第27話 思わぬ遭遇
「いやぁ、面白かったですね! 大スクリーンの迫力がまさかここまでとは!」
「ああ。身に来てよかったな」
「今回の犯人は少し意外でしたよね~……」
月曜日の16時頃。映画を見終えた私達は、共にホクホク顔で感想を語り合いながら廊下を歩いていた。
今回私達が見に来たのは、『劇場版 迷探偵金田 ─奈落への航路─』と言うアニメ映画だった。
サブタイトルの『航路』が示す通り、今回の舞台は船の上……それも、プールやカジノ、コンサートホールまで完備した超が付くほどの豪華客船だ。
作品のヒロインがくじ引きで偶然当てた特賞のチケットでやって来た主人公達が、船の中で犯行声明を発見した事で事件が発覚すると言う、定番の流れだった。
『この船に爆弾を仕掛けた。竜の頭が月を見仰ぐ時、我が怒りの炎は奈落への航路を示すだろう。さあ供に往こう、我が愛する唯一の道連れよ』
と言う、これまた定番のオサレポエム風の暗号が書かれたカードを見つけた迷探偵・金田は、その場で即座に暗号の解読を放棄。
『巧妙に隠された爆弾より、犯人を見つける方が早い!』と、自信満々に捜査を始める金田だったが、今回の犯人は乗っている豪華客船の本当の設計士。図案を盗用され、他者の物にされてしまった船と共に爆死する事が目的であり、犯行声明のカードも乗客及び船員の避難を促す為に置かれた物だった。
……そう、最後の最後まで犯人以外の人が死なない為、いつもの消去法が使えないのだ。
この大ピンチに『くそっ! 選択肢が多すぎる!』と言った迷言も飛び出し、物語はクライマックスへ。そして……
「凄かったですね……船の爆発」
「予算の大半あそこにつぎ込んでたよな絶対」
結局犯人は船諸共爆死。救命ボートで逃げ出した船員や乗客達の中に、犯人だけが居なかった事で『逆消去法』が成立。
『アイツが、犯人だったのか……』と炎上する船を悲し気な眼で見つめる主人公達の後ろ姿と、しっとりとしたエンディングをBGMにスタッフロールが流れ始め、物語は締めくくられた。
「金曜ロードショーで放送されるのが楽しみだな」
「毎回良質なMAD作られますもんねー」
等と語り合いながら廊下を歩いていると……
「あれ? 斗真くんじゃない? 丁度良かった!」
「えっ」
背後からそんな声がかけられる。
その声に『俺』が驚きながら振り返ると、そこにいたのは私も良く知る一人の女性だった。
「ま、真崎先輩!? なんでこんなとこに!?」
「何って……映画館なんだから、映画見に来たに決まってるでしょ? ほら、コレ! 『劇場版 ラウンズ・サーガ アーサー王伝説・序』! とうとう劇場版にもなったんだよ、凄くない!?」
興奮気味にパンフレットを見せつけるのは、短めに揃えた金髪をキャップで覆い、色の薄いサングラスで顔を誤魔化した女性──『春葉アト』だった。
彼女の場合ダイバーとして有名なだけでなく、パラディンの一件で質問攻めにあった過去があるらしいから、きっとその対策なのだろう。
「原作のゲームではあまり触れられなかったアーサー王が王になるまでの物語なんだけど、三部作構成でやるみたいなんだよね! 次作の公開はまだまだ先だけど、前評判の通り出来も良かったし期待大だよ! 特典のコンプもしたいしこれから早速二回目見ようかなって思ってたんだけど、良ければ君も一緒にどう……──って、ありゃ? もしかして、お邪魔だったかな?」
パンフレットと特典らしきアクリルスタンドをそれぞれ片手に熱弁する彼女だったが、ふと『俺』の隣にいた私を見つけると、気まずそうに両手に持っていたグッズを肩掛けカバンにしまった。
「あ、いえ。私と彼はそう言う関係ではなく、ちょっとした親戚みたいなもので……ね!?」
「お、おう。そんな感じッス! ちょっと遠くからこっちに来てるんで、今渋谷を案内してたとこで……」
「そうだったんだ。……あれ? 貴女、前にどこかで会った事ない?」
「えっ!? い、いえ、気の所為だと思いますけど……」
思わずビクッとしてしまうが、直ぐに平静を装ってそう返答する。
今の私は『俺』と同い年くらいの大人しめな女性の姿になっており、オーマ=ヴィオレットとは背丈も年齢も全く異なる。
だと言うのに何か妙な直感でも働いたのだろうか、彼女は私を見て一瞬何かに気付いたように小首をかしげたが、直ぐに気を取り直して笑顔を浮かべた。
「なんか気になるけど……まぁいっか! あたしは真崎遥香って言います。蒼木斗真くんと同じ大学に通ってます」
「は、はい。私は、えっと……ユカリって言います。よろしくお願いします……」
そう言って自己紹介しながら握手を求めるように手を差し出す春葉アト改め、真崎遥香に、内心ビクビクしながら私も笑顔で自己紹介を返す。
そして咄嗟に浮かんだ偽名を名乗ると、彼女は笑顔で私の差し出した手を握った。
「うん! よろしくねユカリさん!」
「えっと……真崎先輩? さっき『丁度良かった』って言ってましたけど、一体何の用で?」
「ああ、そうだった! うちのサークルで今週の金曜に予定してたフィールドワークなんだけど、中止になったって伝えようと思ってさ」
「えっ、そうなんですか!?」
「今朝あたしのスマホに連絡来たんだよねー……本当は明日大学で伝える予定だったんだけど」
そう言って廊下を歩きながら話す二人について行きながら、会話の内容に耳を澄ませる。
どうやら彼女と『俺』は同じサークルの先輩後輩の関係だったようだ。そして、サークルの活動に何かトラブルがあったようで、その連絡の為に声をかけたらしい。
会話が終わったのは、丁度廊下を出た所にあるグッズ売り場の所だった。
話を終えて『それじゃーまた明日ねー!』と慌ただしく券売機へと掛けて行く彼女を、二人揃って見送る。多分この後も同じ映画をまた見るのだろう。
「……同じサークルのメンバーだったんですね、彼女」
「ん? ああ、ダンジョンの立ち回りについても結構教えて貰ったよ」
「あの人って、直感が鋭かったりします?」
「あー……確かにあの人、人の本質を見抜くって言うか……色々と鋭いとこはあるな」
「やっぱりそうなんですね」
「本人はどうも自覚薄いみたいだけどな」
魔力感知の能力が並外れて高いのか、それともただの直感か……いずれにしても、彼女はある意味で最大の脅威と言えるのかもしれない。
「……心配しなくてもお前が心配するような事は無いと思うぞ。あの人の性格なら、多分バレても悪い様にはならないって」
「そうは言いますけど、不安な物は仕方が無いんです」
私も彼女であれば正体がバレたとしても、こちらから危害を加えたりしなければ敵対関係にはならないんじゃないかと言う期待はある。
しかし、自分から正体を明かすと言うのは私にとって非常に度胸の必要な事なのだ。なにせ、同一人物である『俺』に対してもあの時は物凄く緊張したのだから。
「ま、それもそうか。……取りあえず、先ずは映画館を出よう。この後買いに行く物もあるんだろ? 衣装だっけか」
「あ、はい。そうですね。衣装もそうなんですが……他にも色々と買いたい物をリストアップして来たので、一つずつ回って行きましょう」
「ふーん……どれだ?」
「こう言ったアイテムなんですが……」
スマホの画面を見せて、買いたいものリストを共有する。この一覧に書かれている物は、前回の上層探索で必要と感じたアイテムと、色々と調べておいた探索の便利グッズ達だ。
「あぁ、確かにこれはUMIQLOには置いてないな。……これは何に使うんだ?」
「ふっふっふ……ちょっとした秘密兵器って感じです。次の探索配信を楽しみにしててください」
「ふーん……? まあ良いか、じゃあまた案内するよ。どれから行く?」
「お願いします。先ずは……」
そして、例の犯人に対するカウンターでもある。
次の配信で、私は奴に避けられない引導を渡すつもりだった。今回の買い物はその準備でもあるのだ。
(なけなしのお金で買った衣装を傷物にされた恨み、次の機会にしっかり晴らさせて貰いますよ……!)