第25話 悪意と決意
(チッ、見つかったか!)
オーマ=ヴィオレットの背中に取り付けた香炉が外された事を確認し、内心毒づく。
どうやらカメラに香炉を近づけて、リスナーに出元の特定を頼んだようだが無駄な事だ。それは国からの支援で、フロントラインに贈られたアイテムの一つ。いくら購入者を探ろうと、そこから直接俺に繋がる事はない。
(とは言え、もう奴に今の手は通用しねぇだろうな……)
あの後オーマ=ヴィオレットについて調べたが、見た目と裏腹にとんでもねぇバケモンだ。
未知のジョブに未知のスキル、そして浅層のゴブリンコマンダーを単独で討伐出来る戦闘センス……間違いなく俺より強い。真正面からやり合えばまず負けるだろう。
(……だが! あの怯えきった顔を見りゃあ分かる! アイツは人間に襲われる事に慣れてねぇ!)
いや、或いは強い苦手意識がある……そこが狙い目だ。香炉は中身を捨てられた上で腕輪に収納され、多少やり難くはなったが……この『隠者の外套』があればどうとでもなる。
(とは言え、まだ行動を起こすタイミングじゃねぇ。昨日みたいに範囲系のスキルを使われたら、いくらバレてないって言っても気絶させられちまうんだからな……)
必ずチャンスは来る。今はこうして物陰から様子を窺いつつ、その時を待つんだ。
(楽しみだぜ、オーマ=ヴィオレット……お前のその面が、今以上の恐怖に歪む瞬間がな……!)
◇
「──そうですか、特定は出来なかった……」
〔と言うか、あの香炉は一般に流通してないアイテムみたいだ。トレジャーの一種なのか、自作なのか…〕
〔マジかよ…そこまでするか〕
〔逆にヴィオレットちゃんは原因に心当たり無い?〕
「無いですよ! 私は誰かから恨まれるような事なんてしてませんし!」
〔だよなぁ…〕
〔ごめん。聞き方悪かったかも〕
「あ、いえ……すみません、私もちょっと動揺してて」
強めに否定する。実際こちらには一切の心当たりが無いのだ。
探索中は他のダイバーに迷惑が掛からないように気を付けているし、そもそもダンジョン探索以外を目的に外出する時は他の姿に変身しているのだから『オーマ=ヴィオレット』に対して恨みを抱く様な事も無い筈だ。
〔って事は原因はやっぱり嫉妬とかか〕
〔『ジョブとスキルに恵まれて上層までトントン拍子なのが気に食わない』みたいな感じか?無茶苦茶だな〕
〔どうする?いったん今日の探索は引き上げて協会に通報するのもアリだと思うけど…〕
私を案じてくれるコメントに目を通しながら、この後の行動について考える。
確かに一番安全なのはここで撤退し、受付に証拠である香炉を見せて対処して貰うと言う方法だ。だけど、相手は態々香炉を自作してまで犯行に及ぶ様な奴だ。簡単に捕まるとは思えない。
(何より、私が一切気配に気付けなかった……)
既にこの時点で犯人の目星はついている。再開放日に今回と同じ『香』を使って、ダイバー同士を争わせていたあの男だろう。
あの時も受付には通報されたはずだと言うのに、今こうして同じ犯行を繰り返している……それはつまり、前回の一件でも捕まる事は無かったと言う事。そして、奴には捕まらない自信があるって事だ。
「……いえ、このまま探索を続行します」
〔大丈夫か?〕
〔無理しない方が良いと思うけど〕
「ここで撤退なんてすれば、相手を付け上がらせるだけです。それに、私に嫉妬してこんな事をするって事は、少なくとも私より弱いって事じゃないですか。余裕ですよ!」
〔強い〕
〔確かにそうとも取れるなw〕
〔たくましいなw〕
〔それでも危ないって思ったらちゃんと撤退するんやで〕
「大丈夫ですよ。さっきまで妙にイライラしていた原因も分かりましたし、ここからは探索を楽しんでいきましょう!」
明るい声と表情を意識して、拳を上げる。
……正直に言ってしまえばこれも強がりだ。未だに人間から向けられる敵意や悪意を前にすると、一目散に逃げてしまいたくなる衝動が湧き上がってしまう。異世界では実際にそうやって逃げ続けて来たし、悪癖としてこびり付いてしまっているのだ。
だけど、こっちの世界で生きて行くのなら……ダイバーとして生きて行くのなら、いつまでも逃げ続ける訳には行かない。今回の一件の原因が私に向けられた嫉妬だと言うのならなおさらだ。
(配信者である以上、悪意のある待ち伏せからは逃げられない……だったら、戦うまでだ!)
ここで私が逃げれば、きっと次回以降の配信でも同じように敵意を向けられるだろう。だから、私自身の手で解決する必要があるのだ。
(まぁ……戦うと言っても、今はまだ相手の出方を窺うしかないんだが……)
あの時、犯人が身に着けていたトレジャー装備……アレが厄介だ。私の感知すらすり抜けるあの能力で隠れられたら、今の私には対処法が無い。
だから常に気を張って、気配を感じたら即座に対応できるようにしておかなくては……
──それから約二時間程探索を進めたが、その間犯人らしきダイバーからの接触や妨害等の動きも無く、探索自体は順調に進んでいった。
「──【エンチャント・サンダー】! やあぁっ!!」
「キィィ!」
「ガガァッ!」
今まで見てきた中でも最大規模の部屋に巣食っていたブラッドバットの大群との戦いを終えた私は、足元に散らばった魔石を回収するとカメラの方へ振り向いた。
「時間的にもキリが良いですし、今日の探索はこの辺りまでにしましょう!」
確認したところ、時刻は既に17時を回っていた。
今の私のジョブレベルはあれから一つ上がってレベル20となっていた。
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配信者名:オーマ=ヴィオレット
レベル:測定不能
所属国籍:日本
登録装備(3/15)
・ローレルレイピア
・ダイバードレス(UMIQLO)
・魔力式ランプ(ラフトクラフト)
ジョブ:■■ Lv20
習得技能/
・■■■■
・■■
・■■■■■
・ラッシュピアッサー
・■■■■■■■
・■■■
・チャージ
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レベルが上がったと言ってもスキルが増えた訳ではないので、戦い方に変化はない。発現させたいスキルに合わせた戦い方も試してみてはいるが、こちらの方も成果は芳しくなかった。
今日の配信はあまり取れ高らしい取れ高も無く、正直イマイチと言った内容だっただろうな。レベルも上がりにくくなってきているし、何か工夫も考えて行かないと……
〔お疲れさま!〕
〔探索頑張ってて偉い〕
〔配信終わった後はちゃんと今日の事を協会に伝えようね〕
「そうですね……私以外のダイバーも被害に遭うかもしれませんし、放ってはおけません」
アイツの所為で今日の探索中はずっと気を張らざるを得なくなり、その結果口数も減ってしまっていた。リスナー達もその事には気付いていて、私の事を励ましてくれたり心配してくれたり……ダイバーとしては反省しなければならないが、正直助かった。
彼らの応援が無ければ、心が折れる……とまではいかないにしても、もっと酷い配信内容になっていたかも知れない。
〔結局、香炉の犯人は出てこなかったな〕
〔流石に配信してるところに乱入すれば顔がバレるからな…最低な奴だけどダイバーなのは間違いないし、それだけは避けたいんだろう〕
〔どうせ知名度低いダイバーの誰かだろうし、炎上目的で乱入してくる可能性もあるから油断は出来ん〕
〔迷惑系ダイバーか…〕
ダイバー人口が日本だけで何百万人と居るこの世界では、実力の有無に関わらず中々注目を集められないダイバーと言う物はどうしても存在する。そう言ったダイバーの中から時々現れるのが『迷惑系』と呼ばれるダイバー達だ。
『悪名は無名に勝る』と言わんばかりに悪目立ちする行動ばかりを取り、炎上だろうと何だろうと注目されようと言う……ある意味、追い詰められた果ての姿だ。
私のように上手い事リスナーを獲得できるか、そうでないか……それを分ける要因は一概には言えないが、やはり話題になる要素を持っているか否かが大きい。『華のある容姿』『予め有名人』『並外れた実力』『オンリーワンな何か』……そう言った意味では、私は迷惑系ダイバーから目を付けられやすい要素に満ちていると言える。リスナーの邪推も仕方ない事だろう。
(だけど……私は知っている。もう一つの可能性を)
それは本来、『迷惑系ダイバー』とは対極にある筈のクラン。
渋谷ダンジョンに於ける知名度では群を抜いている、まさに花形……攻略最前線を長年独占し続けている実力者集団。
(フロントライン……一部ダイバーの中で囁かれている、黒い噂か……)
この事については、リスナー達にもまだ話していない。あくまで噂だし、例え真実だったとしても今回の敵がそうだと言う証拠もないからだ。
しかし、一度調べてみるべきだろう……この配信を終えた後、『俺』にも聞いて見るとしよう。噂くらいは聞いた事があるかも知れないし。
「──それでは、ここまでのご視聴ありがとうございました! 今日は特に皆さんのコメントが励みになりました!」
〔ええんやで〕
〔俺等はヴィオレットちゃんの味方だからな!〕
〔取りあえず俺の知り合いにも今回の事伝えておくわ。噂になれば相手も動けなくなるかもしれないし〕
〔迷惑系ダイバーに負けるな!〕
「~~っ! はいっ! 負けませんよ、絶対!」
応援してくれる言葉が嬉しくて、つい笑みがこぼれる。
やっぱり少し心が参っていたのだろう、こんなに人間の言葉が心強く感じたのは初めてかも知れない。
〔かわいい〕
〔かわいい!〕
〔かわいい!〕
「っと……それでは、改めまして。ここまでのご視聴ありがとうございました! チャンネル登録、高評価等、まだの方はよろしくお願いします! オーマ=ヴィオレットでした! またね!」
〔おつ!〕
〔またね!〕
〔高評価100回押した〕
〔もう一回押してけ〕
…
「ふぅ……さて、私もそろそろ【マーキング】して……──ッ!!?」
配信が終了している事を確認し、腕輪を操作しようと視線を落としたその瞬間……背後から空気を裂く風切り音が迫っている事に気が付いた。
「──ハッ!」
半ば反射的にローレル・レイピアを振り抜くと、「パシン!」という軽い手応えと共に一本の矢が地面に転がった。
(ッ! これは……!)
矢の放たれた方角から、凡その位置を割り出す。
想定されるのは、今私が向いている方向の通路……その曲がり角の周辺。
「──【チャージ】!」
急いでスキルを使って接近するが……
「くっ……!」
(誰も居ない……! 姿を消しているか、それとも既に腕輪で撤退したか……)
……深追いはやめよう。既に撤退しているとすれば、無駄足になる。そう判断した私は、再び広間に戻り腕輪に現在地を記録させてから渋谷ダンジョンを後にした。
(絶対に負けない……!)
その決意を一層強くして。