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第32話 一件落着?

『はい! 今日の探索はここまで! それではご機嫌よう!』

〔ちょっと投げやりなの草〕

〔ごきげんよう!〕

〔ご機嫌よう〕

〔おつカーテシー!!〕

〔諦めてなくて草〕


 配信の締めくくりに深く礼をするオーマ=ヴィオレット。

 挨拶こそ変わったものの、この後はいつもの通り配信が終了し、リスナー達もそれぞれ解散。SNSやネット掲示板等に集まり、今回の配信について話し合うのだろう。……リスナー達も、そう思っていた。


 『何か様子がおかしい』……配信を見ていたリスナー達は、その異変に直ぐに気づいた。


『さて……折角だし、帰る前にちょっとだけチラ見して行こうかな……?』

〔ちょっ……!?ヴィオレットちゃん!?〕


 それは彼女以外のダイバーも時々やらかすアクシデント──『配信の切り忘れ』。

 その事に気付いていない様子の彼女に向けて、気付け、気付けとコメントが送られる。

 しかし、一向に気付く様子のないヴィオレット。無理も無い。ダイバーの配信機材は、普段コメントを常時表示する仕様にはなっていないのだから。

 これは表示されたコメントのせいで魔物に気付かれたり襲われたりと言ったトラブルの回避のためなのだが、今回のようにそれが原因で切り忘れに気付きにくいと言うデメリットも同時に孕む要因だった。


〔駄目だ気付かん〕

〔配信終了とコメント非表示の操作間違ったとかかな〕

〔と言うか中層に行こうとしてるんですがこの娘…〕

〔珍しく賢いと思ったらやっぱり脳筋だよこの令嬢……〕


 もうこうなったら気付くまで見守ろうか……そんな空気が出来上がりつつあったその時、一本の矢の介入がそれまでの雰囲気を吹き飛ばした。


『やっぱり居ましたか!?』


 当然のように空中で矢を叩き落とすヴィオレットと、追撃に更に数本の矢を放つ犯人の攻防が配信に流れる。


〔本当に襲って来たぞ!〕

〔何で撤退しないんだ!?〕

〔協会に通報した!〕

〔俺も!多分直ぐにこの配信も確認すると思うし、もう少し経ったら警察も来ると思うけど…〕

〔相手ってフロントラインなんだよな?早く逃げるべきだろ〕

〔なんか聞いてたよりも随分攻撃激しくないか!?〕


 リスナーが見守る中、無数の矢を払い落としたヴィオレットが攻めに転じる。


『何本放って来ても無駄ですよ! ──【チャージ】! ──【ストレージ】!』


 猛然と駆けるヴィオレットの手に、腕輪から取り出された拳大のボールが握られる。


『──【エンチャント・サンダー】!』

『ぐあぁっ!? ──くそ……っ!』

〔おお!勝った!?〕

〔捕まえた!〕

『さぁ、正体を見せなさい!』


 帯電したカラーボールの投擲により姿を現した犯人と、その捕縛劇をリスナー達は見届けていた。





「あの……誰です? もしかして、本当に迷惑系ダイバーの人ですか?」


 てっきりフロントラインの誰かとばかり思っていたのだが、剥ぎ取ったフードの下からホームページで見た事のない顔が現れた物だから、気勢が削がれてしまった。

 一瞬、気まずい沈黙が流れる。


「──っ! クソが! どいつもこいつもバカにしやがって! 俺だってなぁ! れっきとしたフロントラインのメンバーなんだよ!!」

「えぇ……? でも私、貴方の顔をホームページとか配信とかで見た事ないですけど……」

「はっ……アイツ等、裏工作担当は表に出て来たら意味が無いとか抜かしやがって、配信にもサイトにも載せやがらねぇ……ふざけやがってッ! こうなったらアイツ等も道連れにしてやらぁ!! 裁判所だろうとどこだろうと出てって、全部ぶちまけてやるよォ!!」


 まるで積年の恨みを吐き出すように叫ぶ男の様子に、私が施した仕掛けを思い出し、少し考える。


(……()()()()()()()のかな。凄い興奮してる……)


 【エンチャント・ダーク】で暗闇に紛れさせて設置したのは、いつぞやの配信で私に対して仕掛けられたのと同じ香だった。

 流石に香炉は市販されているものではあるが、比較的小型の物を購入し、意趣返しも兼ねて仕掛けておいたのだ。

 知らず知らずの内に香炉の影響を受けていた犯人は、煽るような私の言動にイラつきやすくなり、最初の矢を外した直後に撤退すると言う判断が出来なくなったと言う訳だ。


「……まぁ、良いです。取りあえず、協会の方に連絡を──って、あ! こら!」

「オイ! 配信見てる奴らいるんだろォ!? さっさと拡散しやがれ! フロントラインの裏工作の噂は真実だってなぁ!」


 私の配信用カメラに顔を近づけ、吠えるように訴える犯人の男。もうどうにでもなれと言わんばかりの暴れっぷりだ。


(いや、ちょっとエキサイトし過ぎだろ!)


 慌てて彼を拘束しているロープを掴み、押し倒す。ついでにこれ以上犯人が興奮しないよう、どさくさに紛れて香炉を遠くに蹴り飛ばしておく。

 付近に他の魔物やダイバーの気配は無いし、問題ないはずだ。


「っぐぅ!? てめっ……! 離しやがれ! まだ俺の話は終わってねぇんだよ!」

「何言ってるんですか! そもそも配信はとっくに終了して──って……えっ!?」


 配信用ドローンカメラの方を見れば、配信中であることを示すランプがしっかりと点灯しているのが分かる。

 慌てたように腕輪を操作し、配信画面を確認すると……


〔やっと気づいたか!〕

〔ずっと見てたぞおバカ!〕

〔脳筋令嬢にも程がある…〕

〔また無茶ばかりしてこの娘はもう!!〕

〔今お母さんいなかった?〕

「う……やっぱり皆さん怒ってます、よね……?」


 今までの私の行動を見ていたリスナー達から、怒濤のようにコメントが溢れて来た。

 その様子から、彼等にはさぞかし心配をかけたのだろうと再確認する。


(これは……作戦の事は伝えない方が無難だなぁ)


 今回の切り忘れだが……実際のところ、私の作戦の内だったのだ。

 例え犯人を倒し、こうして捕縛しても、裁判になった時に『オーマ=ヴィオレットに突然襲われた』なんて嘘を言われた場合、こちらが身の潔白を証明出来なければかえって不利になる可能性もあった。だからこそこうして明確な証拠……配信の映像が欲しかったのだ。

 しかし肝心の相手が行動を起こすのは、あくまでも私が配信を終えた後……それでは証拠となる映像は残らない。そこで今回は配信中のカメラの前に犯人を誘き出すために、こうして配信の切り忘れというトラブルを装ったという訳だ。……まぁ、この事実を素直に話すとリスナー達がもっと怒りそうなので、黙っておくけども。


〔あ、まだ配信は切らないでね!〕

〔協会にはこっちの方で通報してあるから、もう直ぐ警察か協会の職員が来ると思う〕

〔状況の説明に便利だから合流するまではそのまま配信しておいて!〕

「分かりました、このまま組み伏せておきます!」


 もう妙な事が出来ないよう、全体重を乗せて拘束を強める。


〔ちょっと羨ましい絵面なんだよな…〕

〔犯罪者を羨むなバカ〕

「……分かってると思いますけど、この人の真似はしないでくださいよ? 私、リスナーさん達にこんな事したくないですから」

「……っ! ……っっ!!」


 忠告の意図も込めて、犯人の拘束を少しきつくすると、マントの下に着込んでいるらしい何かしらの防具がミシミシとドローンのマイクが拾える程度の音を立てた。犯人が顔を蒼白にして、必死にタップで限界を訴える。


〔ヴィオレットちゃん、それ以上はいけない…!〕

〔なんか急に羨ましくなくなったわ〕 

〔ガチムチ脳筋令嬢…〕

〔事実上のゴリラ……〕

「ゴリラとはなんですか!?」


 そんなこんなで気が付けばコメントの雰囲気もいつも通りに戻っており、程なくして警察と協会の職員が到着。

 既にぐったりしていた犯人はその場で大人しく逮捕され、私からも詳しい経緯を聞きたいと言う事で同行が決まり、配信はここで終了する運びとなった。

 その際に配信の切り忘れだったことや、改めて配信の終了の挨拶をしたいと言う事情を伝えて『直ぐに協会の受付に顔を出す事』と言う条件付きでもう少しこの場に残る許可をもらった私は、彼等が一足先にダンジョンを去った後にもう一度挨拶を済ませ、今度はちゃんと配信を終了。

 先ほど蹴り飛ばした香炉も回収して、ダンジョンを後にしたのだった。


(最後に一悶着はあったけどとりあえず上層も攻略出来たし、一件落着……だよな?)


 この時の私は、呑気にもそんなことを考えていた。

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