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第35話 中層の洗礼

 ダンジョンワーム。その名が表すように、ミミズのような姿をした魔物だ。

 ただし頭部と思しき部分には巨大な口を備えており、それを縁取るようにこれまた巨大な牙が生えている。その牙で土どころか岩でさえも抉り取って丸のみし、腹ですり潰して食らうと言うのがこの魔物の生態だ。

 それを示すように、奴の腹からは先程食らったダンジョンの一部がゴリゴリとすり潰されるような音が微かに聞こえてくる。

 まさにミミズを巨大にした様な魔物だ。そしてミミズと同じ特徴として一つ、補足するべき事がある。

 それこそがダンジョンワームの最も厄介な所であり、脅威なのだ。


「マズい、()()()()()()()()()()()()()……っ!」


 私がそう口にするや否や、ダンジョンワームの頭部は私ではなくミノタウロスの方へと向けられ──


「ブオオォォッ!! グオオォオォォッ!!」


 多少の抵抗はしたものの、ミノタウロスは呆気なく()()()()()()()()()()()()()()()()()()


〔ダンジョンワーム:

 強靭な顎を先端に備えたミミズのような魔物。2m程の直径と全長10mを優に超す巨体は筋肉の塊。見た目以上に頑丈で、重量任せに無秩序に暴れるだけでもかなりの脅威。眼は存在しておらず、全身で地中や空気の振動を感知して人・魔物の区別もなく襲い掛かる。その感知能力の関係で、姿を消したり認識を誤魔化す魔法や装備が意味を成さない。中層に弱い魔物が居ないのはこの魔物が食ってしまうためとも言われている。〕


 コメントが解説してくれたように、ダンジョンワームは雑食なのだ。そして魔物を食うと言う事は、その魔力を取り込むと言う事。つまり──


〔ミノタウロスが食われたって事は…〕

〔気の所為じゃなければちょっとでかくなった…?〕

〔レベルアップしやがった!〕

「なんて、間の悪い……!」


 そう……ダンジョンワームは魔物を魔石毎食らい、レベルアップする魔物なのだ。

 レベルアップによって力を増し、本能的な欲求が満たされた為だろうか。ダンジョンワームはビクビクと全身を歓喜に振るわせる。見た目も相まって非常にグロテスクな光景だ。

 そして──ギチギチと牙を震わせるその頭部が、今度は私へと向けられた。


「っ! 今度は私、と言う訳ですか……」

〔マズい!逃げて!〕

〔相性が悪すぎる!〕

〔腕輪の機能で逃げられる!〕


 コメントは撤退を呼びかけるが、冗談じゃない。ここで撤退すれば『やはり私にはまだ中層は早かったみたいです』と言う流れにせざるを得なくなる。

 私は今回の探索でリスナー達に認めさせなければならないのだ。『コイツなら軽装で中層を探索しても大丈夫だな』と。


「──【エンチャント・ヒート】」


 ダンジョンワームは本能的な判断しか出来ない、知能の低い魔物だ。そして、火を嫌う。

 だから私は炎の属性を付与し……犯人対策の際に購入した、防犯用カラーボールの余りを投擲した。


「ギィィィィッ!!」

「くっ、うるさ……っ!」


 投擲されたカラーボールが破裂し、中から燃える液体がダンジョンワームへと振りかかりこびり付く。さながら即席のナパームだ。人には絶対使えないな。


〔いや、えっぐ…〕

〔条約で禁止されそう…〕

〔これ配信して大丈夫な奴?〕

「し、仕方ないでしょう!? これが一番効きそうだったんですから!」


 事実としてダンジョンワームは苦しみにのたうち回り、私へ敵意を向けられる状況ではない。このチャンスを逃す訳には行かないだろう。


「畳みかけます! ──【エンチャント・ヒート】!」


 流石にもうカラーボールは無い。今のだって、防犯用カラーボールが二つセットでしか売ってなかったから余っていたと言うだけだしな。

 だから今度はエンチャントをローレル・レイピアに施す。


「さて……正々堂々戦いましょうか!」

〔正々…堂々…?〕

〔ナパーム使ってる時点で正々堂々とは言えんのよ〕

〔ダンジョンワームが文句を言いたそうにこちらを見ている!〕

「……さあ、行きますよ!」

〔おいいまコメント見てただろw〕

〔見て見ぬ振りすんなwww〕

〔無視良くないw〕


 大丈夫大丈夫。魔物相手なら条約もくそも無いんだし、合法合法。ナパーム合法。

 コメントをスルーし、私は早くも逃げようとしているダンジョンワームに接近し、レイピアを構えた。


「──【ラッシュピアッサー】!」

「ギュィイイィィィィ!!!」


 逃げようと背(?)を向けたその身体に向けて、高速の連続突きを放つ。

 狙いは地面から突き出た根元の部分。そこを右から左へ向けて横一直線に、真っ直ぐ穴を並べるように突いて行く。

 そしてそのまま燃える傷口の切り取り線をなぞる様に、今度は左から右へ真っ直ぐに切り裂いた。


「キィィィィィィ゛ィ゛ィ゛ッ!!」

「ふぅ……っ! これで、どうですかっ!?」


 傷口が燃え続ける限り、魔物と言えど再生は遅くなる。

 身体の半分程を断ち切られたダンジョンワームはもうこれまでのように自在には動けないし、無理に逃げようとすれば身体が穴の何処かで引っ掛かり、千切れる事だろう。奴にはもう退却の選択肢は選べない。

 向こうもそれを本能で理解しているのだろう。体の至る所を燃やしながら、その頭部がこちらを向いた。


〔あれで倒れないんか…〕

〔やっぱ巨体相手にレイピアではキツイか〕

〔急所らしい急所もパッと見分からんもんなぁ…〕

「……流石に中層の魔物。タフですね……」


 上層の魔物とは能力が明らかに桁違い。じっくりと上層で準備を整えろと言うのがセオリーになるのも納得だ。

 だが、正直な所……この時点で()()()()()()()()()のだ。

 ダンジョンワームの攻撃はその巨体を活かした薙ぎ祓いや、押し潰し、突進等が挙げられるが、穴から飛び出した根元の部分に深く切り込みを入れてやれば、その攻撃の殆どが出来なくなる。

 動きは緩慢になり、もはや脅威と呼べる物は牙くらい。そこに近付きさえしなければ──




「……手間取りましたが、これで無事に討伐完了です」


 ダンジョンワームだって今使えるスキルで圧倒できるのだ。

 塵となったダンジョンワームの中から拾い上げた大きな魔石を掲げて勝利宣言をすると、コメントが湧いた。


〔強い(確信)〕

〔\10,000 凄かった!!〕

〔割と本当に中層でもやっていけそうだなこの娘…〕

〔ミノタウロスも余裕そうだったしな〕

(よしよし、コメントの反応も良い感じだ。これで中層の探索を続けても、すぐに『引き返せ!』とは言われないだろう)


 意図的に余裕を演出したのも良かったのかも知れないな。リスナー達の様子から、そう判断する。


「さあ! この調子で探索を進めていきましょう!」

〔おおー!〕



「や、ヤバいっすよリーダー!」

「ああ? ──ッ! てめぇ、こんな時に何スマホ見てやがる!!」


 今、俺達フロントラインは下層を目指す探索の途中だ。

 配信はしていない。元々フロントラインは探索の様子を毎回配信するクランじゃない為、この程度であればいつもの事。

 流石に下層に突入する時は大々的に功績をアピールする為に配信を開始するが、境界が見つかるまでは色々と動きづらくなる配信はしないと言う方針だった。


「ヒッ! ち、違うんです! 今、『オーマ=ヴィオレットが早くも中層攻略に入った』ってメッセージが飛んできて……!」

「何ィ!?」


 あまり考えたくは無いが、今の俺達はかなり追い詰められている。これまでは問題無かった停滞が許されない今、少しでも早く下層の入り口を見つけなければならない。

 こんな現状を生み出した原因の一人であるオーマ=ヴィオレットがまさか……


「この中層に入っただとぉ……!?」

(──いや、落ち着け! 奴の装備はまだ上層仕様の筈だ。元々金に余裕のあるやつじゃなければ、ダイバーになってほんの数週間で装備を整えられるだけの金を稼げるはずがねぇ!)


 怒りと焦りで熱くなった頭を冷やし、冷静に分析する。


(そうだ。何も中層の入り口を見つけたダイバーが、金や名声に釣られて無謀な突撃を行うのは珍しい事じゃねぇ……ここまでとんとん拍子で進んできたアイツの事だ。中層を侮ってバカの仲間入りを果たしたってだけの事だろう)

「──ふぅ……そんな馬鹿の事は放っておけ。どうせすぐに痛い目見て撤退する事だろう」


 奴には順当に自爆して貰い、その間に俺達は悠々と下層を目指す。それが上策だと告げ、さっさとスマホをしまうように促す。

 ……すると、そいつは耳を疑うような事をぬかしやがった。


「そ、それが……中層に突入して直ぐに遭遇したダンジョンワームを、無傷で返り討ちにしたらしくて……!」

「な……っ! なんだとォッ!?」


 ダンジョンワームは中層でも厄介な方の魔物だ。『アイツ』程では無いにしろ、成長した個体は多くのダイバーを撤退に追い込んできた。言うなれば中層の洗礼としても有名な魔物の一体なのだ。

 俺達フロントラインも当然ダンジョンワーム程度簡単に討伐できるが、問題はそこじゃない。


(ダンジョンワームを倒せると言う事は、中層での探索が問題無く行えると言う事……! くそっ、どうしてこうも悪い事が重なりやがるッ!!)


 奴の実力次第では、俺達に追い付いてしまうかもしれない。その上、万が一にでも奴に先に下層の入り口に到達されてしまえば、俺達は多くの物を失いかねない。

 『攻略最前線』の座も、有名クランとしての名声も……いや、そればかりではない。

 オーマ=ヴィオレットに後れを取ると言う事は、俺達に『オーマ=ヴィオレットの探索を妨害する動機』が出来てしまう。『フロントラインは自分達を追い抜きそうなダイバーを潰す為、態々上層に出て来てまで攻撃をしたのだ』……間違いなくそんな噂が広まるだろう。俺達が広めようとしたのと、真逆の噂が……


(──それだけは阻止しなければならない!! だが、奴に対して妨害工作を行うのもマズい……ッ!)


 厄介な事に今は奴に対して下手な妨害が行われれば、例えそれがうちのクランの仕業じゃなかったとしても、疑いは俺達に向けられる様な状況なのだ。今回ばかりは下手な事は出来ん……


「くっ……! だったら、尚更の事てめぇも探索を進めやがれッ!!」

「はっ、はいぃ!!」

「良いか! 下層の入り口を見つけるまで、毎日探索を進めるぞ!! 仕事がある日だろうと、帰宅し次第に探索だ! 境界を見つけたらクラン内に共有しろ! 可能な限り早く配信で拡散する!!」

「う、嘘だろ……?」

「んな無茶苦茶な日程、死んじまうって……!」

「返事はどうしたッ!!」

「はっ、はい!!」

「分かりました!!」

「それで良いんだ! さっさと下層に行くぞ!」


 早いとこ功績を上げるんだ。『誰も見た事の無い渋谷ダンジョンの下層』……そこに到達した功績があれば、フロントラインの価値をアピールできる。協会や政府はダンジョンの恩恵ばかりを欲しがる癖に、結局自分の命を危険に晒したくない臆病者のロートルばかりだ……奴等の期待に応え、上辺だけでもへりくだっておけば奴等の目には自分達のメリットしか見えなくなる。俺達の多少の問題行動にだって、目を瞑るだろう。


(大丈夫だ……! まだ詰んでねぇ! 道は残ってる!!)


 落ち着け……大丈夫だ。まだ大丈夫な筈だ……

 確かに中層の探索は中ほどまでしか進んでいないが、それでもかなり広大なこのエリア。そうそう追い付かれる様な距離じゃない。

 大丈夫だ。まだ、大丈夫だ……

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