第31話 捕縛作戦
「──良し……取りあえず、ブラックウルフ達は無事に返り討ちに出来ましたね」
【エンチャント・ダーク】の初披露の相手として選ばれたブラックウルフ達は僅かな戦闘の後、その全てが塵に還った。
周囲を見回して追撃が来ない事を確認した私は、早速周囲に散らばる魔石の回収に入るが……リスナー達は、先程の戦闘に未だ疑問が残っているようだ。
〔結局エンチャントダークの効果って何だったんだ?〕
〔パッと見た感じ普通の攻撃と同じ?〕
〔闇で包まれて見えにくくなる…とか?〕
「うーん……ボクとしても、現段階では何とも言えないですね。手応えもあまり通常時と変化はありませんでしたし……」
【エンチャント・ダーク】の効果については私は勿論知っているが、今の段階で私がそれに気づくのは不自然だろう。実際、上層に出てくる魔物では【エンチャント・ダーク】の効果を実感するには力不足なのだから。
「【ラッシュピアッサー】と組み合わせても、見た目以外にこれと言って大きな変化は無かったように思いますし……謎ですね。まぁ、流石に見えにくくなるだけではないと思いますが」
〔闇属性って強いイメージあるけどなぁ…〕
〔実は即死してたとか?〕
〔あー…結局一撃で倒してるからパッと見分からん的な…〕
「だとすると、もうちょっと強い魔物相手に使わないとですねー……中層に行くまでは検証も難しそうです」
その後もコメントには『視界を奪う効果だった?』や『防御無視?』等、様々な憶測が流れたのだが……結局リスナー達には【エンチャント・ダーク】の本当の効果は分からず、今の段階では【エンチャント・ダーク】について分かっているのは『ただ武器が見えにくくなるだけ』という認識に落ち着いたようだ。
だが、今はコレで良いのだ。【エンチャント・ダーク】と言うスキルを、私がこの段階で使えるようになったと言う事実……それをリスナー達に見て貰った事で、私の準備は整った。
(シミュレーションはしてきた。後は、理想的な構造の場所が見つかりさえすれば……!)
周囲の地形や通路の形、そして部屋の広さや通路の数等に気を払いつつダンジョンを進み、幾度とない魔物との戦闘を熟す事暫く……やがて一つの曲がり角の先にそれは見えた。
(──境界! 中層への入り口の部屋だ!)
浅層で見たのと同じように、すり鉢状の地面の中心に波打つ魔力の境界がある部屋だ。
私が今居る場所はまだ曲がり角を曲がった直後である為、配信には暗闇しか映っていないが、ここからでも私の目にはハッキリとそれが見えた。
どうやら今回は浅層のようなイレギュラーケースも無いらしく、このまま直進さえすれば苦も無く境界に辿り着けるだろう。しかし、その前に……
「この先に部屋があるみたいですね。先に部屋を照らしましょうか──【ストレージ】、【エンチャント・ヒート】!」
素早く腕輪の機能でアイテムを取り出し、その内の一つ──ナイフに炎を付与して投擲。即席の燭台にする。そして、もう一つ──
(──【エンチャント】。良し、コレで良い。)
心の中で唱えた魔法、【エンチャント】。それによりアイテムに付与した属性は【闇】……そして私はそのままそのアイテムを誰にも気付かれない一瞬の内に手から滑り落とし、脚の甲で受け止めて音を消し、そのまま曲がり角の影に隠すように転がした。
〔中層の入り口だ!〕
〔境界だ!〕
〔ここまで長かったな…〕
〔いやこれかなり早いペースだぞ〕
〔普通はもっと何日もかかるんだよなぁ……〕
チラリとコメントを見た限り、彼等には私の仕掛けは気付かれていないようだ。カメラから死角になっているのもあるだろうが、【エンチャント・ヒート】を付与したナイフによる視線誘導も上手く行ったのだと思う。
(これで仕込みは全て終わらせた……後は、犯人が私の狙い通りに動くかどうか……!)
「とうとう境界に到着しましたか! これでボクも中層に行けるんですね……!」
作戦を悟られない内に駆け出し、境界へと近づく。
〔もう名実ともに中層ダイバーの仲間入りか…アトさんが言ってた通りやっぱり早かったな〕
〔ただ、今の装備で大丈夫なのかはちょっと不安〕
〔ハルバートネキが中層レベルって保証してたし大丈夫なんじゃない?〕
〔それ装備が整ってる前提の話じゃないの?〕
コメントを見ると、やはり中層に行くにはそれなりの装備が必要と言うのが定説らしい。
以前調べた事もあったが、大体一千万円程は装備に金をかけるのが普通らしい。特に防具の性能が重要で、その理由は『強力な攻撃を一度は受ける事になるから』とか『即死しない為』と言う話を何度も目にした。
「そうですね……確かに今のボクの装備だと、中層の魔物の攻撃は防げないかもしれませんし、今日の所はここの座標を記録しておくだけにしておこうと思います」
そう言って腕輪に現在の座標を記憶させると……
〔えらい〕
〔賢明〕
〔賢い〕
〔これは令嬢〕
と言ったように、私の判断を肯定するコメントが大多数を占めていた。
中には〔様子だけでも見て行かない?〕と言ったコメントもあったが、そう言った意見は〔いのちをだいじに〕と言った様なコメントに流されて行った。
私としても作戦の為に中層に行くのは不本意である為、中層へ行くかはまだ考えさせてほしいと念入りに伝えておく。
「そう言う訳で……今日の探索はここまでにしたいと思います。ですが、今日はいつもよりちょっと早いので、配信を終わらせる前に軽く雑談しましょうか」
〔了解〕
〔良いね〕
「ただ、ちょっと薄暗いので──【エンチャント・ヒート】! ……良し、これで明るくなりましたね!」
雑談の為の雰囲気作りと称して、部屋の四隅に炎を付与したナイフを投擲して周囲を明るくする。
これで通路から魔物が入って来ても、怪しまれる事なく直ぐに対応できるだろう。
〔上層にあるまじき明るさw〕
〔派手にやるじゃねぇか〕
〔これから毎日ナイフを焼こうぜ!〕
「魔力があり余ってますからね、これくらいはなんて事ないです。さて、雑談と言っても何から話しましょうか……あ、そうだ。今日使ったアイテムについてなのですが──」
その後も数分間はアイテムの使用感や、エンチャントの可能性、闇属性についてのリスナーの考察などの雑談で時間を潰し……
(──そろそろ頃合いか)
「……さて、今日はこの辺りにしましょうか。話し過ぎると水曜日の雑談で話す事も無くなってしまいますし」
〔そんなー(´・ω・`)〕
〔仕方ないね〕
〔気のせいかも知れないけど、何かヴィオレットちゃん周囲を気にしてる?〕
おっと、結構鋭いリスナーも居るみたいだな。私がカメラ越しに通路の方を気にしているのに気付いたようだ。
「んー……まぁ、話してしまっても良いですかね。実は前回の配信の終了直後に、犯人らしき相手から矢で攻撃されまして……」
〔は!?〕
〔狙撃って事!?〕
〔マジかよそこまでやるんか…〕
〔これ以上弓使いの評判悪くしないでクレメンス…〕
「あっ、ただ矢の速度は遅かったので、投擲されたって可能性の方が高いのかなって思ってます」
〔弓使いの名誉は守られた…!〕
〔どっちにしても殺人未遂なんよ〕
〔それはそう〕
まぁ、私も同じ意見だが、いたずらに弓使いのダイバーの評判を傷付けるのは本意ではないので軽くフォローしておいた。
「雑談配信を挟んだのも、部屋を明るくしたのも、実は犯人を警戒しての事だったのですが……今日は来てないみたいですね。香炉で魔物呼び寄せても簡単に倒されてしまって、打つ手が無くなったのでしょう。ボクの様な駆け出しダイバー相手に手詰まりになるような相手ですし、大した相手ではなかったのかも知れません」
〔煽るな煽るな!〕
〔襲ってきたらどうする!?〕
〔大丈夫?犯人近くに潜んでない?〕
私の発言にリスナー達が慌て始める。正直これで出て来てくれれば一番楽だったのだが……流石にそんな単純思考ではなかったか。仕掛けは施したが、まだ抑えが効くらしい。
「……本当に居ないみたいですね。後は配信を終えて帰るだけなので、ついでに犯人の顔とか晒せたら良かったのですが……」
〔怖いもの知らずかよ〕
〔【悲報】ヴィオレットちゃん、やっぱり脳筋〕
〔確かに直接戦うよりは危険ないけども…〕
「だって、折角買った服にピンで穴を開けられたんですよ!? 腹立つじゃないですか!」
〔命狙われてるんだよなぁ…〕
「あの程度ではボクはやられないのでそこは気にしてませんよ」
〔強い〕
〔実際強いしなぁ…〕
(──さて、このくらい煽れば大丈夫かな? ……頼むから、今日も居てくれよ……!)
仕掛けが効いていれば、そろそろ向こうも我慢の限界の筈だ。きっとこのまま配信が終われば襲ってくる事だろうが……その前にもう少しだけ苛立たせておくか。
「まぁ、居ないのであればそれでもいいです。そろそろ配信を……っとそう言えば、配信の終了時に専用の挨拶をするダイバーの方もいらっしゃいますよね」
配信を終わらせる雰囲気を出しておいての配信続行。恐らくタイミングを計っている犯人は、これで更にフラストレーションを溜める筈だ。
「ボクも折角ですから、何かそう言った挨拶が欲しいんですけど……何か良いのありませんか?」
〔おつヴィオーとか?〕
〔おつオーマ…なんかパッとしないな…〕
〔名前より令嬢要素取り入れたら?〕
〔おつカーテシー!!か〕
〔↑採用〕
「勝手に採用しないでください! 一体いつまで擦られるんですかそのネタは!」
〔草〕
〔草〕
勝手に採用されそうになった挨拶はさておいて、中々悪くない意見があったのも事実。折角だからそれを参考にさせて貰おう。
「まったく……ですが、そうですね。下手に捻るよりも、ここは清楚な淑女たる令嬢として、作法に則った挨拶で締めくくりましょうか」
〔なんて?〕
〔なんて?〕
〔清……なんて?〕
「はい! 今日の探索はここまで! それでは『ご機嫌よう』!」
〔ちょっと投げやりなの草〕
〔ごきげんよう!〕
〔ご機嫌よう〕
〔おつカーテシー!!〕
〔諦めてなくて草〕
最後にそう締め括り、一礼する。
その後軽く周囲を見回し、誰も居ない事を確認した後に……
「さて……折角だし、帰る前にちょっとだけチラ見して行こうかな……?」
境界の方へと振り返り、中層の様子を確認しようと歩み始めたその瞬間……
「──っ! やっぱり居ましたか!?」
背後から飛来した矢に振り向いて迎撃すると、今回は同じ方角から一度に三本の矢が追加で飛んできた。
「何本放って来ても無駄ですよ!」
どうやら相当イラついているのだろう。今回は何が何でも倒そうと言う強い敵意をビシビシと感じる。まさにこれこそ私が狙っていた展開だ。
私は向かって来た矢の全てを素早く払い──
「──【チャージ】! ──【ストレージ】!」
スキルの効果で素早く距離を詰める途中で、あるアイテムを腕輪から取り出す。そして……
「──【エンチャント・サンダー】!」
そのアイテム──先日購入しておいたカラーボールに雷を付与してそのまま投擲。一見して何も存在しないある一点に向かって真っすぐ飛翔したカラーボールは、私の目測通りに犯人に直撃した。
「ぐあぁっ!? ──くそ……っ!」
カラーボールが直撃した犯人が、感電と同時に姿を現す。その姿は以前にもチラリと目にしたフードマントに覆われており、誰かは判然としない。
しかしカラーボールのように中に液体を多量に含むアイテムに電気を付与すると、感電の効果は劇的に増加する。少しの間とはいえ、奴はまともに動く事もままならない筈。
しかし犯人は直ぐに体勢を立て直し、逃げようと自身の腕輪に手を伸ばしているのが見えた。
(ここまで来て、逃がすものか!)
私はすかさず【チャージ】の速度そのままに突っ込んでのしかかり、地面に組み敷いて捕縛した。
「……ぐえっ!?」
「さあ! 捕まえましたよ!」
腕を捻り上げ、そのまま犯人の腕輪を奪う事で無力化は完了。万が一にも逃げられないよう、腕輪から取り出したロープで更に縛り上げると、犯人は観念したように項垂れた。
「さぁ、正体を見せなさい!」
犯人のフードを剥ぐ。中から出てくる顔はやはりフロントラインのメンバーなのだろうか……
今回の作戦を考案した際、当然ながらフロントラインのクランメンバーについては調べて顔を記憶しておいた。彼等の仲間であれば、例え誰が出てこようと見分けられる程度に。
……だが──
「く……っ!」
フードの下から出て来たのは、私が全く見た事も無い男の顔だった。