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第36話 ソロ殺し

「あれ? あの背中ってもしかして……」


 ダンジョンワームを倒してから数十分。

 何度か戦闘を熟しつつ中層を進んでいると、ちょっと前にも見た背中が見えたので呼びかけた。


「アトさん!」


 全身を包むファンタジー風の騎士鎧、マントの上から背負ったハルバート。紛う事なく、春葉アトの背中だった。

 こちらの呼びかけに振り向いた彼女は、私の姿に気付くとパッと笑顔を浮かべた。


「ん? ──あ、ヴィオレットちゃん! もう中層に来てたんだね」

「はい、今日からです。アトさんも探索してたんですね」

「うん。訳あって、今日は配信してないんだけどね」


 そう言う春葉アトの周囲には、確かにドローンカメラの類いは存在しておらず、完全なプライベートであった事に私は漸く気付いた。


「あっ、すみません! もしかして、私の配信に載ってしまうのは迷惑でしたか?」


 彼女の事情を察せなかった事に謝罪すると、彼女は笑顔のまま手を振ってそれを否定した。


「いやいや、探索してたらこう言う事は珍しくないし平気だよ。それにしても……近い内に来ると思ってたけど、流石にここまで早いのは想定外だったな」

「ちょっと様子見に来たんですが、魔物と戦ってみて結構行けそうかなって」


 軽くここまでの経緯を伝えると、春葉アトは私の全身を見て試すような視線を向ける。


「へぇ~……でも油断は禁物だよ? そんな軽装じゃ、魔物の攻撃を一度受けただけでも医療班のお世話になっちゃうし。……因みに、どんな魔物と戦ったの?」

「あ、はい。ダンジョンワームを倒しました!」

「えぇっ!? それは、凄いね……あの魔物結構暴れるから、軽装だと本当に危ないんだけどな」

「はい! ですから暴れさせないように工夫して倒しました!」

「え、えぇ……? まぁ無事なら良いか……配信中みたいだし、取りあえず詳しい内容はアーカイブ見せて貰うね」

「チャンネル登録もお願いしますね!」

「あはは、ちゃっかりしてるね~! もう登録してるから大丈夫だよ」


 そんな風に話していると、ここで再び私を観察するような視線を向ける春葉アト。今度はどうも私の顔を注視していたので「どうかしましたか?」と尋ねると、彼女は安心したように頷いた後に答えてくれた。


「ほら、最近ヴィオレットちゃんってフロントラインに狙われてたじゃない? 昨日の配信で犯人が逮捕されたとは言っても、結構精神的に傷付いてたりするかもって心配してたんだけど……うん、大丈夫そうで安心した」


 そう語る彼女に、少しばかりの違和感を覚えた。

 そもそも私と彼女はそこまで親密な関係という訳ではない筈だ。何度か助けてくれた事は当然感謝しているし、人の良い性格なのだろうとも感じている。

 しかしそれでも同じクランに所属している訳でもない私の身を、どうしてここまで案じてくれるのか……そんな疑問が顔に出ていたのだろう。彼女は少し考えてから、ポツポツと語り始めた。


「……実はね、前にあたしのクランも被害に遭ったんだ。フロントラインから」

「アトさんのクランがですか……?」


 彼女のクラン『ラウンズ』は最前線を目指すようなクランではない。主にラウンズ・サーガのファンが集まり、互いに活動を支援したり、談笑したりがメインのクランの筈だが……


「そうだね……いい機会だし、話しながらちょっと探索しようかな」


 そして流れで彼女と共に中層を探索する事になり、私は彼女の過去を少しだけ知る事になった。


「切っ掛けはあたしが『パラディン』ってジョブになった事だった。ジョブの派生進化は当時もいくつか確認されてたんだけど、パラディンみたいに魔法と武器スキルを使いこなせるジョブは存在しないものと言われてたんだ。当時から最前線を独占していたフロントラインは、その地位をより盤石にしたかったんだろうね……パラディンに成る方法を調べる目的で、仲間の一人をあたしのクラン『ラウンズ』に潜り込ませて来たの」


 要するにスパイを送り込まれた訳か。

 詳しく聞いたところ、当時のラウンズは今よりも簡単に入る事が出来たらしい。

 『ラウンズ・サーガ』にあまり詳しくなくても、『興味がある』と言えば細かい面接も無しに迎え入れていたのだとか。

 しかし『クラン内の交流でファンになって貰えれば、ラウンズ・サーガ界隈ももっと盛り上がる筈』……そんな性善説に基いた彼女の信頼は、その後直ぐに裏切られる事になった。


「でも、その人は結局パラディンに成れなかった。そこで次にフロントラインが目を付けたのがあたし」


 パラディンに成る方法が分からないのであれば、既にパラディンに成っている者をスカウトする。そんな考えだったのだろう。

 しかし、彼女がダンジョンに潜る理由もクランを結成した理由も、全ての根幹はラウンズ・サーガにある。当然彼女はそれを理由に断った。しかし──


「それからと言うもの、クランメンバーの中で無茶な探索をする子が増え始めてね。あたしが見ていない所で中層に無謀な探索を敢行したり、浅層にようやく慣れたって子が上層に突っ込んだりね。怪我人だって何人も出ちゃってさ……あたしは勘が良いから、それを聞いて直感したんだ。フロントラインが送り込んだスパイが、裏であれこれと工作していたんだって」


 協会の抱える医療班から怪我の治療を受けたクランメンバー達から話を聞いたところ、そのスパイは『もっと効率よく稼げる』『君の実力ならもっと先に行ける』と誘導して無茶な探索をさせていたようだ。

 当時はラウンズ・サーガのイベントが多かったのも災いしたらしい。一時的に金欠になったメンバーに、その提案は魅力的に映ったのだ。


「あたしに言ってくれれば、日程を合わせてサポート出来たのにね……話してくれなかったんだ。『アトさんにはもうずっと助けられてきたので!』ってさ」

「……」


 狙いはラウンズ内での事故を誘発し、彼女のクランを内部から崩壊させる事だったのだろう。そうして弱った彼女を勧誘すれば、次は成功するかもしれない……或いは、脅してでも引き入れるつもりだったのかも知れない。

 そうまでして手に入れたい程、当時の彼女と『パラディン』は注目されていたのだ。


「その後クラン内で調査して、そいつの工作の証拠を集めて追い出したまでは良かったんだけど……何人かのメンバーは嫌気が差してクランを抜けちゃったんだ。その後直ぐなんだよ。ラウンズの入団希望者に、あたしが直々に面接するようになったのは」


〔そうだったんか〕

〔当時も言ってたな…あの時はフロントラインのスパイとかは説明してなかったと思うけど〕

(コメントの内容的に、どうやらこの事を知っているのは本当に一握りのようだ。……どうして春葉アトはこの事を今話したんだろう)


 彼女の話を聞いた事で、寧ろ新たな疑問が生まれた。

 恐らく当事者しか知らない筈の、ラウンズの過去……当時は隠した筈の秘密を打ち明けた理由についても聞きたかったのだが……


「っと、あはは……ごめんね、なんか辛気臭い雰囲気にしちゃって。やめやめ! 折角の突発コラボなんだもん!」

「えっ、コラボ?」


 これってコラボ配信だったのか、とまた新しい疑問が過ったその時……通路の角を曲がったところで突然春葉アトが足を止め、同時に私の前に腕を出して歩みを止めさせた。


「──ちょっと止まって。あそこ見て……厄介なのが居る」

「アレって……『トラップスパイダー』!?」


 彼女がハルバートで指し示したのは、天井付近に巣を張った白い蜘蛛の魔物だった。

 その姿を認識した途端にコメント欄に緊張が走る。それも当然だ。何故ならこのトラップスパイダーの別名は……


「『ソロ殺し』って奴だね。まぁ、あたしが居れば大丈夫だから、今のうちに慣れちゃおうか!」

「はい!」

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