第21話 上層の『狩り』
上層の探索を開始してから、約一時間。ここまで上層に現れると言う魔物とは一通り戦ったが、やはり本当の意味で私が梃子摺るような魔物はこの層にはいないようだ。
どちらかと言えば問題になって来るのは、浅層よりも遥かに複雑に入り組んだ天然の迷路のような洞窟の構造の方だろう。そのせいで中々探索が進まないばかりでなく、魔物に簡単に挟み撃ちに追い込まれてしまう。
特に厄介なのがやはり、嗅覚と聴覚にそれぞれ優れたブラックウルフとブラッドバットだ。この二種類が厄介だとリスナーが言っていた意味が、ここに来て良く分かった。
「──くっ! またですか!?」
通路を抜けて広間に入った途端、天井に輝く無数の紅い瞳……ブラッドバットの群れだ。途端にキィキィと耳障りな鳴き声と無数の羽音が広間を満たし、私は忽ち数十匹のブラッドバットに包囲されてしまう。
このように広間に入れば大量のブラッドバットに包囲され、通路では頻繁にブラックウルフの群れから挟み撃ちに遭う。この二種類の魔物はとにかく数で押して来るのだ。
「──【エンチャント・サンダー】!」
即座にローレル・レイピアに雷の魔力を纏わせ、鋭い突きを放つ。
「キィ"ィ"!」「ギッ!」「ギァァ!」
迸った雷が近くのブラッドバットに伝播し、一突きで何匹もの魔物を塵に還す。そして包囲の薄くなった所に身を滑りこませ、再び正面の数匹を同じように討伐して通路の入り口を目指す。
通路に逃げ込めばブラッドバットの密集率は高くなり、雷の魔力はより多くの個体に伝播するようになる。要するに討伐の効率が良くなり、魔力を節約できるのだ。だが……
「ウオオォォォォォォン!!」
「──なっ……!?」
〔マジか〕
〔ブラックウルフが居るぞ!〕
逃げ込もうとした通路の先から聞き慣れた遠吠えが響く。程なくしてブラックウルフが正面から現れるだろう。しかも、今までのパターンから考えて、十中八九背後からもブラックウルフが迫っている。
部屋に留まれば魔力の節約は不可能。通路に逃げ込めば、狭い中でブラックウルフとブラッドバットの群れに囲まれる。
(……いや迷う事は無い、このまま正面から来ているブラックウルフを突っ切る!)
何も向って来るブラックウルフ全てを倒す必要は無い。数体倒し、その隙間を縫って回り込めば包囲される事は回避できるのだ。
「ガアァァァッ!」
「来ましたね!」
ランプとレイピアの雷光が照らす通路の先から、ブラックウルフが飛び掛かって来る。
(既に攻撃態勢に入っている個体が二体、その後ろに追従する個体が三体の合計五体か……これなら!)
素早く敵の配置を確認した私は戦闘の一体の鼻先をレイピアで突き刺して怯ませると、身を捩って攻撃を回避。脚を止めずにもう一体の攻撃を三角跳びの要領で壁面を利用し、更に回避。追従して来ていた三体が僅かに動揺した隙を見逃さずその内の一体を胸部を貫き、そのまま串刺しにしたブラックウルフ毎残りの二体に突進。三体全員に雷を流して一気に討伐する。
「良し……先ずは、これで挟撃は避けられましたね」
振り返れば警戒を露わにこちらを睨むブラックウルフ二体と、その上を飛び越えて迫るブラッドバットの群れ。数は多いが、狭い通路に密集すればこちらの思うつぼだ。
「さぁ、一気に狩ってしまいましょうか!」
「──ふぅ、これで漸く一息吐けますね!」
〔流石ヴィオレットちゃん!〕
〔中層クラスとお墨付き貰っただけはあるわ〕
〔動きはっや!〕
〔判断力ぅ…ですかね…〕
〔雷は密集した敵に有利になれる属性って訳か…群れる敵が多い上層に持ってこいだな〕
討伐した魔物達の魔石を回収しながら、ここまでの探索を振り返る。
ブラックウルフの群れに始まり、ゴブリンコマンダーの率いる軍、そしてブラッドバットの巣と化した広間……そんな多対一を強制される状況のオンパレードだ。
そこに複雑に入り組んだ地形も加わって、たった層が一つ違うだけなのに危険性はぐっと跳ね上がった印象だ。
(スキルや魔法も結構な回数使ってしまったな……)
レベルが上がったと言う免罪符があるにせよ、疑われない程度に節約して行かないと……っと、そう言えば──
「そう言えばアレから結構戦って来ましたし、そろそろレベルアップの程を確認しても良いかも知れませんね。少しお待ちください!」
〔はーい〕
〔確かにそろそろ上がってる筈だよな〕
〔今って何レベルなんだっけ?〕
〔ゴブリンコマンダーで何レベル上がったのかも分からんからな〕
〔ていうか、よく考えたら俺等ヴィオレットちゃんのレベルも知らないな〕
そう言われれば、確かにレベルも伝えてなかったかも知れない。……ただなぁ、レベルは把握されない方が良い訳もしやすいから隠したいところだ。
(……よし、見なかった事にしよう)
詳しく追及された時にでも考えよう。最悪ジョブのレベルくらいなら明かしても問題ないし。
さて、肝心のレベルはどうなっているのやら……
───────────────────
配信者名:オーマ=ヴィオレット
レベル:測定不能
所属国籍:日本
登録装備(3/15)
・ローレルレイピア
・ダイバードレス(UMIQLO)
・魔力式ランプ(ラフトクラフト)
ジョブ:■■ Lv19
習得技能/
・■■■■
・■■
・■■■■■
・ラッシュピアッサー
・■■■■■■■
・■■■
・チャージ
───────────────────
(おお、スキルが増えてる!)
案の定読めないスキルも増えているが、この【チャージ】と言うスキルは先日の雑談配信でリスナー達からお勧めされたスキルの一つだ。ここまでの戦闘でも、このスキルを獲得する為になるべく突進の動きを取り入れて来た甲斐があった。
本来は槍使い系のジョブスキルで、『突き』が可能な武器を正面に構えて突進する際の動作と威力を助けてくれる他、武器の先端から魔力による力場を発生させてくれる為、物理攻撃が通用しない魔物にもある程度対応が可能となるのだとか。
(これは早速報告しなければ!)
「──やりました! 【チャージ】が使えるようになってましたよ!」
〔おお、早速か〕
〔チャージは便利〕
〔あれ地味に足も速くしてくれるから、色々時短してくれるんだよね〕
〔他のダイバーに突撃してトラブルになる事もあるけどな…〕
「あー……それは確かに気を付けたいですね……」
まぁ私は時短の為に使う事は無いと思うが、敵の包囲をチャージで突破したら目の前にダイバーが……何て事態は避けたい。……肝に銘じておこう。
〔早速エンチャントと組み合わせてみよう!〕
〔どのくらい変化するのか楽しみ〕
「そうですね! やっぱりこればかりは使ってみないと分からないので、試してみましょう!」
実を言うと異世界ではスキルが無かった為、こうして組み合わせてみるのは私にとっても楽しみの一つだ。
私の初配信を見た『俺』も言っていたが、見た事の無いスキルが飛び出すとワクワクする。未知と言う物が放つ魅力には、抗いがたいものがあるのだ。
さて、そうと決まれば早速獲物を見つけたいところだが……
「──ウオオォォォォォォン!!」
「……この層、獲物が向こうからやって来てくれる点だけは評価しても良いかも知れませんね」
〔多すぎるんよ〕
〔明らかに浅層とエンカウント率が違う〕
〔この感知範囲の差から考えて、浅層に居たコボルトって実はそれ程鼻が良くない説〕
お約束の様に聞こえてくる無数の足音。当然、正面と背後からの挟み撃ちが狙いだろう。
「これだけ同じ事を繰り返されると、流石に慣れてきますね……」
〔普通そんな簡単に慣れないんだけどな…〕
〔精神力が強すぎる〕
〔ヴィオレットちゃん、今までどんな生活してきたんや…〕
何かちょっと拙いこと口走ってしまったかも知れないけど、今は一旦気を取り直して……試し切りと行きましょうか。