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第34話 脳筋令嬢の進撃

「皆さんごきげんよう! 今日も渋谷ダンジョンの探索配信を始めて行きますよ!」

〔ごきげんよう〕

〔ごきげんよう!〕

〔今日は女の子の服か〕

〔服装は定期的に変える感じかな〕

〔ごき!〕

〔↑その略し方はやめろw〕


 上層でフロントラインからの刺客(?)を捉えた翌日の日曜日。

 私は前日に腕輪に記憶していた座標である、中層への入り口前から今日の配信を開始した。

 待機時点で既に数百人のリスナーが待っていてくれた事もあって、最初からコメントの速度もかなり速い。


〔今日はやっぱりレベル上げと魔石稼ぎがメイン?〕


 その中にあったコメントの一つを拾う形で、私は今日の配信の趣旨について説明する事にした。


「今日の配信ですか? えっと、そうですね……昨日は一度突入を見送った中層ですが、やっぱりちょっと様子を見てみようかなと思います!」

〔えぇ…〕

〔開 幕 脳 筋〕

〔まあ昨日も配信終えた後にちゃっかり突入しようとしてたからな…〕

〔好奇心は止められねぇんだ…〕

〔まぁ「ここまで来たし折角だから」って言って、中層の様子見るダイバーが多いのも確か。そして鼻っ柱を折られて「やっぱ無理」と逃げ帰るのがテンプレ〕

〔命は大事だぞ〕


 想定はしていたが、やはり中層ともなるとリスナーの制止も強い。

 当然と言えば当然だ。何せ今の私の装備はUMIQLO製。頑丈さは控えめに、リーズナブル且つ私服としても着こなせるデザインが売りの──言ってしまえば、ガチな探索を想定していない装備なのだ。

 中層は装備に1,000万以上かけて臨むのが最低条件とまで言われている場所に、服としても安い装備で挑むのだからそりゃあ止めるだろう。しかし、そんなにお金が溜まるまで上層の稼ぎだけではそれこそ数年かかってしまう。ダンジョンの成長と言う稼ぎ時はあるとしても、それだってまだ一年近く未来の話だ。そんなの待っていられない。

 その為に、彼等に対する説得材料は既に昨日の内に『俺』と相談して用意してある。


「皆さんの忠告も分かりますが、少しだけ私の話を聞いて下さい。……先ず、見ての通り私は頑丈な装備に身を固めて戦うタイプのダイバーではありません。寧ろ耐久性を重視して重装備を身に着けようものなら動きを阻害され、寧ろ弱体化してしまうでしょう」

〔まぁそれはそう〕

〔年齢的にも重装備は無理だわな〕

〔一応軽量で頑丈な装備もあるんや。それが高いんや〕


 ……成程、そう言う装備もあるのか。私が今まで寄った事のある装備品店なんてUMIQLOくらいだから、知らなかった。まあ、今は良いか。

 とにかく私が言いたいのは一つ──


「そこで私は思ったんです。──結局攻撃を受けなければ同じじゃないか? と」

〔小学生の理論なんよ〕

〔それが出来れば苦労しねぇ!w〕

〔脳筋…〕

〔これ昨日の一件で変な自信つけちゃったパターンなんじゃ……?〕


 と、まあそんな屁理屈を言ってはみたものの、これで皆を納得させられるとは流石の私も考えてはいない。結局はいつかのゴブリンコマンダーの一件と同じで、行動で示す事でしか納得は出来ないだろう。

 作戦名『当たらなければどうと言う事はない』……それが可能である事を示すのだ。私はこの軽装と技術のみで中層に突入する。


「そう言う訳で、一度見に行ってみようかと思います! とりあえずの目標は最初に遭遇した魔物とちょっと戦って、様子を見るって感じで!」

〔こうなると聞かないからな…〕

〔イノシシよりも猪突猛進なゴリラ〕

〔令嬢と言う言葉のイメージが損なわれて行く…〕

〔ただヴィオレットちゃんなら何とかしちゃいそうでもあるからなぁ〕


 そう一方的に告げた私は、軽い足取りですり鉢状の地面の中心まで近付き、境界を覗き込む。

 浅層でも見たように、まるでそこに水面があるようにくっきりと魔力濃度の境界面が視認できる。しかし、それが意味するところは浅層の比ではない。

 何故なら今私が立っている上層も、浅層からはくっきり境目が見える程の魔力濃度の差があるのだ。それでも更に境界が見えると言う事は、そこから更に魔力濃度が跳ね上がると言う事実を示している。

 浅層→上層→中層と進むにつれて、エリアの持つ危険度は乗算的に跳ね上がるのだ。

 そして、渋谷ダンジョンの中層が危険とされる()()()()()()()も、今私が立っているこの場所から視認できた。


(……中層の様子が少しだけ見える。()()()()()()()()()()()()()迷宮か……油断はできないな)


 浅層と上層は一見しただけではごく普通の洞窟とそれ程大した差は見られなかったが、中層はそこから一転。同じ大きさのレンガを規則正しくビッシリ並べた壁面や、硬く均された地面等『人工的』と感じられる要素が強い。

 その光景の意味するところが、渋谷ダンジョンの中層が厄介たる所以なのだ。


「スゥー……、フゥー……──さぁ、行きましょう!」

〔吐息助かる〕

〔深呼吸助かる〕

〔おまえら…〕


 妙なコメントは見て見ぬ振りし、覚悟を決めて境界に飛び込む。

 私の身体に引っ張られてついて来た上層の魔力が濃度の違いの所為で泡のように視覚化され、身体から離れては上層の方へと昇っていく。……浅層から上層へ降りた時も見た光景だが、ちょっと神秘的だ。


「……さて、ここが中層ですか」


 泡を追って上へと向けていた視線を正面に戻せば、そこに広がるのは『これぞ迷宮!』と言わんばかりの光景だ。

 上層から覗いていた通り、壁は整列されたレンガ。地面はオフィスビルの床のように平らで、壁に等間隔に並べられた燭台の明かりを淡く反射している。


(……壁に燭台。そしてその更に上には通気口かな? レンガ数個分の穴が幾つか空いている。天井は高めで、多少飛び跳ねた程度では戦闘に支障は無さそうだ)


 新しいエリアに足を踏み入れたら、先ずは落ち着いて周囲の環境を観察する。

 それは環境が自分の戦闘に影響を与えるかどうかを判断する為でもあるが、それ以上に──


(──ダンジョンの構造は()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは、人間並みの知能を持つ魔物がこのエリアに居ると言う証明だ。慎重に進もう……)


 知能の高い魔物は他種族の魔物と連携したり、種類によっては罠を仕掛けたりする事もある。それで実力差を埋められる事も無いとは言えないのだ。


〔ヴィオレットちゃん、流石に今回は慎重だな〕

〔足音も消せてるし、呼吸も静かで落ち着いてるな…ちゃんと調べたようで少し安心〕

〔渋谷ダンジョンの中層だからな…〕


 周囲を警戒しながら通路を進み、丁字路に差し掛かる。──と、同時に耳に届く足音。


(靴の立てる足音じゃない……十中八九、魔物の足音だ)


 足音は通路の右側から聞こえてくる。

 私はローレル・レイピアを構えて息を整えると、丁字路の中央へと飛び出した。


「──っ、ミノタウロスでしたか!」

「ブオオオォォォォッ!!!」


 浅黒い肌を剥き出しにした牛頭の魔物は私を威嚇するように咆えると、その巨躯からは考えられない速度で飛び掛かって来た。


〔ミノタウロスか!〕

〔レイピアで何とかなるか!?〕

〔武器は斧か…怖いな…〕

〔ミノタウロス:

 分厚い筋肉の鎧に身を包む、攻防共に優れた魔物。基本的に何かしら金属製の武器を持っており、その種類は斧・槌・棍棒等、力任せに振るう物が確認されている。通路で遭遇する場合は基本的に単独だが、部屋に同族同士で集まり"巣"を形成することもある。知能はゴブリンコマンダー以上とされている。〕

〔解説ニキ助かる〕

〔久しぶりだな解説ニキ〕

(コメントの情報は、私の知っている異世界のミノタウロスとほぼ同じですか……だったらやれる!)


 接近と同時に振り下ろされる斧の一撃を軽く躱すと、その一撃は地面に深々と亀裂を入れて地面を揺らす。


〔威力やべぇ!〕

〔頼むから当たらないでくれよ〕

〔もう撤退で良いんじゃないか!?〕


 リスナーの心配をよそに、今度はこちらから接近。反撃を試みる。

 武器を持った敵を倒すなら先ずは手指を落としたいが、相手は致命傷でなければ直ぐに再生する魔物だ。それでは効果は薄い。

 そうなればやはり、狙うのはやたらとデカい本体だ。


「──【ラッシュピアッサー】! ハアァッ!!」

「ブ、グオォッ!」


 鼻先に一撃入れて怯ませ、その隙に両肺と心臓にそれぞれ五発ずつ、計15発の連続突きを見舞う。

 苦痛に暴れるミノタウロスの腕をしゃがんで躱し、すかさず大きくバックステップで距離を取る。


〔おおお!〕

〔これはマジで行けるかも知れん!〕

〔でもハラハラするなぁ…〕


 リスナーの興奮がコメントに反映されるが、まだ戦闘が始まって数秒程。あれだけ攻撃を突き入れたにも係わらず、胸に空けられた穴が治ったミノタウロスはピンピンとした様子で胸を叩いて挑発する。

 その目と口元が『効いてないぜ』とでも言いたげに歪められた。

 勿論私もミノタウロスのタフさは知っているので、今更それで怯んだりはしない。私は早速構えたローレル・レイピアに左手を添える。


「流石に通常の攻撃ではダメージが少ないようですね。様子見は十分出来ましたし、そろそろ倒してしまいましょう! ──【エンチャント……っ!?」


 レイピアに属性を付与しようとしたその瞬間、地面が微かに振動したのを感じ取った私は咄嗟にバックステップで距離を取る。

 すると次の瞬間硬い地面を食い破り、強靭な顎を備えた巨大なミミズのような魔物が勢いよく姿を現した。

 この魔物は……


「ダンジョンワーム……ッ!」

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