第24話 敵意
──~~♪ ~~♪
「……あ、もうこんな時間か。配信の準備に行かないと……──【ムーブ・オン ”マーク”】」
日曜日の昼頃。ダイバーの配信アーカイブを巡回していた私は、予め設定しておいたアラームにより事前にSNSで伝えた時刻が迫っている事を確認し、早速腕輪の機能を使って渋谷ダンジョンの上層に転移した。
予め昨日と同じ衣装を着ていた為、余裕をもって準備出来るだろうと思っていたのだが……
「──っ! ブラックウルフ……」
私が転移をしてきた時、既に広間には十体程のブラックウルフが屯していた。それだけでもタイミングが悪いとしか言いようが無いのに、更に面倒な事に随分と気が立っている様子で、まだ何もしていない私に対してもかなりの敵意が込められた視線を向けて来た。
(なんか……ちょっとタイミングが悪かったみたいだな)
こちらを取り囲み、唸り声をあげるブラックウルフ達に対抗する為、私も腕輪からローレル・レイピアを取り出して構えを取る。
腕輪で直接ダンジョンに来る以上、こう言った事は偶に起こるのも仕方ない。特にこの上層では群れるタイプの魔物が多い傾向だしな。
ただ、気になったのは……
(──? 気の所為かな、一瞬変な匂いが……?)
昨日は無かった妙な匂いが、この周辺に充満している気がした。
「ゴアアッ!!」
「っと、今はそれどころじゃないですね……!」
飛び掛かって来るブラックウルフの攻撃を躱し、すれ違いざまにその胴体にレイピアを突き入れて切り裂く。
身体の途中から上下に真っ二つになったブラックウルフは即座に塵と化し、その様子を見た他のブラックウルフ達が一斉に襲い掛かって来た。
「まったく、こっちは配信が控えていると言うのに!」
「……ふぅ、取りあえず片付きましたか」
周囲に散らばる魔石を回収しつつ魔物の気配を探るが、どうやら今のが全てだったようだ。……しかし今のブラックウルフ達の対処に無駄に時間を使ってしまった所為で、既に配信開始予定の時刻を回ってしまっている。上層に直接転移してくるのは初めてだったけど……こう言う事が頻繁に起こるのなら、次回からはもうちょっと時間に余裕を持たせて転移してくる方が良さそうだな。
反省を胸に、私は迎撃の為に取り出していたレイピアを再び腕輪に収納し、配信準備を始めるのだった。
「──なんて事があって、少しだけ配信の開始が遅れてしまいました。すみません!」
〔そうだったんか〕
〔てっきり寝坊したのかと〕
〔無事でよかった〕
〔確かに偶にそう言う事あるらしいね。上層以降だと特に〕
コメントを見る限り、やっぱり今回の様な事は起こり得るようだ。運が悪かったと言うしかないな。
「ちょっと出鼻は挫かれてしまいましたが、私はこの通りピンピンしていますので、このまま予定通り探索を再開します! 今日も頑張って行きますよ!」
〔おー!〕
〔切り替えて行こう!〕
少しトラブルはあったが、これも教訓。寧ろ早い段階でこう言う事もあると知れたのはラッキーだったと捉え、揚々と探索を再開したのだが……
「ハァッ! ……っふぅ、またゴブリンの軍ですか。今日は妙に多いですね……」
(鬱陶しいな……)
昨日とは打って変わって、今日はやたらとゴブリンコマンダーの率いる軍と遭遇する事が多かった。
浅層の時と異なり、上層のゴブリンコマンダーはエリア内を遊牧民のように一団で徘徊する。有識者らしきリスナーのコメントによれば、浅層の魔力濃度の薄さがゴブリンコマンダーの行動に影響を与えているらしく、層の境界がある部屋からあまり動きたがらないのだとか。因みにコレは他のイレギュラーケースにも等しく言える事のようだ。
だからこうして徘徊するゴブリンの軍と遭遇するのは上層以降では珍しくないのだが、それにしたってあまりにも頻度が高い。一応ブラッドバットやブラックウルフの群れにも遭遇するのだが、明らかにゴブリンの比率が増えているのだ。
〔確かに今日ゴブリンばっかやな〕
〔ヴィオレットちゃんもご機嫌斜めや〕
〔あんま美味しくないからなぁこいつ等…〕
〔昨日ブラックウルフ狩り過ぎたんじゃないの?〕
〔ブラックウルフの方が逃げてるのか…〕
〔そら笑いながら轢かれたら逃げたくもなるわなw〕
「失礼な! って言うか、アレ切り抜いて拡散した人誰ですか!? バーサーカーだのプ○ウスだの随分好き勝手に言われてましたけど!?」
〔草〕
〔ごめんてw〕
「草じゃないが!?」
(まったく! ……それにしても、ブラックウルフが逃げる、ねぇ……?)
コメントはそんな冗談を言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか。
確かに上層に出てくる魔物にも人間ほどではないにしろ知性はあるし、恐怖を感じれば逃げ出す事もある。だが、ゴブリンが逃げていないのにブラックウルフが逃げると言うのは、どうにも違和感があるのだ。
単純な賢さでは、ゴブリンコマンダーの傘下に入ったゴブリン達の方がブラックウルフよりも賢いのだから。
「……これって、何らかのイレギュラーケースだったりしますかね?」
〔またゴブリンの上位種が来たとか?〕
〔言っておくけど、渋谷ダンジョンの中層にはゴブリン系の魔物は出ないぞ〕
〔喰われるからな〕
〔いうてゴブリン以外が来た場合だとしてもこうはならんしなぁ〕
〔駆け出しのヴィオレットちゃんはまだ知らなくてもおかしくないけど、イレギュラーケースってホントに滅多に起こらないんやで?〕
「そうですよね……」
(私の考え過ぎだろうか……)
だが、その後も私の中に芽吹いた違和感は、探索を進める毎に育って行った。
「ギィィィィィッ! グオオオォォオォォ!!!」
「うるっさいですね!! ──【ラッシュピアッサー】!」
金切り声と共に飛び掛かって来たゴブリンコマンダーを、腹いせも兼ねてハチの巣にして返り討ちにする。
「ギャアアァァッ!!」
〔断末魔まで五月蠅くて草〕
〔なんかゴブリン興奮してんなぁ…〕
〔ヴィオレットちゃん可愛いからね〕
〔いや、でも実際なんか変な気がするな…〕
〔わかる。何かゴブリンの知能を基準にしても理性飛んでる感じある〕
「……そう言えば、そうですね」
そう、無性にイライラしていて気付かなかったが、今のはただのゴブリンではなく『ゴブリンコマンダー』なのだ。
今のように無策で、しかも無秩序な叫び声を上げながら飛び掛かるほど知能が低くはない筈の魔物……
(やっぱりおかしい……っ!?)
「──この匂い……!」
〔匂い?〕
〔なんかにおいするんか〕
〔ゴブリンの臭いか?〕
〔まさか「香」!?〕
そうだ、この匂いは再開放日の探索で嗅いだ事のある匂いとそっくりなんだ。確か効果は、『興奮作用』。
(我ながらどうにもイライラしていると思ったが……これが理由か!)
思い返せば、最初にここに来た時にもこの匂いはしていた。ブラックウルフの気が立っていたのも、きっとこの匂いが原因だったのだ。
「匂いの元は一体……──なっ!?」
魔族の嗅覚も活かして探ってみれば、その原因は私の衣装にあった。
耐久性の確保の為にややぶ厚い生地となっているコルセットの背面……それも、ちょうど私の長髪で隠れる位置に、小さなピンで固定された『香炉』が見つかったのだ。
親指の第一関節程の香炉からは今でも僅かに匂いが漏れ出しており、効果が持続している事が分かる。
私がずっと興奮作用の影響下にあった事を考えると、確かに当然かもしれないが……これがずっとついていたって言うのか……?
〔嘘やろ!?〕
〔これは通報案件〕
〔通報って言っても誰を通報すればええんや…〕
〔ちょっとカメラに香炉近付けて。どこの物か特定するわ〕
「あ、はい。お願いします!」
〔おけ、保存したからもう良いよ〕
〔有能〕
〔って言うかこんな物いつのまに…〕
道具の出元の特定はリスナーに任せるとして、確かにいつの間に取り付けられていたのだろう。
少なくとも昨日ではない。この衣装は昨日洗濯したし、私が魔法で乾燥させたときにこんな物が付いていなかったのは確認している。つまり、今日……それも上層に転移して来て以降に限られる筈……
(まさか……! いや、そう考えればあのブラックウルフ達にも納得できる!)
考えてみれば最初からおかしかったのだ。通路で狩りをするブラックウルフ達が、興奮状態で部屋に固まっている事自体が。つまり、コレを私に取り付けた犯人は……
(最初から、あの部屋に居たんだ!)
──ぶるっ……
「……ッ!」
〔ヴィオレットちゃん!?〕
〔大丈夫!?〕
〔そりゃ怖いよな…これ他のダイバーにやられてるって事だもんな…〕
久しぶりに自身に向けられた、人間の敵意……
異世界で散々私を苦しめたトラウマの再来に、私の身体は勝手に震え始めていた。