワックに居たと言うだけなんだけど。……それでも久しぶりに言葉を交わした。
やっぱり今でもダンジョンは怖いと言う。だけど、探索配信を楽しめる程度には心の傷も癒えて来ているようだった。
ダンジョンワームに捕食された時に無くしたスマホも買い直しており、改めて連絡先を交換できた事で再び交流が出来るようになった。
……そんな矢先だった。フロントラインの一人が、私の推しダイバーであるヴィオレットちゃんに攻撃を仕掛け、返り討ちに遭ったのは。
そしてニュースに取り上げられた事で今、フロントラインは疑惑の目に晒され、過去一番の窮地に立たされている。
(奴等にはもう道はたった一つしか無い! 無理やりにでも下層の入り口を見つける事……そして、下層の探索による功績で協会を黙らせ、名声で世間の疑いを塗りつぶすしか挽回の道は無い!)
──だから今しかないのだ。私の……ラウンズの復讐の機会は。
奴等は先ず下層の入り口を見つける事を目的に探索を進めるだろう。その後は数回の調査を行ってから、万全の準備を整えて下層に入る筈だ。奴等だって事前情報を集めずに下層に突入する程、愚かではないだろう。だけど……
(──そんな余裕は与えない! 奴等には何が何でもやって貰う! 奴等がラウンズの皆にさせたような、無謀な探索を!)
皆が味わった恐怖を、魔物から受けた暴力を、その理不尽の全てを受けて貰う。同じ目に遭って貰わなければ、私の気が済まない。
再び燃え上がった激情が私を突き動かす。ヴィオレットちゃんの配信でラウンズの過去を話したのは、私なりのメッセージだ。
私はあの時の事を忘れていないと言うメッセージ。仲間へと……嘗て仲間だった皆へと向けた誓いであり、きっと配信を見ている怨敵への遠回しな宣戦布告。
「今、止めを刺してあげるよ……あんな真似してまでアンタ達が欲しがった、パラディンの力で!」
その為に私はずっとアンタ達の後塵を拝す事に甘んじたんだ。後ろからじゃないと、アンタ達を追い立てる事が出来ないからね。